<純烈物語>突然の発表ーー東のホーム・大江戸温泉物語閉館のものがたり<第115回>

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―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―

◆<第115回>大江戸温泉物語閉館に対する純烈ファンの思い。あの日、みんなで味わえた“しあわせのお裾分け”

「東京お台場 大江戸温泉物語」の閉館が報じられたのは、6月23日のことだった。同施設は2003年3月に開業以来18年間に渡り営業を続けてきたが、東京都との事業用定期借地権設定契約が今年12月に満期となり、契約最長期間が20年で再契約も認められなかったため、建物を解体撤去し更地とした上で土地を返還する。

 解体工事を年内に終わらせる必要があるため、9月5日をもって閉館。多くの利用客に愛される施設だけに、大江戸温泉としても苦渋の決断だった。

◆デビュー記念日に……東のホームグラウンド突然の閉館発表

 同地は純烈にとって東のホームグラウンドと、ファンの間でも認知されていた。紅白歌合戦初出場を果たす前の2018年7月より定期的にコンサートを開催し、2度目の大晦日から年が明けた深夜に凱旋ライブをおこない、メンバーとファンがともに喜びを分かち合った。

 コロナの影響により全国のスーパー銭湯を回れなくなった中、10周年記念ライブを無観客でおこなったのも大江戸温泉のステージだったし、今年4月12日には有観客でも再開。ラウンドや声出しはできずとも、また地べた座りの距離感でハッピーを共有できる空間が味わえると喜んだ矢先のニュースだった。

「私が知ったのは、今年の5月後半ぐらいでした。ギリギリまで話し合いをしているという報告は受けていたのですが、それぐらいの段階でもしかすると閉館するかもしれないと聞いて、6月に入ってから確定したという話を聞きました」

 純烈ライブ起ち上げ当初から携わってきた企画販促マネジャー・平澤誠さんがそう明かす。スタッフ的にも閉館に関しては実質上、寝耳に水の話だったことがうかがえる。

 有観客ライブを再開させ、さあこれからというタイミングで平澤さんは決定事項を純烈の山本浩光マネジャーに伝えなければならなかった。その心中は察するにあまりある。

 閉館が発表された6月23日は、奇しくも純烈にとって12回目のデビュー記念日だった。その日は、ファンによる惜しむ声がツイッター上にあふれた。

「純烈~温泉ライブinお台場」は全19回開催された。一日昼夜の2ステージだから、計38公演となる。閉館発表後は7月26日、8月20日と9月2日の6公演が大江戸温泉で見られる残されたチャンスだった。

◆プラチナ化した公演は「館内パブリックビューイング」を実施

 8月20日昼の部、ライブ会場である中村座に足を運んだ。4月の再開以来、ソーシャルディスタンスを取った座席数は半数に押さえられており、そこへ閉館の報が出たことでプラチナペーパー化に拍車がかかっていた。

 それもあって、大江戸温泉は中村座を出た一般の利用客が行き来するところへモニターを設置し、館内パブリックビューイングを実施。チケットが買えずとも、これならリアルタイムでライブが見られる。

 こうしたところにも、大江戸温泉のファンに対する姿勢が見受けられた。最初のMCコーナーで酒井一圭は「残すところあと何公演と数えると、僕らもだんだん寂しさを感じるようになってきました」と口にした。

 だが、そこはあくまでも普段通りの純烈として楽しむ方向に振り切り、寂しさを感じさせぬ内容で見せた。外の気温は35℃。セミの鳴き声が室内まで届く中、それがMCにおけるBGMとなっていた。

 そんなセミの鳴き声が聞こえなくなる夏の終わりとともに、ひとつの別れが訪れる――この日の目的は、ファンの皆さんに大江戸温泉での思い出を聞かせていただくことだった。

◆ファンそれぞれの”大江戸温泉物語”

 ライブ後のCD購入特典撮影会を終えた方々に声をかけると、世に伝わっていないそれぞれの大江戸温泉物語が人数分だけあった。2人組の純子さんは、初めて純烈が紅白へ出た時、一緒にステージを経験したというツワモノだった。

