気になりはじめた大阪人の「知らんけど」。会話の最後に必ずつけるのはなぜ? ここがオモロイ!「秘密のケンミンSHOW」

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大阪人の独特の言語感覚は面白い。話の頭に「ちゃうねん」「やらしい話」「正味」など、謎の枕詞を不思議と誰もが使う。それとは別に、会話の最後につけがちな言葉もあることに気づいた。そう、「知らんけど」だ。

いま他県民がもやもやと気にしはじめている。大阪人は頻繁に「知らんけど」と最後に言う。例えば道を説明された後「知らんけど」と言われると、え?信じていいの?と大いに戸惑う。

ある関西ママさん二人に言わせると「関西人は予防線を張る」そうだ。道を教えた後で「無かったやん、と言われたら嫌やから、だから知らん言うたやんと言える」ように「知らんけど」と言っておく。「そうやって生きてきたから」と言った後にすぐ「知らんけど」と二人で声を合わせて言っていた。

道頓堀で出会ったご夫婦は「ほぼほぼ知らんけどって言うてますね」。どんな時に使うのか。「仕事で上司に言われたことを部下に伝える時に、こうこう言うてたで、知らんけどな、と言っている」そんな無責任なことでいいの?

さらに「知らんけど」で検索すると「アツイノイケル シランケド」という商品名の手袋が出てきた。耐熱性が高いちゃんとした手袋のようだが、高熱に「手袋は耐えられます、あなたの手は知らんけど」という意味でのネーミングだと言う。よくわからない説明だが。

大阪人はなぜ「知らんけど」を使うのか。あるおっちゃんは「大阪の文化として、責任を取りたくない」からだと言う。文化とは大きく出た。「僕はこう思うけど、万人にとってはどうかわからん、ていう知らんけど」そこまで深く考えて使ってるんですか?とつっこむと「当たり前田のクラッカーやんか」と返してきた。わかるけど、古すぎ。

お馴染み、新世界の白附さんは「大阪人はイキってる人間に厳しいからだ」と解説する。「物知りやと思うとるな、賢ぶっとるな。そう思われたくない。」何かの知識を口にしても、知らんけどをつけると「偉そうさがなくなるやん」と言うのだ。「知ってるから言うけど、エビデンスはないよって話」。ふーん、なるほどねえ。「深いでこの話は」なんとなくわかってきた気もする。

どうやら「知らんけど」を使う背景としては2つのようだ。
ひとつは、確証がないので「責任回避」。もうひとつは、確証はあるが「イキリを回避」。とにかく何かを回避するために、予防線を張っていると言えそうだ。

街で出会った栃木育ちの母親と、大阪で育った娘の親子。「知らんけど」についての感覚がまったく違う。母親は「理解できない。いい加減なこと言うんじゃないよ。」と感じている。一方娘は「明日晴れるらしいで、知らんけど」などと普通に使うらしい。そんな娘を、母親は「ズルいと思いませんか?」とディスる。親子でも感覚が違う「知らんけど」文化。

大阪人の「知らんけど」に気づいた他県民が、最近は面白がって使い出した。確かに、この無責任さはある意味便利だ。そのうち、日本中で使われるようになるかもしれない・・・知らんけどな!

【文:境 治】

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