長嶋監督が「俺が責任を取る!」安打製造機・篠塚和典を生み出した“眼力”

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 巨人一筋、元プロ野球選手の篠塚和典氏。落合博満氏もその才能を認めたとされ、“安打製造機”とも称されたレジェンドだ。

 その篠塚氏が巨人に入団したのは、1975年ドラフト1位指名を受けてのこと。同年の夏の甲子園、篠塚氏は4番を務めて銚子商業高校は見事、優勝。ドラフト1位は当然のことと頷けるのだが、実は優勝後に湿性肋膜炎を患って数カ月間入院し、一時は野球生命まで危ぶまれていた。

 元プロ野球選手・槙原寛己氏のYouTubeチャンネル「ミスターパーフェクト槙原」の9月23日に投稿された動画に出演した篠塚氏が、当時、巨人の監督を務めていた長嶋茂雄氏の男前な心意気について触れている。

 篠塚氏が巨人からのドラフト指名を聞いたのは、1週間前。入院していた経緯もあり、即戦力の期待に応えられるかどうか不安があったそうだが、自宅を訪れた長嶋氏に「3年間ファームでしっかり鍛える」と、長い目で見ることを打ち明けられたという。

 これに安堵したことや、球団幹部がすべて他の選手に指名をかけようとしていたところ、長嶋氏だけが篠塚氏を推し、「オレが責任を取るから!」と男前な発言をしていたことから、篠塚氏も「長嶋さんに恥をかかせちゃいけない」と決意を固めたという。

 現役時代、篠塚氏は、首位打者のタイトルを2度獲得する活躍ぶりを見せた。ミスターの眼力にはおそれいる。

(ユーチューブライター・所ひで)

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  • 10/3 9:58
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