松屋「値上げ」に嘆きの声 なぜ我々は1杯の牛丼に、ここまで感情を揺り動かされるのか

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9月28日、牛めし・カレー・定食・その他丼の大手チェーン「松屋」で「プレミアム牛めし」が終売となり、全国で価格の変更が行われた。実質的な値上げになる今回の価格変更を嘆く声が多い。これまで、幾たびも価格改定のたびに世間を賑わせる牛丼。なぜ、われわれは、牛丼一杯に一喜一憂してしまうのか?(取材・文=昼間たかし)

牛丼以上にショックな「黒胡麻焙煎七味」の終了

今回の価格とメニューの変更で牛めしの値段は次のように変更された。

牛めしミニ:280円→330円
牛めし並:320円→380円(沖縄県を除く)
牛めし大盛り:430円→530円
プレミアム牛めし並:380円→廃止

今回の値上げは輸入牛肉価格が高騰していることを受けてのものだが、特にこれまでワンコインでお釣りが来ていた大盛りでは値上げ感が身に染みる。

さらに、多くの利用者がショックを受けているのはプレミアム牛めしの廃止によって、黒胡麻焙煎七味が終了したことだ。これは、プレミアム牛めしの登場と共に始まった専用の七味。通常の七味に比べて山椒の匂いが食欲をそそる逸品であった。その人気たるや当初は木製の入れ物で提供されていたが、これでもかと振りかける客が多かったのか、小分けにパウチされたものに変更されたほどである。

実際、プレミアム牛めしの消滅後に新たに登場した牛めしを食べてみて、味が落ちたという感覚はなかったのだが、すっかり慣れてしまった黒胡麻焙煎七味が消滅したことだけは我慢できない。「プレミアム」という文字が消えたことの喪失感も大きい。

しかし、ここで「待てよ」と思う。いくら値上げしたといっても、倍になったとかではない。値段感からすれば「腹が減ったから、なんか入れておくか」ぐらいの気持ちでも手が出せる食べ物である。それなのに、我々は牛丼をめぐる状況に一喜一憂する。

かつて、狂牛病の影響で牛肉の輸入がストップし各チェーンが牛丼の販売を休止した時は、天変地異が起こったかのような騒動だった。

「最後の牛丼」を食べようと店の前には行列ができて、メディアでも牛丼が食べられないことがどれだけ大きな社会問題なのかと論じれたことを記憶している人も多いだろう。

今も消えない「牛肉は高級品」の記憶

そんな牛丼への情熱の正体はなにか。今回の松屋の値上げに対して「B級グルメ」という言葉の生みの親でもあるライターの田沢竜次さんは語る。

「私が大学に入った1973年頃、バイト上がりに新橋の吉野家によく通っていたのを覚えています。当時やっていたビル掃除のバイトは時給300円。一日みっちり働いて2000~3000円。当時の吉野家は並で250円。いまでいうと、700~800円くらいの感覚ですよね」

21世紀に入り牛丼はハンバーガーと並んで「デフレの申し子」として激しい値下げ競争を続けてきた。しかし、それまでは牛丼というものはちょっと奮発したプレミアム感のある食事であった。

「250円の牛丼は高級品でしたね。なにしろ、当時通っていた大学の学食で一番高いメニューがジンジャーポークライスで180円でしたから」

値下げ競争によって本来、高級で滅多に食べられないハズの牛肉が、牛丼ならば安く食べられる状況が生まれた。牛丼へ向かう情熱の正体はまさにここ。いつでもポケットのコイン数枚で食べられる価格になっても、どこかで「牛肉は高い」という意識があるからこそ、牛丼に対する情熱は燃えるのだ。

「さらに重要なのは、ほかの丼ものだと、卵とじでごまかしが効くのに対して牛丼は肉だけで勝負していることでしょう」

そうした高級品だった時代を記憶している田沢さんは現在の値上げ傾向を、むしろ適正価格に移行しているとみている。

「かつてラーメンは牛丼よりもずっと安い食べ物でした。それが今ではラーメンは800円くらいが標準になってしまっています。やっぱり、ビンボー人の食であったラーメンが牛丼よりも高い状況が続いて来たことがおかしいと思うんですよね」

安いスーパーでも値札を見て、何度も前を通り過ぎて、覚悟を決めて買うのが牛肉というもの。それを手軽な値段で、しかも美味しく食べられるのだから、誰しもが牛丼の味と値段に一喜一憂するのは当然のことなのか。

最後に、田沢さんが始めて「B級グルメ」という言葉を活字にした著書『東京グルメ通信』(主婦と生活社 1985年)から引用しておこう。前述の新橋駅前の吉野家の思い出を記す中で田沢さんはこう語っている。

「あの牛丼はうまかったし、麻薬的な要素もあった」

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  • キャリコネ

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