26歳で初めて彼氏ができた女。記念日にホテルに連れて行かれたが、緊張のあまり…

彼氏やパートナーがいる人が幸せって、誰が決めたの?

出会いの機会が激減したと嘆く人たちが多い2021年の東京。

ひそかにこの状況に安堵している、恋愛に興味がない『絶食系女子』たちがいる。

この連載では、今の東京を生きる彼女たちの実態に迫る。

▶前回:「彼には、絶対言えない…」女が4回連続でお泊りデートを断った、本当の理由とは

ビジネスに生きるオンナ・高市恵玲奈(29)

『僕はもう、高市さんのもとでやっていく自信がありません』

リモートワーク中に届いたメールを見て、自室でため息をつく。

― またやってしまった……。

私はアート・カルチャー系Webメディアの社長兼編集長を務めている。メールの送り主は、私の会社で編集とライターを担当している26歳の男性だ。

昨日のこと。

彼が執筆したとあるギャラリーのレポートや撮影写真が全く良くなかったので、結構キツめの修正を依頼した。

さらに、「うちに2年もいるのに、ひとつも成長してないのね」と余計な一言も言ってしまった。

その翌日には、コレだ。

私の物言いや仕事のやり方が嫌だと言って、今まで数人の編集者やライターが離れていった。

ただでさえ5人ほどしかいない編集部なのに、ここで一人抜けられたら結構困る。

私が管理者に向いていないことは、よくわかっている。

― さて、どうしたものか。

腕組みをして天井を仰いでいたとき、手元のスマホが鳴った。

仕事に厳しい女は、ある男に支えられていて…

『もしもし。俺だけど。彼の件、こっちで対応しておいたから』

“彼の件”とは、今まさに私が頭を悩ませていたことについてだ。

電話の向こうの声に、ほっと胸をなで下ろす。

「ごめん、ありがとう……千秋くん」

私が礼を伝えると、電話口の彼――共同経営者である千秋くんは、やれやれといった感じで話し出す。

『より良いメディアを作っていきたい気持ちはわかるよ。でも、もう少し言い方を考えなきゃ。今のままじゃ誰もついてこない』

「……わかってるわよ。いつも、反省はしてる」

明らかに落ち込んでいる様子が声色で伝わったのか、彼はあきれ半分で笑った。

『ま、編集長の性格はよく知ってるから。今後も何かあれば俺が尻ぬぐいしてやるよ』

千秋くんの言い方には少しだけカチンときたが、これまで本当に助けられてきたので何も言い返せない。

「金曜の定例、遅刻しないでよね」

『はいはい、気を付けますよ。じゃ』

電話を切って、PCの画面に向き直る。今日もタスクが山積みだ。

千秋くんのおかげで、安心して業務に取り組むことができる。

彼とは、本当に相性がいい。私の欠落した部分をすべて補ってくれる、良きビジネスパートナーだ。

彼とこうして今でも良好な関係でいられるのは、彼が私の“恋人ではなくなった”からだ――……。

恋愛より趣味が大事

画商をしている父の影響で、幼い頃からアートに興味があった。

学生時代は誰とも話が合わず、さらに気の強い性格も相まって、クラスでは常に孤立していた私。もちろん恋愛なんて無縁だったし、別に恋人が欲しいとも思わなかった。

大学はお茶の水女子大学に入学。美術史コースを専攻し、やっと気の合う友人ができて楽しいキャンパスライフを送っていた。

とはいっても、恋愛には相変わらず興味を抱けないまま。

友人たちから他大学の男子学生を紹介されて、デートしたこともあったし、好意を寄せられたこともあったが、全然ピンとこなかった。

その後、第一希望の大手出版社に新卒で就職し、念願だった美術誌の編集者に。

仕事はとても楽しく、自分にも向いていると思ったが、編集部内での派閥や嫌がらせ、セクハラなど、仕事以外のところで精神を摩耗することが多い職場だった。

このときは仕事に追われていて、恋愛のことなんて考える余裕がなかったので、恋人ができるはずもなく…。

転職を考えていた26歳の頃。公私ともに関わりのある写真家の誕生日パーティーで出会ったのが、3歳年上の千秋くんだった。

「高市さん、自分でWebメディア立ち上げてみたら?」

職場環境に悩んでいると打ち明けた私に対し、Webマーケティングのコンサルティング会社を経営している彼は、そう提案した。

「でも私、人付き合いが苦手だし、メディアの運用なんてとてもじゃないけどできないと思う」

「大丈夫。外部とのやり取りや、広告の営業なんかは俺がやるから。もちろん、PV数の伸ばし方とか、上手に利益を出す方法は教えられるし」

その後、彼の全面的なサポートを受けて会社を立ち上げた。当時の私は、彼がなぜこんなにも親切にしてくれるのかがわからなかった。

のちに、それは彼が私に好意を寄せてくれていたからだと知る。

「高市さん。俺と付き合ってみない?」

千秋くんから告白されたのは、一緒にWebメディアを立ち上げて半年後。よく打ち合わせに使っていた、恵比寿の小さなカフェでのことだった。

「前にも話したと思うけど、私、今まで人を好きになったことも、付き合ったこともないの。だから、付き合うってどういうことかわからなくて……」

「大丈夫。俺、高市さんに好きになってもらえるように頑張るから」

彼の言う“大丈夫”を、私はすごく信頼していた。

これまで彼が大丈夫と言ったことは、本当に全部うまくいっていたから。

― 彼が言うなら、本当に“大丈夫”なのかもしれない。

ビジネスの才気があり、尊敬できる相手でもあったので、千秋くんと付き合う決意をした。

「……よろしくお願いします」

私が頭を下げると、彼は満面の笑みで小さくガッツポーズをした。

その姿を見て、人生で初めて男の人のことを「可愛いな」と思った。

千秋の告白を受けて、男性と付き合うことを決意した恵玲奈だったが……

付き合うってどういうこと?

