自粛警察と会社の仕組みは似ている。末井昭「コロナ禍で日本はボロが出た」

拡大画像を見る

 かつて著書『自殺』で講談社エッセイ賞を受賞した作家・編集者の末井昭さんは幼少期に、実母がダイナマイトを使っての自殺、高校卒業後に職業を転々とした後、雑誌編集者となり雑誌『写真時代』『パチンコ必勝ガイド』を創刊しヒットを飛ばしたことが有名だ。その一方、先物取引やギャンブルでの数億円の借金を背負ったり、複数の愛人と交際したり、離婚・再婚を経験するなど、いくつもの修羅場をくぐり抜けてきたこともよく知られており、その波乱の生活は映画化されたほどでもある。

 そんな末井さんは未曾有の事態となったコロナ禍をどう体験し、どんなことを思っていたのだろうか。また、コロナ禍を経て先ゆく未来に対し、何を指針にどう過ごせば良いのだろうか。末井さんに話を聞いた。(記事は前後編の前編)

◆当初はコロナ禍の外出自粛が意外とイヤじゃなかった

——新型コロナウイルスの感染拡大が始まった際、どんな風に感じ過ごしていましたか?

末井:最初は少し楽観視していたんです、「すぐに収まるんじゃないか」って。あと、外出自粛とかにしても僕はひきこもるのが嫌いじゃないので、苦痛でもなかった。若い頃は「誰とも会わないで、一人でできる仕事に就きたい」と思って、自宅でできる仕事ばかり探していたくらいですから(笑)。きっと、コロナ禍で喜んでいるのはひきこもりの人たちだと思います。必然的に誰もがひきこもらざるを得なくなったわけで、ひきこもりの人たちは先陣ということになりますからね。

 でも、外出自粛でひきこもっていると、だんだん飽きてくるんですよね。仕事も暇になっちゃって、毎日やることと言えば新聞を隅から隅まで読んだり、テレビを見たり、Netflixで映画を見たり、そうやって時間を過ごしていました。

——末井さんは普段の執筆、本の編集などの仕事のほかにペーソスという昭和歌謡バンドでサックス奏者として頻繁にライブを行っていました。この活動も今はほとんどしていないようですね。

末井:そう。コロナ禍だとライブが一番ダメと言われているじゃないですか。それで全部中止とか延期とかでライブもなくなったんだけど、それで気づいたことは、ライブって結構な運動量だったんだなって。あちこちの会場に重いサックスを背負って行って、首からぶら下げて1時間半ぐらいステージに立っているわけですからね。

 ライブがなくなったことで体力が落ちたのもマズいなと思いました。走れなくなったんですよ。出かけるといっても食料品を買いにスーパー行くぐらいですから。だから、コロナ禍で5歳くらい歳を取った感じもあります。ただ、本当に「マズい」と思ったのはもう少し経ってからのことなんですけどね。

◆やがて「実年齢」と「死」を意識するようになった

——末井さんがコロナ禍で「マズい」と思ったのはどんなところだったのでしょうか?

末井:やっぱり「これはタダごとじゃないぞ」という。そう思ったのは、ニューヨークの事態を報道で見てからですね。ニューヨークって世界の経済の中心地だから医療も含めてインフラの最先端が集約されていると思っていたんですけど、一時は1日何千人という人が新型コロナウイルスで亡くなった。医療崩壊が起こって全ての人を治療できなくなり、医療現場の人たちが「誰を優先して治療すべきか」という判断をせざるを得なくなって、結果的に「死の選別」をしなければいけなくなった。

 文明国にいれば、こんなこと起こりうるはずがないと思って暮らしているじゃないですか。体調が悪くなったりしたら、急患で医者が診てくれるのが当たり前だと思っていたけど、新型コロナウイルスにかかってどれだけ症状が悪くなっても、病院で診てもらうことすらできずにそのまま亡くなっていく人がいた。あと、身の回りでも今年義理の母がコロナに感染して亡くなったし、自分の周りに陽性になった人が出だしたし、これはマズいと思いました。そうなると当然、自分自身にとっての「死」ということを意識するようにもなります。

 僕は今73歳だけど、それまでは自分は「老人である」という意識は全くなかったんですよ。自分の息子くらいの世代の友達もいるし、知り合いに年齢を尋ねられたら、ウケ狙いでもなんでもなく自然に口から「36歳」って出ちゃって、唖然とされたこともあるんです。

 でも、前述の通り運動不足で体も鈍ってくるし、あとワクチンを打つのにしても「65歳以上の方」という枠に入っているから、自ずと自分の「年齢」を意識するようになったりして。だから、自分の実年齢と、死ということをすごく意識するようにもなりました。

◆日本は想像以上にアナログだった

——日本ではなんとなく「みんな平等だ」みたいな風潮があるじゃないですか。そういった風潮もコロナ禍によって崩れさった感じがあります。誰でも平等に医療を受けられるわけでもなく、ワクチン接種希望者の中でもまだ打てていない人がいますし。

末井:もともと「みんな平等」なんてはずがないんですけどね。ただ、日本の場合で言うと「社会が変わった」というよりも「ボロが露呈した」感じはありますよね(苦笑)。こんなにデジタル環境が遅れてる先進国ってないんじゃないですか。役所とか銀行に行っても、いまだに「印鑑がいる」とか「住民票がいるとか」とか、手続きがアナログじゃないですか。日本って先進国のように言われているけど、かなり後進的だなと思いました。コロナ禍によってそういうボロが出たところはあると思います。

