婚活仲間からイチ抜けした29歳女。婚約報告の場で彼女たちから言われた、モヤっとする一言
結婚前の、男女の葛藤。
「本当にこの人と結婚していいの?」
大好きなはずなのに、幸せなはずなのに…。そんな想いとは裏腹に、不安は募るばかり。
カレンダーを見ると“結婚予定日”まで残りわずか。そんなタイミングで発覚した、改姓トラブルや妊娠・出産に関するアレコレ…。
2人は無事に危機を乗り越え、幸せな結婚を迎えられる?
◆これまでのあらすじ
歯科衛生士の仕事を続けながら、WEBライターにも挑戦することを決めた桃香。副業をキッカケに2人の仲がギクシャクするも、無事に仲直りし結婚に向けて歩みを進めていた。
そんなある日。桃香は久しぶりに会った学生時代の友人たちに、結婚を祝福してもらっていたのだが…?
▶前回:いきなりキレだした彼氏が、部屋を飛び出して…。“空白の4時間”を過ごしていた、まさかの場所
「桃香、おめでとう。まさか、このコロナ禍で結婚相手が見つかるなんてね」
「本当に良かったじゃん!彼のお名前は?どんな仕事してるの?」
ある休日の午後。
学生時代の友人である芙美、絢と『ザ・カフェ by アマン』のアフタヌーンティーへやって来た桃香は、ついに婚約をしたことを2人に報告していた。
桃香にとって彼女たちは、歯科衛生士の資格をとるために切磋琢磨しながら勉強に励んだ仲間だ。そして社会人になってからは、婚活で苦楽をともにしてきた。
まるで自分のことのように喜んでくれる2人に、桃香も感激してしまう。…だが、次の瞬間。
芙美が何気なく口にした言葉に、桃香はなんだかモヤっとしてしまったのだ。
「アプリや食事会にさんざん時間を費やしたけど、結局は幼なじみと結婚だなんて、なんかロマンチックでいいな~。それじゃあ桃香は、これからは雨宮じゃなくて日向さんなんだね」
「うーん、そうだね…」
とっさにそう反応したものの、芙美がさも当たり前かのように「女が改姓する」と思っていることに、桃香は違和感を覚えたのだ。
― どうして、みんなはそんな簡単に今後の姓を決められるの?
桃香が苗字を変えると思っている芙美に、桃香は…
「2人は結婚したらさ、相手の姓に変えようと思ってるの?」
すると、絢が食い気味に言葉を挟む。
「そりゃあそうだよ。だって好きな人の姓を名乗れるのって、普通に嬉しくない?桃香は違うの?」
「うーん、昔は無条件に相手の姓にしたいと思ってたんだけど…」
そうつぶやきながら、桃香は婚活中に“婚テロ投稿”を見かけ、うらやましさで度々落ち込んだことを思い出していた。
“婚テロ投稿”とは「苗字変わりました♡」や「夫の苗字で呼ばれるのに全然慣れない~!」などといった、一見愚痴のようで結局のろけている投稿のことだ。
それらが自分に向けられているものでないことも、嫌ならSNSを見なければいいだけのこともわかっている。
しかし独身時代は、結婚マウントをとられているように感じていたのだ。
心の底からおめでとうと伝えたいのに、どこかイラついている自分自身に嫌気がさすこともあった。
一方で、幸せそうな友人たちを見ていた桃香は、できれば自分も改姓したいと思っていた。
しかし、いざそのタイミングになると、なぜか自分の苗字にも執着心が芽生えてきたのだ。この矛盾した感情にどう向き合えばいいのか、桃香自身もよくわかっていないのだった。
「その気持ちはよくわかるけどさ。自分の苗字がなくなっちゃうって思うと、寂しくならない?」
「えー、そうかな?私の苗字は別に珍しくもないし、そこまで執着はないかな」
絢は、もう自分の苗字に未練はないと言わんばかりに、早く彼の苗字になりたいと言い続けている。
「うん。うちも、お婿さんを迎えるほどの立派な家柄でもないし。結婚したら苗字が変わるのって当たり前だと思ってた」
芙美もうなずきながら賛同する。
「桃香、もしかして何か悩んでることでもあるの…?相談に乗るよ」
いつもと違う桃香の表情を察してか、芙美が心配そうに尋ねる。
「うん。実は、この前のことなんだけど…」
桃香はティーカップを口に運び、ゆっくりとアールグレイを一口飲んでから話し出した。
桃香が改姓に踏み切れないワケとは?
