札幌のクラブ最高顧問、石水勲氏が逝去…96年にはクラブ創設を主導、「白い恋人」生みの親

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 北海道コンサドーレ札幌は29日、株式会社コンサドーレ最高顧問(石屋製菓株式会社名誉会長)の石水勲氏が26日に逝去したことをクラブ公式サイトで伝えた。

 クラブ公式サイトには「生前のクラブへの愛情に感謝するとともに、故人のご冥福をお祈りし、心より哀悼の意を表します」と記されており、以下のように株式会社コンサドーレ代表取締役社長の野々村芳和氏のコメントが掲載されている。

「石水さんへ。もし石水さんがいなかったら、今のコンサドーレは存在していただろうか? 貴方の想いが、たくさんの人の想いを共有できるクラブに成長させてくれました」

「僕に社長としてコンサドーレに関わる機会を与えてくれたのも貴方でした」

「北海道全体から支持されるクラブ」
「J1に定着して時々タイトルを狙えるクラブ」

「勝ち負けで一喜一憂する中でも、心を落ち着けて少し長いスパンで考えることができ、ビジョンの重要さに気付かせてくれました。タイトルを獲るところを見ていただけなかったことが残念ですが、コンサドーレは石水さんが思い描いたクラブに近づいています。石水さんはいつも人の想像の上を行っていましたが、今度はコンサドーレが貴方の想像の上をいけるように歩んでいきます」

「サッカーを日常にしてくれたこと、感謝しかありません。ありがとうございました。 野々村芳和」

 石水氏は、1980年に祖父と父が創業した石屋製菓の社長に就任。「白い恋人」をヒットさせて優れた経営手腕を発揮すると、1996年には北海道コンサドーレ札幌(発足当初はコンサドーレ札幌)の創設を主導するなど、日本サッカー界に大きく貢献した。病気療養中だった26日、札幌市内の病院で亡くなった。77歳だった。

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