「ファンクラブで募集がかかって、応募したら当たったんです。ステージ上でウチワを持って応援して、紙テープを投げる役だったんですけど、それも純烈を好きになったことで体験できたことじゃないですか。ガオレンジャーの頃からリーダーのファンで、脚を折った時に『俺は絶対紅白に出るからな。その時は、NHKホールに来るやろ』と言われて、面白いことを言っているから応援しようとなったら、本当に連れていってくれたんです。

 そういうことがあっての、2度目の紅白後の凱旋ライブだったから、あれが大江戸温泉での一番の思い出ですね。1度目はステージ上から、2度目はNHKホールの客席から見てここに移動して、みんなで祝うことができた。それも大江戸温泉があったからできたことだと思うんです。それまで健康センターでやっていて、ファンが増える中で誰もが参加できる。私たちにとってもプラットホームでした」

 紅白初出場を果たした2018年の11月に、純烈は日本レコード大賞日本作曲家協会奨励を受賞した。歌に関しゼロからスタートしたグループが、実力を評価されて選ばれた初めての賞だった。

 ヘタだヘタだと言いながらも、作曲家協会に認められたのだからそれは嬉しい。12月30日のレコード大賞で記念の盾を授賞されると、酒井は大江戸温泉にそれを持ってきた。

「これがみんなの応援によって受賞した盾です。この喜びを分かち合いたいので、今からこれを客席に回します!」

 デビュー8年で歌謡グループとして認められた証しを、酒井はファンにも開放した。もしかすると回しているうちに壊してしまう可能性もゼロではない。

「俺らの間でも回したけど、その次はってなったら応援してくれたからもらえたわけで。みんなもどんどんさわって!ですよ。あの盾、重かったからその重みを感じることで喜びを分かち合えるなと、自然とそうなりましたよね。あれを思い出にしてくれているお客さんがいたの? それは嬉しいですね。そういうのって、健康センターだからできることだし」(酒井)

 確かに、これが通常のコンサートホールでステージと客席に距離があったらできなかった。靴を脱ぎ、畳に座ってリラックスしているシチュエーションだから盾に殺到することもないし、観客も大江戸温泉に集まる気心の知れた者同士だから成立する空間だった。

 純烈とファンと大江戸温泉の3つが揃ってこその“しあわせお裾分け”の場。紅白の常連となるまでは「あのグループが賞をもらうことなんてない」というように見られていた。

「だからこそ、初めて認めてもらえたというのがファンにとっても嬉しかったんです。自分たちが応援してきた純烈の魅力が、やっと世間に届いたという喜びを大江戸温泉に来ていたファンも味わえた。じっさい、あの受賞をきっかけにCDもどんどん売れるようになっていった。ここで味わったことは、どれもそういう温かさが感じられることばかりで、ステージも温かったですよね」

 そうした情景に、ギリギリ間に合った純子さんもいる。京都から来られたというマダムは、6月公演で初めて大江戸温泉ライブを体感した。

 それまでは同じ大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツ株式会社グループの箕面温泉スパーガーデンに4年近く通っていたが、ようやく東の方にも足を伸ばせた。ところが、その直後に閉館の報を聞きこの日、2度目の遠征となった。

「箕面もそうなんですけど、ステージと近いことでの一体感がコンサートホールとは違って、楽しく温かいこの雰囲気が好きでした。なのでニュースを知った時は残念な気持ちでいっぱいでした。でも私よりも純烈の皆さんの方が何倍も寂しいはずです。そんな中でもこうして撮影会をやって、私はハッピーをいただけて。

 大江戸温泉さんは、そんなハッピーな空間のためにずっと力を貸してくださいました。ファンの一人として、お礼を言わせていただきたいです。ありがとうございます。今はコロナの影響でライブはおこなわれていませんが、箕面が再開したら必ずうかがいます」

 京都から箕面はまだ近いが、東京となると遠征ですよねと振ると「いえ、東京は近いですよ」と笑顔が返ってきた。純烈とそのファンはじっさいの距離よりも“距離感”でつながっている。その象徴が、ここ東京お台場 大江戸温泉物語だったのだ。

撮影/鈴木健.txt

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【鈴木健.txt】
(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxt、facebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』『純烈物語 20-21』が発売

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