“新CMの女王”本田翼が吉祥寺で目指すのは、スパイスカレーの先駆け「リトルスパイス」!

拡大画像を見る

第85回 「カレー食堂 リトルスパイス

 シルバーウィークの初日、ふと吉祥寺に出かけた。ショッピングモールを歩くにも、人とぶつからず済ませるのに往生するくらいの人出。人流は確実に戻った。それまでいた阿佐ヶ谷と異なるのは、ただ無目的に歩いていても、つい覗きたくなる個性的な店の多さだ。その充実ぶりは今や渋谷や新宿以上だろう。

 ぼくは吉祥寺まで車で10分、自転車で20分弱くらいかかる町で育ち、今なお暮らしている。親戚も近くに住んでいて、いわば幼い頃からの庭場だ。だから、かつて通った庶民的な店が徐々に減り、全般にお洒落に生まれ変わるにつれ不満も募っていた(その辺りは拙著『東京実用食堂』(日本文芸社)でも切々と綴ってはおり、機会があればぜひ読んでほしい)。

 しかし、町は生き物。変わって当然。ノスタルジーに浸るより、今の有様を楽しまなくちゃ嘘だ。その点で、吉祥寺ほど唸らされる町はない。長谷工アーベストが毎年9月末に発表する「住みたい街ランキング」の1位から15年下らなかったのも、よくよく伊達じゃない。

■本田翼がYouTube動画撮影訪れた吉祥寺

 いや、そう素直に思えるようになったのも実は最近のこと。女優の本田翼が昨年10月17日、『世界一楽しい町』と題した動画をYouTubeに投稿したのを見たのが契機だ。渋谷から井の頭線に乗って吉祥寺で降りた本田が、ぶらぶら町を歩いている姿を収めただけの内容だが、その淡々としたガイドぶりがすごく面白い。

 そして、その視聴回数も9月22日19時時点で459万3529回と、18年9月開設のYouTubeチャンネル「ほんだのばいく」史上、6位の好成績を収めている。なお、19年9月21日に投稿された翌月のイベント告知、『10月22日と近況。』に至っては再生回数940万回を数えたが、超ドアップのセルフィーで、おまけにほぼすっぴんという可愛さアピールの結果であって、内容が評価されたわけではない。

■もともとお隣の三鷹育ち

 さて、吉祥寺は本田が18〜19歳の頃、初めて一人暮らしを始めた町だ。もっとも、お隣の三鷹育ちなので、子どもの頃から馴染んでいたろう。「もう9年前。怖〜い…」とは本人曰く。まずは駅からソロで井の頭公園方面へと歩き出すのだが、界隈の気になる店の紹介で、「安くて美味しいよ〜」と焼きとんの老舗「いせや」までチラッと映ったのには感激した。しかし、いせやへの言及はそれ以上なかったので、今回は残念ながらスルー。

■当時よく行っていたカレー屋さん

 そして、付近で友人と合流し、まずは腹ごしらえと歩き出す本田一行が向かったのは、「当時よく行っていたカレー屋」だった。それが「カレー食堂 リトルスパイス」。もっとも、同店は夜営業のみで、平日のランチ営業をしていない。休日も14時(コロナ禍では13時)という中途半端な時間から開ける。したがって空振りに終わり、そこでチャイコフスキーの『悲愴』の冒頭部分が流れる。

 一行は仕方なく、「近くにあったパスタの店『チル』」に入るのだが、本田にはむろん、自分にとっても「思い出の店」ではないので、敢然とスルーする。まだ創業11年の店より優先順位が高い店が吉祥寺にはいくらもある。いずれ「本田翼が行った店」という話題で釣り、同店にもご近所在住の友人夫妻でも誘ってみよう。よって先だって、ぼくが迷わず向かった先は「リトルスパイス」だった。休日なので昼から開いてもいた。

■吉祥寺にはカレーの名店がいっぱい

 もっとも、YouTubeでこの店のお薦めメニューに関して翼のコメントはなし。とはいえ、メニューは限られており、特に人気のキーマとブラックカレーを食べないわけがない。とわかったような口を聞くが、ぼくも2回目の入店で、以前訪れたのはもう15年以上前に遡る。リトルは04年の創業だから、その直後だったろう。

