会社の不祥事で、世間の非難の的に…。マスコミに謝罪会見した役員女性が放った痛烈な一言

キャリアが欲しい。名声を得たい。今よりもっとレベルアップしたい。

尽きることのない欲望は、競争の激しい外資系企業のオンナたちに必要不可欠なもの。

しかし、ひとつ扱いを間違えると身を滅ぼしかねないのも、また欲望の持つ一面なのだ。

貪欲に高みを目指す、ハイスペックな外資系オンナたち。

その強さと、身を灼くほどの上昇志向を、あなたは今日目撃する──

▶前回:「奨学金借りてたなんて、かわいそう」元苦学生の同期をバカにしていたら、上司に呼び出され…

File11. 悠里(36)外資系ITベンダー ヴァイスプレジデント 最終面接で出会った憧れの人に近づきたくて…


「こんな条件、飲めるわけないじゃない…」

無理難題を言ってくるクライアントとの交渉を控え、悠里はデスクのPCを前に1人頭を抱えていた。

― あの人なら、この状況で一体どうするのだろう…。

30代後半に差し掛かった今、悠里はこんな風に考えることが増えている。

外資系ITベンダーで、30代でヴァイスプレジデントの座についた経歴は、傍から見ればそれなりに順調なキャリアを築いていると評価されるのだろう。

しかし、順調だなんて自身では全く思えない。

クライアントや部下との問題に日々追われ、むしろ若い頃よりもずっと、もがいている気がするのだった。



15年ほど前。

悠里の就職活動は、リーマンショックが起きる前年で完全に新卒売り手市場の時代だった。

ICU出身の悠里は、授業で鍛えた英語力を武器に外資系企業の内定を次々に獲得。

その中でも今の会社を選んだ理由は、港区のオフィスで行われた最終面接で会った女性執行役員・白井由紀子の存在だった。

オフィス最上階の応接室で行われた最終面接。そこに現れた白井は、スラリと引き締まった身体に、見るからに高そうなスーツを身にまとっていた。

― すごい迫力…。これが、外資系の女性役員なのね…!

白井の美しさとオーラに若干気圧されながらも、面接は淡々と進んでいく。

そして、最後に白井は穏やかな口調で悠里に尋ねた。

「何かご質問はありますか?」

「はい。女性として感じた働きづらさや今までのご苦労を、ぜひお伺いできないでしょうか」

今になって思うと、なんて抽象的で答えづらい質問をしたのだろうと恥ずかしくなる。

しかし、それでも白井は、とても丁寧に答えてくれた。

「確かに今は弊社も、日本では女性の管理職・役員が多いとは言えません。ですが、それでも私にできることを着実に実行するチャンスはこの会社にあると思います。

だからこそ、私はこうして働くことができていますし、悠里さんにもぜひその一員になっていただければと思いますよ」

そう答える白井の眼差しは、温かく真摯だ。

― この人のそばで働きたい。この人みたいになりたい…!

スマートな容姿と、1人の学生の質問にも丁寧に接するその姿に、悠里はすっかり魅了されてしまった。

入社の理由は、白井由紀子への憧れ。

悠里にとっての白井は、まさに外資系で働く女性としての理想の存在なのだった。

順調に出世したかに見える悠里だったが…

入社後、悠里は会社の製品プリセールスとしてキャリアを築いてきた。

プリセールスは営業とSEの両方の役割を担うような職種であり、幅広いスキルとコミュニケーション能力が要求される。

悠里はこのプリセールスの適性があったようで、製品情報もクライアントの業界についても、とにかく勉強するのが楽しくて仕方がない日々。

「若いのにきちんと勉強している」とクライアントの受けもよく、実績もついてきてメキメキと頭角を現していったのだった。

出世も早かった悠里は、クライアントへの提案に際して上司に強気に意見をぶつけることも多かった。

「なぜ会計領域のみで提案しろとおっしゃるのでしょうか。私はこの製品を売るのであれば、会計領域だけでなく、他の領域の連携も考慮した提案をした方がクライアントのためにもいいと思います」

「予算は1.2億とクライアントの担当もおっしゃっていたじゃないですか。なのにうちの見積もりが1.5億なんですか!?いくらグローバルの指示とはいえ、3千万円の開きをどう説明しろって言うのですか?」

