「好きだ」と告白したら「私も好きだった」と、過去形で返されて…。意味深な言葉の意味とは
目まぐるしい東京ライフ。
さまざまな経験を積み重ねるうちに、男も女も、頭で考えすぎるクセがついてしまう。
そしていつのまにか、恋する姿勢までもが”こじれて”しまうのだ。
相手の気持ち。自分の気持ち。すべてを難しく考えてしまう、”こじらせたふたり”が恋に落ちたとしたら…?
これは、面倒くさいけれどどこか憎めない、こじらせ男女の物語である。
◆これまでのあらすじ
志保は結婚相談所で出会った男性・裕太と仮交際をスタートさせる。しかし、ときを同じくし、ショーンは志保に思いを告げようと決意。志保のスマホに、ショーンからの着信があり…。
▶前回:再婚希望のバツイチ女。結婚相談所で、全然好きになれない男から交際を申し込まれたけれど…
僕が志保に連絡をしてから、3日経った。
<ショーン:最後にもう1度だけ会えませんか?>
志保と出会うキッカケとなった雅人が、ついに彼女にプロポーズすることを決意したという。
その事実に感化され、僕も思い切って志保にもう一度だけ会って欲しいと連絡をしたのだ。
もう、どう思われたって構わない。だから、思いの丈をぶつけたい、と。
けれど、3日たった今も“既読”の文字すらつかないまま。
― 遅かったのか。
自分の行動の遅さに後悔するとともに、諦めかけた、その時だった。
志保から、一通の返信が届いた。
ついに、志保とショーンが思いをぶつけることに。しかし…。
<志保:何か話でもあるの?>
きっと考えあぐねた結果の一文なのだろう。短い一文から、そんなことが伝わってきた。
今までのポップなやり取りとは打って変わって、LINE画面上に漂う空気が違う。
<ショーン:うん、話したいことがある>
僕はすぐに返信したが、またしばらくの沈黙が続く。もうこの言葉を伝えた時点で、僕が何を言いたいかは志保だってわかるはず。
そして、しばらくして「わかった」と淡泊な返事があり、その日の夜に僕の家で会うことになった。
― 一刻も早く仕事を切り上げ、部屋を片付けたい。
その日出社していた僕は、そんなモチベーションに駆られ、一気に仕事に集中しはじめた。
閑散としたオフィスでひとり、パソコンにかじりつく。適度な緊張感で仕事に集中するにはベストな環境が整っているのだが、ふと気がゆるむと僕の思考は志保に戻される。
― もうとっくに志保には愛想をつかされているんじゃないだろうか…。いや、でもじゃあなぜ会ってくれるのだろう。雅人や美玲との関係もあるから、建前上会うだけなのか…?
志保に、ちゃんと想いを伝えよう。そう自分で決めたというのに、彼女も会うことを承諾してくれたというのに、僕の頭の中はそんなことがぐるぐると渦巻いていた。
◆
どうにか仕事を終えて、迎えたその夜。
そわそわと落ち着けずに過ごしていると、部屋のインターフォンが鳴った。
画面に小さく映し出される志保の顔。心臓がドクンと跳ねる。解像度の低い志保は、微笑んでいるように見える。
「はーい」
あえてリラックスした声を出してみるも、どうしても全身に緊張が走る。
― 大丈夫、大丈夫…。
そう念じながら扉を開けると、そこには普段通りに振る舞う志保がいた。
「ショーちゃん、なんか久しぶりだね!ごめんね、連絡遅くなっちゃって」
「ううん、全然!」
「ご飯食べてないよね?適当にテイクアウトしてきちゃった。一緒に食べよう!」
「おう、皿だすね。ビール飲むよね?」
「飲む飲む!」
志保の普段通りの空気感は伝播する。誰かに見られているわけでもないのに、まるで2人の間には何もなかったかのように装う。
「今、仕事忙しいの?」
「まあ、ぼちぼちかな」
きっと2人とも一番気になっていること、本日のメインテーマにはあえて触れず、しばらく他愛のない会話が続く。