 吉祥寺には1978年創業の「まめ蔵」という欧風カレーの名店が君臨しており、翌年に開業した喫茶店「くぐつ草」のカレーも本格的なので有名だ。リトルが割って入る隙があるのかと高を括っていたら、もう17年選手か…。ただ、くどいようだが、吉祥寺でマーキングすべき古参の店は、飲み屋を含めれば枚挙に暇なし。たまたま昼時にカレーが食べたくなったのが、この町では15年ぶりだったという次第だ。

■ゴロッと手羽元が3本

 リトルはカウンターだけの店で、やっと10人入るくらい。やはり連休中なので、狭い階段に20分近く並ぶ羽目になった。やっとこさ席に案内され、メニュー表を確認すると、一品料理も用意され、夜は飲める体だった。まだ緊急事態宣言下なので諦めざるを得ないが、夜にサクッと飲んでカレーで〆るのはオツだなぁ。

 …と夢想しながら、一番人気のブラックカレーを注文する。確か前には迷った挙げ句にキーマを頼んだはずだ。その日はとても空腹で、ゴロッと手羽元が3本入り、見た目もボリューミーなブラックカレー一点勝負の気分だった。

 料理が出るまで待つ間、店内を見回すと、60年代のソフトロックやR&Bのレコードジャケットが飾ってあり、BGMもたぶん有線だが、その辺の渋かったり甘かったりの曲が次々とかかる。

 ああ、この手羽元にしゃぶりつき、やはり一杯飲りたいなぁ…。なんでも女主人はこの場所でダイニングバーを経営していたが、スリランカ人の友人が作ったカレーの美味しさに感動し、カレーライス専門店としてリニューアルしたとか。

 しかし、ここのカレーはまず盛りつけが美麗だ。シャリシャリのオニオンスライスに香草、プチトマトに半切りのゆで卵がトッピングされ、楊枝に刺したらっきょうが添えられる。見た瞬間、ぼくは海賊船を想起した。帆船の帆のように大きな手羽元で中央が盛り上がってもいる。鶏は煮込まれておらず、あくまでローストにソースが注がれた状態。骨離れはさほどよくなく、手指を汚して貪らなければならない。

 黒々としたソースは思っていたよりクミンやカルダモンなどが感じられ、辛さがじわっと時間差で襲ってくる。そして、米粒がピンと立つほど固めに炊かれたライスと絶妙に絡む。和風の黄色カレーを愛好するぼくに、こうした凝ったカレーはわりと飽きが来やすい。

 しかし、食べ進めてすぐ確信できるのは、このカレーに味変は不要ということ。事実、なんら調味料やスパイスの類が卓上にない。トッピングを適度に潰したり混ぜたりするだけで、風味も変わってくるので、まったく飽きないのだ。

■天女も通わずにはいられないうまさ

 この推進力はなんだろう…。ちょっとオタク的でまっしぐらな翼のトークに近い。愛らしいんだけど、あざとさや女子力を露にしない、本田翼という女優の底力とも共通する。テレビを見ていると、ともかく本田ばかりに出会うと思っていたら、21年上半期の「タレントCM起用社数ランキング」において初の1位を獲得したんだそうな。

 本田は現在、なんと15社のCMに起用されている。綾瀬はるかや新垣結衣を使うにも、ギャラ的に折り合いがつかないような微妙な企業や商品のCMも中にはあるが、YouTubeのビュー数の伸び具合といい、コロナ禍でいつの間にか天下を獲っていた感が強い。

 「あら、下界に来られたんですか」。吉祥寺での動画にファンが書き込んだコメントにいたく同意する。ふわふわと定まらない感じが、確かに天使・天女をイメージさせる、本田翼の持ち味である。ふらりと天上に舞い戻ってしまうのではないか、という儚さもどこか漂わせる。そんな彼女を地上につなぎ止めているのが、「リトルスパイス」をはじめとする吉祥寺の美味なのだ。

(取材・文=鈴木隆祐)

関連リンク

  • 9/25 10:00
  • 日刊大衆

スポンサーリンク

記事の無断転載を禁じます