大手飲食チェーンの“やり手”店長が無職に。コロナ転職の厳しい現実

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◆「収入のことを考えると辞めるべきではなかった」

 世界中の人々に不幸をもたらせた「コロナ禍」。仕事のスタイルや生活環境の変化を余儀なくされるなか、転職を考えている人も少なくないはずだ。とはいえ、その業界で長く働いてきた場合には、他業種への転職は簡単ではない。

 飲食業界が幾度となる緊急事態宣言に伴い苦境に立たされていることは言うまでもないが……。

「当時の年収は450万~500万円程度ありましたが、今は無職で収入はありません。お金のことを考えると辞めるべきではなかったのですが、それよりも仕事をする環境を選びました」

 全国展開している大手飲食チェーンに勤務していた鈴木拓郎さん(仮名・40代)が、コロナ禍での苦い経験と辞めた後の状況を赤裸々に語る。

◆“売り上げを立てられる店長”を襲った悲劇

「入社して以来、退職するまで約20年間勤めてきました。私がいた北海道の繁華街には多くの店舗が展開されています。店長の役職をいただき、2店舗を運営する立場に立っておりました」

 退職の決め手となったのは異動だった。

「売り上げが悪い店舗に、売り上げが良い店舗の店長が異動することはよくありました。“運”の要素もありましたが、私は“売り上げを立てられる店長”として、1年に1度のペースで異動を命じられていました」

 ちょうどコロナ禍の初期で鈴木さんは異動することになったのだが、この頃はそこまで流行しておらず、飲食業界に大きなダメージはなかったという。

 そんな鈴木さんの運が尽きる。

◆コロナの流行で売り上げは前年比50%減少

「統括マネージャーとそりが全く合いませんでした。これまで自分が好きにできていたことをやらせてもらえない。それでいて、『売り上げを上げろ、売り上げを上げろ!』というばかり」

 もともと売り上げが悪い店舗のうえ、そこに拍車をかけたのが新型コロナウイルスの影響だ。

「どこの店舗もコロナ禍で売り上げが立たず、2月と3月は前年比の5割ほどまで落ち込んでしまいました」

 そして、2020年4月に1回目の緊急事態宣言が発出されると、2週間の臨時休業を余儀なくされた。

「5月に入り営業は再開されたものの、売り上げは下がる一方。この頃から、『どう生き残っていくのか』をマネージャーと各店舗の店長たちが集まって会議を開く。しかし、現場の声には全く耳を貸さず、とにかく「経費・リネン(おしぼりなど)を削る』『それで駄目なら店舗を縮小しよう』。この考えには、もはやついていけない自分がいました」

 まわりの店長たちは鈴木さんの気持ちを察していたようで、「辞めるなよ」「お前の力が必要だから」と声をかけてくれたという。その言葉が、かろうじて鈴木さんを踏みとどまらせていた。

◆複数の店舗が潰れ、社員やアルバイトも解雇

 しかし、何の解決策も生み出すことができないまま、夏頃には数店舗が潰れてしまう。社員やアルバイトたちも次々と解雇されていく。

「私が任せてもらっている店舗は何とかしようと奮闘してきましたが、制限のある運営ではどうすることもできず、年末には例年の2割~3割程度の売り上げしか立てられませんでした」

 責任感の強い鈴木さんは、これまで感じたことのないストレスを抱えながらも売り上げの回復に努めた。だが、そのストレスと会社に対する不満は限界に達していたのである。

 今年の初めに退職を申し出た。同僚たちから引き留められた鈴木さんだったが、自分の意思を覆すことはなかった。

◆「退職に後悔はない」が、コロナがなければ辞めてない

「退職したことに後悔はありません。ただ、コロナがなければ今も同じ会社で働いていたとは思いますね」

 会社を辞めてから半年以上が経過した。だが、現在は無職のまま。その期間を「自分自身を見つめる時間だった」と話す鈴木さん。当初は飲食業界に戻りたいと考えていたが、どこも似たようなものである。今、再就職さえ困難な状況に陥っている。とはいえ、鈴木さんは前向きに捉えている。

「コロナ禍のおかげと言っては語弊があるかもしれませんが、飲食業界に戻ることは全く考えることがなくなりました。自分の好きなことをやってみたいと思うようになり、カッコ良く言えば、“準備中”といった感じです」

 こうして20年以上も働いてきた飲食業界を去った鈴木さん。今後の活躍を期待したい。

<取材・文/chimi86>

―[「コロナ転職」のその後]―

【chimi86】
ライター歴5年目。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。Instagram:@chimi86.insta

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