『家、ついて行ってイイですか?』亡くなる3日前の母が作ったカレーを…「今日はあなたが俺にインタビューしてくれてるから」

 8月11日にwebメディア「ENCOUNT」が『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京系)演出・古東風太郎氏のインタビューを配信。そこでは、同番組制作における最近の変化が語られていた。

「コロナ禍以前は深夜の駅を徘徊することが多いロケでしたが、大衆の中に入り込んで、不特定多数の方にお声がけすることがご時世的によくなく、新型コロナウイルス感染対策の意味でも、そのロケの方法は止めようということになりました」

「何とか新しい映像を撮り続けられないかと、人と接触せずにロケをする方法を探し、いろいろと試しました。継続的に続けられる方法として考えたのが、無人の定点カメラ。昨年春ごろからスーパーの入り口に遠隔操作できるカメラを設置し、カメラに向かって話しかけてくれた人に限りお声がけさせていただくスタイルにしました」(古東氏)

 情報番組では今も街頭インタビューが行われているが、バラエティに関しては歓迎されない手法になったのかもしれない。そういえば、『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)も、街行く人にスタッフが声をかけられる形式を取っていたし。

 だが、スタッフ自らが街行く人を捕まえる以前の形式のVTRが再登場した9月22日放送『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京)で、このシステムでないとたどり着けない境地があると再認識した。はっきり言って沁みたのだ。

時給100円の“折り鶴ビジネス”と無職の夫

 足立区のスーパーで番組が声を掛けたのは、50歳の奥さんと46歳の旦那さんのご夫婦。激安品をここぞと大量に購入するお二人の家に、スタッフはついて行くことにした。

 到着したマンションは、築37年2LDKで2,400万円の持ち家。大量の断捨離をしたらしく、室内は物が少なくて綺麗だ。どうやら、メルカリをうまく利用したらしい。

 この夫婦、様々な工夫をして生活しているのだ。ミネラルウォーターは高いから、100円の竹炭を入れて水道水を浄化。珈琲店でもらった砂糖はコーヒーに使わず料理で活用。マクドナルドでもらったソースを持ち帰り、激安スーパーで買ったフランクフルトにトッピング。徹底した節約生活には面食らう部分もあったが、二人の世界に存在するもののみで人生を楽しもうとする姿は素敵でもあった。何より、本人たちが幸せそうである。

 でも、なぜここまで節制するのだろう。ひょっとして、お金に困っている? スタッフからの問いを二人は否定しなかった。

「私自身が実は特に定職に就いているわけではなくて、妻と妻のお母さんが千羽鶴を折って販売してくれてるんですね」(夫)

 奥さんの母が趣味とボケ防止で折っている鶴を見て「売れそうだ」と旦那さんが思いつき、この千羽鶴ビジネスは始まったらしい。千羽折るのに50時間ほどかかり、約6,000円で販売しているとのこと。時給に換算するとおよそ100円で、月の売上は5万円程度だ。もっと効率のいい仕事はあると思うのだけれど……。

 いや、その前に「定職に就いていない」という旦那さんの現状が引っかかる。いわゆる“ヒモ”というやつだろうか。だとしたら、ヒモになるところが間違ってる……と思いきや、彼は彼で株式投資をやっているらしい。会社員時代に貯めた100万円を元手に数年で2,000万円近く稼いだそうだ。しかし、その後のリーマンショック、さらに今のコロナショックで600万円以上を溶かしてしまう。時給は100円で、さらに600万円の含み損というダブルパンチだ。結婚を機に会社を35歳で辞めたという旦那さんは、後悔の念を口にした。

「株1本でやるんじゃなくて、ちゃんと定職に就いて働いたほうがよかったかなあと今になって思ってます。定職大事」(夫)

 氷河期世代による重い一言。40代半ばで気付くのもなかなかだが、見るからに実感がこもっている。46歳なら今からでも職は探せるはずだし、アルバイトならば短時間でも働けると思うのだが、どうもその気はなさそうだ。15年もブランクが空き、想像以上の覚悟と体力が必要なのだろう。

 奥さんのほうは、彼の退職について「ホッとした」と口にする。会社員時代は満足に睡眠できず、風邪もよくひいていたという旦那さん。だから、今は自分が節約をがんばろうという気概のようだ。

