消えゆくストリップのいま。赤字覚悟で残すことを決めた劇場の思いとは?

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 世界は突然、変わってしまう。昨日あった場所が今日はない。今、多くの人がコロナ禍で実感していることだろう。アダルトの世界も同様に、いや、むしろ激しく様変わりしている。法規制の強化や風俗の多様化で苦境に立たされた人々がいる。絶滅の危機に瀕しながら、それでもなお踏ん張っている。今回はストリップ劇場の現場をご紹介する。

◆踊り子の艶技を守るため館主は差別と偏見に抗う

 昭和大衆文化の象徴であるストリップの灯が消えようとしている。今年4月14日に公然わいせつ容疑で摘発を受けた「シアター上野」は、8か月間の営業停止処分を受けて休業中。5月20日には、老朽化したビルの取り壊しに伴い、「広島第一劇場」が46年の歴史に幕を下ろした。

 警察の摘発しかり、移転・増改築などを認めず、新規開業に厳しい制限をかける法律もまた、劇場の存続を難しくしている。『昭和ストリップ紀行』の著者・坂田哲彦氏は業界の現状を嘆く。

「1980年代の最盛期には全国に300館以上あったストリップ劇場は、今では20館を切りました。1984年の風営法の改正と娯楽産業の多様化、これこそ業界が下火になった大きな要因です」

◆コロナ禍で客足が激減。経営難に

 クラウドファンディングで資金集めに奔走する、道後温泉街にある「ニュー道後ミュージック」のように、多くの劇場がコロナ禍で客足が激減。経営難に陥っている。

「ストリップは、歌舞伎や能のように保護される伝統芸能ではありません。ゆえに希少性が高いとも言える。熱海温泉街の『アタミ銀座劇場』は、踊り子が股間から火を噴く“花電車芸”を堪能できる数少ない場所。また、福岡県北九州市の『A級小倉劇場』は、1982年の設立から内装を変えることなく昭和の薫りを色濃く残している。『A級小倉劇場』は、今年5月に閉館する予定でしたが、今も変わらず営業を続けています」

 いかに危機を乗り越えて存続を決めたのか。「A級小倉劇場」のオーナーを訪ねることにした。

◆動かない時間もある。裏路地にひっそりと佇む

 JR小倉駅南口そばの雑居ビル街の一角に「A級小倉劇場」はある。出迎えてくれたのは経営者の木村恵子氏。40年近く劇場を見守ってきたその穏やかな眼差しが、閉館の話題に触れると、怒りを含んだ哀しい色合いに変わった。

「コロナ前は赤字にならない程度の売り上げはあったんだけどね。昨年4月の緊急事態宣言で2か月休館。6月から感染対策を徹底して再開したけど、売り上げは前年の半分以下。客足は戻らんね」

◆閉館を惜しむ声が殺到

 性風俗にあたるストリップは、持続化給付金の対象から外れた。

「40年近く税金を納め、30年以上、売り上げの一部を社会福祉協議会に寄付してきた。それでこの仕打ち。いまだに根強く残るストリップに対する偏見に心が折れてしまってね。それで閉館を決めたんよ」

 だが、昨年末に西日本新聞(11月7日付)が「閉館すること」を報じると、「会社帰りに立ち寄れる居場所が失われる」「大人の社交場をなくさないで」といった閉館を惜しむ声が殺到。寄付を申し出る人もいたという。「コロナ前と同じ客足は見込めないけど、恩返ししないとね。街中に宣伝カーを走らせているよ」と、木村氏はファンの力に押され、赤字覚悟で劇場を残すことを決めた。

◆ストリップの灯は消さへんよ

 階段を上って2階の劇場に入ると、花道が盆を貫く独特の形をした舞台が見える。座席から近く、高さも約50㎝と低い。ストリップ歴15年の49歳男性は「最前列のかぶり席から見るダンスは、息遣い、熱気などが伝わります。風俗に飽きて、この劇場でストリップにハマったけど、抜くだけが楽しみ方じゃない」と熱く語る。

 ショーが始まる。時折澄んだ目をこちらに向けながら、踊り子は一枚、また一枚と服を脱ぎ、素肌を露わにしていく。一方の客は密を避け、それぞれの思いで踊り子を観ている。客の手拍子で会場が一体感に包まれたかと思えば、“ベッドシーン”では一転、静寂に包まれた。興奮冷めやらぬうちに客は立ち上がり帰路に就く。別れ際に「ストリップの灯は消さへんよ」と話す木村氏の声からは、時代に抗う覚悟が伝わってきた。

<取材・文/週刊SPA!編集部>

―[絶滅危機の昭和遺産を追う]―


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  • 10/1 15:54
  • 日刊SPA!

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