付き合ったからといって、ビジネスパートナーだった頃の関係性とはあまり変わらなかった。

一緒に食事をしたり、映画や個展を観に行ったり、どうすればメディアがもっと良くなるか話し合ったり……。

変わったことといえば、なぜか私への呼び方が「高市さん」から「恵玲奈」になった。

でも、私はずっと「千秋くん」のままだった。わざわざ呼び方を変える必要性を感じなかったから。

「いつも思ってるけど、恵玲奈の髪ってほんとに綺麗だよね」

大きな変化が現れたのは、私の家でミーティングをしているときのことだった。

話が一段落ついた途端、彼が急に私の黒髪をなで始めた。

その瞬間、背筋がぞわっとするのを感じる。

でも、嫌悪感を表したら彼が嫌な気分になるだろうと思い、私は「恥ずかしいよ」と言ってやんわりとその手を払った。

それから私は、何度も彼からの身体接触を優しく拒んだ。彼の気持ちを損ねないように、注意を払いながら。

いつしか私は、「彼から触られる」「うまく断らなきゃ」という不安を感じながら、彼と2人きりになると常にびくびくするようになっていた。

そして、彼と付き合って3ヶ月目の記念日。

『今日、このホテルのディナーとスイート取ったから』

そのLINEを見て、思わず頭を抱えた。今までは、色々と理由をつけて宿泊は避けていたが、ホテルを予約されたらさすがに断ることはできない。

もう、逃げ場がなかった。

― 触られることさえ嫌なのに “そういうこと”なんてできるんだろうか……。

男性経験が一度もない自分にとって、それはとても恐ろしいことだった。

― でも、意外にしたら好きになるとか言うし……。

そんなふうに自分に言い聞かせながら、彼が指定した一流ホテルへ向かった。

やっぱり無理なものは無理

ディナーを終え、彼と部屋に入る。広い室内や、美しい夜景、部屋に飾られた絵画でさえも、今の私の目には入らない。

それよりも、彼の一挙手一投足が気になって仕方がなかった。

「恵玲奈、緊張してる?」

背後から声をかけられ、身体をびくりとさせる。振り返ると彼の顔がすぐ近くあり、そのままキスをされた。

彼の指が私のシャツのボタンにかけられる。

このままでは、服を脱がされてしまう。服を脱がされたら、その先は……。

「やめて!」

私は身体をよじり、彼の腕の中から抜け出した。

「恵玲奈……いつになったら俺に心開いてくれるの?」

「その呼び方もやめて!私、千秋くんに呼び捨てしていいなんて言ってない!」

思わず出てしまった言葉にハッとする。私は慌てて弁解しようとするが、彼はとてもショックを受けたような表情をしていた。

「……それってさ、俺のこと、全然好きじゃないよね」

私は何も言い返せなかった。彼のことは大好きだけど、それは恋愛対象としての好きではない。

結局、人を好きになるという感情が、私には皆目わからなかった。

「……ごめん。ごめんね」

ずっと私を支えてくれていた彼に、ひどい仕打ちをした。恩をあだで返してしまった。

だが、どうしても彼の期待に応えられないことがつらくて、私はその場にしゃがみこんで泣き出した。

そんな私の背中をさすりながら、彼は「俺のほうこそごめん」とひたすら謝り続けていた。彼は、何も悪くないのに。

でも、背中をさすってくれた彼の手には、不思議と何の嫌悪感も抱かなかった。

千秋と恋愛ができなかった恵玲奈は、その後…

「では、本日の定例をはじめます」

今は完全に在宅勤務で稼働している編集部。オフィスも引き払い、定例や外部ミーティングなどはすべてオンラインで行っている。

『そうだ、編集長。記事広告の案件、相談もらったから後で共有するわ』

「千秋くん、ありがとう」

数日前に忠告したのにもかかわらず、やはり会議に10分ほど遅刻して現れた千秋くん。

そんな彼の左手薬指には、銀色の指輪が光っている。

2年前から付き合い始めた恋人と、彼はつい最近籍を入れた。私とは似ても似つかない、小柄で可愛らしい家庭的な雰囲気の人だ。

奥さんの希望で、コロナが落ち着いたらハワイで式を挙げるつもりらしい。

そのときは、たくさんご祝儀を包まなくてはと思っている。

千秋くんと別れて、3年が経つ。

その間も私は恋人を作らなかったし、作る気も起きなかった。

コロナで人と会えなくなり、正直、少し寂しい気持ちはある。

前時代的な考え方の人たちからは「結婚しないの?」「子どもはいらないの?」などと言われることもある。

でも、私には大好きなアートと仕事、そして少しの友人と大切なビジネスパートナーがいれば十分だ。

これ以上、何もいらない。

「それでは、今日の定例を終わりにします。皆さん、退勤時の連絡と日報は忘れないように」

今日は、注目している陶芸家の新作展を取材しに青山へ。夜は、画家とのオンライン対談もある。その間に終わらせなくてはいけない原稿が2つほど。

「は~、いそがしっ」

無意味なひとりごとを呟きながら、大きく伸びをする。

最近はだんだんと秋めいてきて、肌寒くなってきた。

自由が丘の専門店で購入したシナモンでチャイティーラテを作ろうと、私は裸足でぺたぺたと歩きながらキッチンへと向かった。

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美容整形依存の女が登場

2021/9/28 5:03

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