― まったく、どうして自分たちのリスクばかり考えるんだろう…

そんな風に、上司を前に腹立てることが多かった。

しかし、ヴァイスプレジデントの立場になった今。

悠里はまるで、当時の上司たちになったかのような状況だ。

「クライアントの要求になるべく答えられるように努力するのがプリセールスでしょう。なぜそんなに自社の保身だけ考えるのですか」

「クライアントはもうお金出せないって言っているんですよ。予算がないのに、どうしてこの見積もりしか承認してもらえないんですか」

毎日のように浴びせられる、部下からの様々な意見。できるだけ真摯に答えるようにしているが、中には部下と拗れてしまうケースも出てきている。

順調にキャリアを築いたかに見えた悠里だったが、今まさにマネジメントとしての壁にぶちあたっていた。

― 私が思い描いていたヴァイスプレジデントには程遠い。ましてや、あの人になんて全然届かない…。白井さんなら、この状況でどうするのかしら。今すごく、キャリアのことを相談したい…。

まるで片想い中の少女のように毎日そう考える悠里だったが、その願いが叶わないことも分かっていた。

同じ会社に在籍してはいるものの、白井は2年前からグローバルヘッドオフィスのメンバーとしてUSに転勤している。

さらなる高みへと登っていく白井は、ヴァイスプレジデントになった悠里といえども、容易く接することができない存在になっていたのだ。


そんな時だった。会社に、大きな危機が訪れたのは…。


「複数の金融機関のシステムで障害発生 原因は製品バグ」

ある日、一大ニュースがネットやテレビ、新聞を駆け巡った。

そして、多くの大手金融機関が使用していたこの製品こそ、悠里の会社が提供しているものだったのだ。

製品バグが発覚した日を境に全社員には箝口令が敷かれ、オフィスは物々しい空気に包まれていく。

そしてクライアントからは、市場への損失の補填を求める訴訟を起こされない事態になりはじめていたのだ。

「3年前にリリースしたバージョンだ!当時の責任者は誰だ!」

経営会議では、上層部の怒号が響く。

「3年前ですと…今はUSにいる白井さんが事業部長を兼任していた時ですね」

「今の責任者だけじゃなく彼女にも対応させないとクライアントは納得しないだろう。とにかく彼女を帰国させるんだ!」

製品の当時の責任者こそ、あの白井由紀子。

CEOの指示により、白井は急遽USから帰国することになったのだった。

“憧れの人”の本当の姿を見た悠里は、何を思うのか

「この度は弊社製品のバグにより、多くの金融機関のシステムに障害を引き起こしました。多くの市場関係者の皆様にご迷惑をお掛けしましたことを深くお詫び申し上げます。

今回発生した事象につきましては、経緯及び原因の究明と、再発防止措置の検討を進めるために、社内にて検討協議会を設置しております…」

帰国早々、CEOと記者会見に同席した白井は、苦悶の表情を浮かべながらマスコミの前で深く頭を下げていた。

ネットではトップページに記者会見の様子が報道され、会社はいまや完全に世間の非難の的だ。

「クライアントから高いライセンスフィーを取っておいて、こんなバグとかマジふざけんな」

「白井由紀子ってマスコミの取材よく受けていた奴だろ。目の前の仕事適当にして露出ばっかしてたんじゃねwww」

SNSでは、市場関係者に限らず不特定多数の人によって、会社や白井を非難する投稿が相次いでいる。

― 私の憧れていた白井さんが、こんな目に遭うなんて…

最終面接のときの、穏やかで美しい白井由紀子。

その憧れの人が今、マスコミに叩かれ、ネッ上で非難を受け、会見で頭を下げている…。

思い出の中で輝きを放つ白井と、目の前で転落していく白井の姿。

そのあまりに残酷な落差に、悠里は複雑な思いに駆られるのだった。



白井のスケジュールはトラブル対応と役員としての業務で終日埋まっており、たった5分のミーティングですら入れる隙はない。

そして、彼女にトラブル対応以外の予定は入れないよう、社内の上層部には通達が来ていた。飛び込みのアポが来ることがないよう、白井には専属アシスタントが同行している状態だ。

そのような状況なので、白井に声を掛けることなど、干し草の山から針をみつけるくらい難しい。しかし、行き詰まるキャリアを打開すべく白井と話したいと思っていた悠里にとっては、白井が帰国している今が滅多にないチャンスなのも事実だった。