桃香が“日向姓”になることを手放しに喜べない理由。それは自身の家族に言われた一言がキッカケだった。
プロポーズを快諾した後。結婚報告をするため、桃香は陽介とともに実家へ帰省した。
彼は幼なじみだし、家族とも顔見知りだ。それでも緊張しガチガチに固まっている陽介を見て、両親が嬉しそうに笑っていたのを、よく覚えている。
そんななか彼はいつになく真剣な顔で、こう言ったのだ。
「必ず彼女を幸せにしてみせます。…なので、桃香さんと結婚させてください」
ネクタイを正して座布団から降り、頭を下げてお願いする陽介。にわかに緊張が走る。直後、父がゆっくりと口を開いた。
「桃香のこと、よろしくお願いします。陽介くんなら安心だ。娘と結婚してくれて嬉しいよ」
その言葉に桃香は陽介と顔を見合わせ、ホッとした顔で笑いあったのだった。
こうして儀礼的なやりとりが終わり、安心した気持ちでいた桃香。だからこの後、彼が発した一言で場がピリッとしてしまうなんて、思ってもみなかったのだ。
「あの…。桃香さんのお父さまとお母さまに確認しておきたいことがあります」
話題が途切れたタイミングを見計らって、陽介が改まった面持ちで口を開いた。
「結婚後の姓についてなのですが…。できれば、桃香さんには僕の姓になってほしいと思っています」
桃香は3姉妹の長女で、妹はすでに結婚している。2人とも結婚後は相手の姓を名乗っていて、雨宮ではなくなってしまった。
そのため、桃香が“雨宮姓”を継がなければ、途絶えてしまうことになるのだ。
さらに桃香の実家は、地元では有名な地主である。父はその家の長男として生まれ育った。
そのことを知っていた陽介は、父の意思を早めに確認したいと思っていたようだ。
「もしもお父さまが、どうしてもとおっしゃるようでしたら、僕は“雨宮姓”に変えても構わないと思っています。ですが…」
陽介は一呼吸おいて、付け加えた。
「近い将来、会社を辞めて起業するため準備をしています。なので姓はそのままの方が、人脈作りにも有利ですし、ご理解をいただけると幸いです」
突然の宣言に、桃香は不安な気持ちで父を見つめる。するとうつむきながら静かに話を聞いていた父が、再びゆっくりと口を開いた。
「起業したいだなんて、若いのにすごく立派だね。陽介くんは昔から努力家で、礼儀正しいのも知ってる。応援しているよ。苗字のことについては、そうだなぁ」
少し迷ってから父は静かに、でもはっきりと伝えた。
「もしも陽介くんが良かったら、雨宮姓を継いでほしいと思ってるんだ」
昔から周りを優先して自分の意見を言わなかった父が、初めて本心を打ち明けたのを目の当たりにして、桃香は驚いてしまった。
― お父さんがそこまで雨宮姓を継いでほしいと思っていたなんて、知らなかった。
そして今後、改姓について頭を悩ませることになりそうだと、桃香は落ち込んだのだった。
▶前回:いきなりキレだした彼氏が、部屋を飛び出して…。“空白の4時間”を過ごしていた、まさかの場所
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「うちの姓を継いでほしい」桃香の父にそう言われた、陽介の答えとは…?