…その違和感に痺れを切らしたのは、僕のほうだった。
「あのさ、志保…」
その一言に、志保もそれを察したようだった。
ついに、ショーンが志保に思いをぶつけるのだが、志保は…
「…なに?」
沈黙がその場を支配する。自分から切り出しておいて、言葉がなかなか続かない。
「…」
今度は志保がしびれを切らした。そして、急に核心をつく。
「…ショーちゃん。ショーちゃんは結局、私のことどう思っていたの?」
こっちが呼び出しておいたのに、志保が会話をリードする形になっている。その気迫に押され、素直に“好き”だとか“付き合いたい”とかいう類の言葉が出てこない。
…それに、どうして志保は過去形の表現を使ったのかが気になった。もう、終わりということなのか。
「…いいなと思ってる」
ようやく口から出てきた、間抜けな告白の言葉。それを聞いた志保の返事も、気の抜けたものだった。
「そっか…」
「志保はどう思っているの?」
「私も思ってたよ、いいなって」
「なんで過去形なの?他に好きな人でもできたの?」
感情に身を任せる形で、今度は僕が主導権を握る。しかし、志保は黙ったままだ。
「…」
それが意味することに、僕は焦りを覚えた。
「ねぇ、志保。僕は…。僕は、志保のこと好きだよ!付き合いたいと思っている。遅かったのかな?他に好きな人でもできたの?」
気づいたら、僕は無我夢中で志保を問いただしていた。想定していた雰囲気とはまるで違っていて、情けない。
けれど、どうしても失いたくない。その一心から、すがるような気持ちだった。
「好きな人はできてない。…だけどね」
「だけど何?」
前のめりになる僕をやんわり制し、志保はぽつりぽつりと語りだした。
再婚願望が強いこと。
結婚相談所に登録したこと。
そして…、“仮交際”というものを始めたということ。
どれも、初めて聞く内容のことばかりだった。
「なんで、言ってくれなかったんだよ…」
ふと、本音がそのままダダ洩れてしまった。
しかし、そんな僕に志保の方も黙ってはいなかった。
「…だって、ショーちゃんが何考えてるかわからなかったから!全然、付き合うとかいう話出さないから、遊びなのかなって…」
「遊びなんかじゃないよ…!」
少し怒り気味に反論する志保に、つい僕もムキになってしまう。
「いや、私にこんなこという資格、ないよね。ごめん。“付き合おう”って、別に男性から言わなきゃいけないわけでもないんだから。…もっと早く、聞けばよかった」
「いや…こちらこそごめん。ずっと曖昧にしてて…。だから、改めて言う。僕と付き合って欲しい」
うつむいていた志保は、僕の言葉を噛み締めるようにしばらくの間考え込んでいたかと思うと、ゆっくりと顔を上げた。
「私なんかでいいの?ショーちゃん、絶対もっといい人たくさん身の回りにいるでしょ?」
「そんなことない。志保がいい」
「…」
ハッキリと思いを伝えたという清々しさが、胸を満たす。でも、志保は相変わらず何かを考え込むように、だんまりを決め続けていた。
「志保、…ダメかな?」
いてもたってもいられない僕は、ダサすぎることは百も承知で返事を催促してしまう。
語尾が震えてしまっていた。本当にカッコ悪い。こんな僕のこと、志保はもう、好きだとは思ってくれないのかもしれない。
遅すぎる。ダサすぎる。自分で自分が、とことん嫌になる。
深い穴に落下していくような絶望が僕を襲いかけた、その時。
「ショーちゃん、私…」
ずっと黙り込んでいた志保が、おもむろに口を開く。
彼女のまっすぐな瞳が、おびえる僕をとらえていた。
▶前回:再婚希望のバツイチ女。結婚相談所で、全然好きになれない男から交際を申し込まれたけれど…
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次回最終回:志保は何と答える?2人のこじれた関係は…?