― 今しかない。白井さんに、勇気を出して話しかけてみよう…

こう決心した悠里は、ある会議終了後、アシスタントが会議室から出た隙を見計らって白井に声を掛けた。


「あの、白井さん…」

「はい?」

声を掛けた悠里を前に、白井は怪訝な表情を浮かべる。

それもそうだろう。悠里にとっては憧れの人だが、白井にとっては存在すら認識していない、ただの1ヴァイスプレジデントに過ぎない。

「あ、いえ…あの…。実は私、15年前の最終面接で白井さんにお会いした者なんです」

そう悠里が言うと、白井はやっと穏やかな表情になる。

「あら、そうだったのね。声を掛けてくれてありがとう。今は何を担当されているの?」

― やっぱり、あの憧れの白井さんだわ…

そうホッとしたのも束の間。声を掛けたのは自分だというのに、悠里は緊張のあまり何を話せばいいのかわからなくなっていた。

一体何を話せばいいのだろうか。

憧れの人を前に、緊張で背中に汗をかくのを感じつつ、悠里は話を続けた。

「あの…私、最終面接で白井さんにお会いして、あなたのようになりたくて…。ずっと白井さんに憧れて、この会社で仕事をしてきました。

でもなかなか白井さんのようにはなれなくて…いつか話をしてみたいと思っていたんです」

じっとこちらを見る白井の視線が、悠里の緊張をさらに高める。それはまるで、先生を目の前にした児童のような姿だ。

とその時、とっさにある言葉が悠里の口から出た。

「あの…色々と大変なご状況ですが、精神的に参ることとかはないのですか?」

― うわっ…私はなんて不躾な質問をしてしまったのかしら

そう思ったが、白井は怒るわけでもなく落ち着いてこう言った。

「大変って…何が?」

― …え?白井さんは今の状況を全く大変だと思ってないの?

会社が起こした不祥事に対し、マスコミには頭を下げ、ネットでは批判ばかり浴びる毎日だ。

いくら白井とはいえ、相当参っているに違いない…。そう悠里は思っていた。

しかし目の前の白井は、まるで何か他愛もないことを思い出したかのような表情で言った。

「あぁ、もしかして製品バグのこと?それがどうしたの?」

「え……色々とマスコミとか……」

緊張のあまり、喉の奥に固いものがこみ上げてくるような感覚が悠里を襲う。モゴモゴと言い淀むことしかできなかったが、そんな悠里を前に白井は平然と続けた。

「マスコミやネットが確かに色々言っているけど、別に大した問題じゃないわ。大事なのは会社を守ること。そのためにクライアントの不利益を最小限にして、それを世の中に伝えること。ただそれだけよ。

こんなことで大変だなんて言っているようだったら私の役職なんて務まらない。そんな覚悟しかないんだったら、いっそのこと辞めた方がいいわよ」

きっぱりと言った白井は、怖いくらいに冷静で落ち着いている。

その迫力に気圧された悠里は、思わず後ずさりしながら、返す言葉を持たなかった。

「何かおかしいと思う?」

怪訝な表情の悠里を前に、白井は真顔のまま問いかける。

その時、会議室へと戻ってきたアシスタントが、悠里の背後から白井に声を掛けた。

「白井さん、次の予定がありますのでご移動をお願いします」

「あぁそうだった。クライアント訪問ね。では、また」

こう言うと白井はサッと表情を変え、笑顔で場から去っていったのだった。



その場に1人残された悠里は、まだ緊張が残り動けないでいた。

白井との会話は、おそらく賞味3分となかっただろう。

しかし、悠里にはとても長い時間に感じた。

たった3分の対面。

その短い時間で悠里が理解したのは、プレッシャーを楽しむかのような白井の覚悟と胆力だ。

白井の強さに打ちのめされるほどの衝撃を受けた今、部下のマネジメントやクライアントとの商談程度で気持ちが揺れ動く自分の未熟さが、恥ずかしくすらあった。

トラブルも軽々と乗り越えようとする力。

そして、控えめでありながら迫力のある言葉。

悠里が身につけなければならないことは、まだまだたくさんあるように感じる。

― やっぱり私はあの人の足元にも及んでいなかったわ。グローバル企業のヘッドメンバーはこうも強いのだ。私もこうならないといけないんだ…

去っていく白井の気高い後ろ姿を見送りながら、悠里は強く思う。

― もっと強く、しなやかになりたい。外資で働く女であるかぎり、これからも多くの困難があると思うけど…。それでも私は、高みを目指し続けたい。

キャリアや名声を得たいという欲望は、外資系企業で働く限り尽きることはないだろう。

時には、どん底を味わうこともあるに違いない。それでも、逆境をはね除けて、数多の困難を糧にして生きていくのだ。

私よりはるか上空を高く飛ぶ女たちの、誰よりも美しく輝くために。


Fin


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