 一時、「保健所がファクスでやりとりしていた」なんていうこともニュースになって「今どき?」なんてみんな驚いたけど、それまでの日本には感染病がそんなになかったこともあり、保健所って暇だったらしいです。急にコロナ禍が始まって寝る暇もないくらい忙しくなったらしいけど。このように日本って世界の先進国に比べれば、何から何まで遅れていたってことですね。

◆「自分」を優先させると、格差や分断が広がる

 あと、コロナ禍で嫌だなと思うのは、格差や分断が広がることです。国単位で言っても、例えば「自分の国にワクチンを多く欲しい」と思っても、結局はお金を持っているところが優先的にワクチンを集めることができるでしょう。お金がない国はワクチンが集められないから、大勢の人が亡くなっていくだろうし、結果的に発展も遅れるだろうし。

 何も国単位の話でなくても、人間同士でもそういったことは起こりうることで、これは良くないことだなと思います。

 余談だけど、コロナ禍が始まった頃に、「これでやっと世界が一つになれる。世界が一致団結して『新型コロナウイルス』という共通の敵に立ち向かっていくようになる」って言っていた人がいましたけど、そんなことはあり得ないですよ(笑)。

 さっき言ったように僕自身も「死」を意識し始めたわけですけど、みんな自分の命、自国を守ることを最優先に考えるわけですから、他者とか他国と「一丸になる」というのはあり得ないことだと思います。むしろ、その自分だけ、自国だけのことを最優先に考えた結果、格差とか分断は際立つだろうし、それが恐ろしいと思っています。

◆自粛警察は会社の仕組みと似ている

——一時期話題になった自粛警察みたいなことをどう思いましたか?

末井:ああいうのは、社会の混乱期に出てくるんですよ。戦時中に隣組なんていうのもあったし、関東大震災のときも自警団が「多くの朝鮮人を殺した」なんていう話もあります。だから、日本人の中に、自粛警察みたいな行為に憧れるという潜在意識があるんじゃないですかね。ふだんは権力を持つことができない人が「正義」の名のもとに群れ始めて、横暴なことをするっていう。「国が『不要不急の外出は自粛しなさい』と言っているのに、なんだ、店を勝手に営業して。許さん!」ということだと思うけど、これをすることがきっと気持ちいいんじゃないかと思います。

 会社とかも、自粛警察と似たところがあります。会社って組織でしょう。組織ということはチームになるから、会社側は社員にそれなりの役職を与えているわけ。部長、課長、係長とかですけど、そういう役職を与えられると、当の本人も気持ち良くなっちゃって、たとえば部下なんかに威張ったりするわけです。「仕事が終わったら飲みに行くぞ!」みたいな(笑)。

 そう言われて、部下はいやいやついて行くんだけど、部長の自慢話を聞かされた挙句に「仕事がなっとらん」みたいに怒られたりして。こんな時間、部下にとっては苦痛でしかないんだけど、部長にとっては「会社の正義」という大義名分があるから迷いはないし、むしろそうやって部下に権力をふりかざすことが、気持ちいいわけですよ(笑)。役職なんてさ、組織を運営する上でそれなりに与えられたものでしかなく、会社がなければ別に偉くもなんともないんですけどね。リモートワークになって、上司と付き合わなくてよくなったからほっとしている人っていっぱいいますよ、

 このように、自粛警察と会社の構造はなんか似てると思ったけど、おそらく日本人は「団体で何かをやる」「それによって権力をふりかざす」ということが潜在的に好きなんじゃないかとも思います。

◆コロナ禍では誰もが「自分ファースト」になっていく

――末井さんが取締役編集局長を務めた白夜書房時代は「できるだけ権力を公使しない」という指針で働いていたと聞いています。

末井:部下にタバコを買いに行かせる社員がいましたから。そういうの気持ち悪いでしょ。誰とも上下関係なくつき合いたいし、権力のない生活をおくりたいですよ。でも、会社に勤めていた頃は、一応役職に就いていたから権力はあったんです。でも、それをできるだけ行使しないようにして、制約もできるだけなくして、社員のみんなが仲良くしてもらって、みんなにとって楽しい環境になるといいなと考えていました。

 ただ、今はコロナ禍ですからね。また違う問題があると思います。皆が皆、「自分ファースト」になっていくわけですから。

<取材・文/松田義人(deco)>

【松田義人(deco)】
音楽事務所、出版社勤務などを経て2001年よりフリーランス。2003年に編集プロダクション・decoを設立。出版物(雑誌・書籍)、WEBメディアなど多くの媒体の編集・執筆にたずさわる。エンタメ、音楽、カルチャー、 乗り物、飲食、料理、企業・商品の変遷、台湾などに詳しい。台湾に関する著書に『パワースポット・オブ・台湾』(玄光社)、 『台北以外の台湾ガイド』(亜紀書房)、『台湾迷路案内』(オークラ出版)などがある

関連リンク

  • 10/2 8:52
  • 日刊SPA!

スポンサーリンク

記事の無断転載を禁じます