「お金持ちにはなれないからさ、常に安いので節約。もう、ゲーム感覚ですよ。『今日、何十円得しちゃった』って(笑)。健康ってお金じゃ買えないからまずは健康第一で、お金とかは2個3個後に考えればいいかなって」(奥さん)

 奥さんが底抜けに明るいのが救いだった。この夫婦は彼女の生命力でもっている。こういう性格はお金では買えないし、お金は後からついてくればいい。

 この夫婦への取材が行われたのは、昨年10月。それから1年経ち、現在の二人の月収は20万円に上がったという。なんと、東京2020オリンピックでのイギリスのメダリストのインタビュースタジオに千羽鶴が飾られたのだ。世の中、どこで何が跳ねるかわからない。『家つい』放送で、この千羽鶴ビジネスはさらに需要が高まるはずだ。もうこの奥さんを、旦那さんは決して手放してはならない。

 深夜の渋谷駅でスタッフが声をかけたのは48歳の男性。「家、ついて行っていいですか?」と尋ねると、男性は「お願いします」と即答だった。

 彼は独身で、職業は回転寿司店の職人さんだそう。引っ越してまだ1カ月半という大塚のマンションへ向かう道中、スタッフは男性の近況を探った。

――最近、何かいいことはありましたか?

男性 「いや、ない。ちょっとショッキングなことがあって……」

 到着した男性の部屋は、11帖の1K。この間取りに似つかわしくないピアノがデンと置いてあるのが目についた。これは42年前に購入したものらしい。

「ピアノがすごい好きで。うちの母が趣味でやってた影響で」

 もう1つ、狭い部屋にはミスマッチなものが置いてある。仏壇だ。

「これ見て。令和2年6月(取材日は2020年10月)に亡くなってしまって。俺の悲しい出来事。お母さんね」

 よく見ると、部屋の中はお母さんにまつわるものでいっぱいだ。ピカチュウ好きの母のためにUFOキャッチャーでゲットしたピカチュウのぬいぐるみ。闘病中の母が折ったという大量の折り紙たち。ピアノも母の遺品である。きっと処分できなかったのだろう。

 冷凍庫を開けると、亡くなる3日前にお母さんが作ってくれたというカレーが保存してあった。“母の最後の料理”だ。

「なんとなくさあ、食べるに食べれない。これを見ると俺は泣けちゃうんだもん」

「引っ越しが落ち着いたらゆっくり食べようかなと思っていて、引っ越しが終わったら今度はもったいなくて食べれなくなっちゃって。早く食べなきゃ食べなきゃと思ったんだけどさ、食べれないよ本当にね」

「これ食べたら本当に終わりだなっていうさ、寂しさみたいのもあるから」

 と言いながら突然、男性はこのカレーを温め始めた。できあがったカレーを一口食べた男性は、「うまい!」。その瞬間、彼の表情が初めていい顔になった。食べ物で思い出が濃厚に蘇るのはよくあること。もう作ってもらえないカレーだ。だから、大事に食べてほしい。

「作ってくれたときのことを今でも鮮明に覚えてる。呼吸がまともにできない状況だったから心配だったけど、(亡くなる)1週間前にいっぱいご飯を作ってくれて。『疲れちゃうからご飯作らなくていいよ』って言ったんだけど『何が何でも作る』と意気込んで作ってくれたから。もしかしたら、自分で死期が近いのがわかったのかもしれない」

 男性はカレーを完食した。最後の一粒、一滴まで決して残さなかった。“最後のカレー”を食べるという、息子なりの弔い方。第三者から見ると腐ってないか心配になるけど、当事者にとっては何より大事なもの。こうして、人は前へ進んでいく。

男性 「どうもありがとうございます」

――え?

男性 「一人で食ったら寂しいけど、今日はあなたが俺にインタビューしてくれてるから。じゃないと俺、いつまで経ってもこれ食べれなかったから、よかった逆に」

 スタッフへのお礼につらかった本心が表れていて、胸が詰まった。誰かと話したい気持ちもあっただろう。これで、彼も心の整理がついたか。

『家つい』を人生の動機づけにする出演者は少なくない。何もなさそうな人に声をかけ、家について行けば何かがある。これが、この番組の醍醐味だと思う。

2021/9/29 19:00

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