西野亮廣「西野は絶対に嘘つかない」 エンタメの神からの御託宣と“ボケ”の共通点

 テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(2月7~13日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

北川景子「出てきても、番宣だろうなって思われてるわけじゃないですか」

 バラエティ番組に欠かせない番宣。俳優や歌手などがドラマや映画、楽曲や書籍などをPRすることを言うけれど、以前までは、芸人たちがこの番宣をイジる場面をよく見た。たとえば、番宣に来たやる気のない俳優をエピソードトークでネタにしたりとか。

 でも、最近はそういうイジりもあまり聞かなくなった。むしろ、5日の『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)で千鳥の大悟が、番宣が始まると「番宣かい!」と芸人などがツッコむ流れについて「あれってよう考えたら、何がおもろいん?」と言うなど、「番宣をすること」ではなく「番宣にツッコんでネタにすること」のほうがツッコまれて笑いになったりしている。

 一方で、俳優などの側もバラエティ番組の本筋に積極的に関与するようになっている。

 たとえば、12日の『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ系)に出演していた北川景子。同番組恒例のコント仕立てのやり取りがこの日も放送されていたけれど、北川は関西弁でキレたり、唐突に涙を流すなどしてハナコの岡部大を振り回していた。

 また、北川は10日の『家事ヤロウ!!!』(テレビ朝日系)にも出演。そこでバカリズムが語ったところによると、以前共演した際に北川から、番宣でバラエティ番組に出演した際の振る舞いについて、「せっかくだから爪あと残したいんです。せっかく行くんだったらちゃんと爆笑とって帰りたいんです」と相談されたという。北川は語る。

「出てきても、番宣だろうなって思われてるわけじゃないですか、だいたい」

 そんな北川はバラエティで真顔を駆使する。2018年の『オールスター感謝祭』(TBS系)の企画で北川が4分間まばたきを我慢するチャレンジが放送され話題になったけれど、その極端に整った顔は画面を専有する強度をもつ。その真顔がバラエティの文脈では時に笑いを誘う。俳優界のオカリナ(おかずクラブ)かもしれない。

 対して、12日の『ダウンタウンなう』に藤原紀香が出演。松本人志らとトークを繰り広げていた。

 話題は番組収録で芸能人がつけるピンマイクの話に。番組によるとピンマイクの送信機のサイズは20年以上変わっておらず、装着の際に女性は服装によってはベルトが必要になるのだとか。

 で、藤原は身体のラインが出るような洋服を着る際には、送信機を腰につけないという。彼女いわく「太ももに巻く」。太ももの内側に巻くらしい。そのための自分専用の装具も所持しているらしい。番組でもツッコまれていたけれど、峰不二子(ルパン三世)のようだ。さらに藤原は言う。

「アレはホントに景観を崩す」

 藤原紀香は景観である。山、川、紀香。神社、寺院、紀香。彼女はそれらと並び立つ。その“美”のスケール感は、空間的にも時間的にも常人のそれではないのだ。

 北川景子もいつかこのぐらいのファンタジーを真顔で言い張ってほしい。

 自身が原作を務めた『映画 えんとつ町のプペル』がヒットしているというキングコングの西野亮廣。そんな西野が9日の『華丸大吉&千鳥のテッパンいただきます!』(フジテレビ系)に出演していた。

 西野は同番組に何度か出演していて、いずれの回も「時代に取り残されつつある博多華丸・大吉と千鳥に、西野が生き残る術をレクチャーする」といった企画がお送りされていた。そしてその都度、千鳥の大悟が「捕まってないだけの詐欺師」「もう捕まらない詐欺師」などと西野を形容して笑いを生むなどしていた。

 今回もまた、西野は2組を前にレクチャー形式で話し始める。

「知名度の高いタレントになって安心しているといずれ滅びる」

 彼いわく、「認知タレント」と「人気タレント」は違う。認知タレントとは、デパートで開かれる無料イベントで多くの人を呼ぶようなタレントのこと。対して人気タレントとは、有料の単独ライブが満席になるようなタレントのことだという。

 西野は、横軸に認知度を、縦軸に信用度をおいた座標軸を用いて説明を続ける。人気タレントになるためには、認知度よりも信用度を高める必要がある。たとえば、千鳥の大悟は信用度が高いが、ノブは信用度が低い。なぜなら、番組のことを考えて忖度したコメントが多いからだという。

「あんまりおもんないアイドルのエピソード聞いて笑って、腹抱えて、そういう嘘を散々ついてきたじゃないですか」

 対して、実業家の堀江貴文や編集者の箕輪厚介などは信用度が非常に高いという。「絶対に嘘をつかない。要はマズいものをマズいって言う」から、らしい。なお、西野によれば「迷惑系YouTuber」は信用度が低いという。信用度が高ければ浮気も世間から許されるそうだ。こうなると、ここで「信用度」と呼ばれているものが何に基づいているのかが個人的にはよくわからなくなるけれど、それはおいておく。

 西野は最後に、ノブらにアドバイスを送る。

「嘘をつかない。嘘をつく番組に参加しない。信用っていうものを非常に大事にしていただきたい」

 さて、そんなレクチャーの間には、西野のギャグのような言動や、それに対する共演者(特に大悟)からのツッコミが挟まれていた。たとえば、座標軸を前に西野が「僕はすべての答えを知っています」「エンタメの神なんです」と言うと、大悟が「お前が一番信用度薄いやん」とツッコミを入れる。あるいは、自身の信用度は高いと自負する西野が「西野は絶対に嘘つかない」と言うと、大悟が「いや、嘘つくやつが言うセリフやん」と即座にツッコむ。

 もちろん、「エンタメの神」にせよ「絶対に嘘つかない」にせよ、西野の発言は周囲からのツッコミを前提としたボケとしての側面、あえてなされた“放言”としての側面があるのだろう。もっといえば、「この世のすべてを知り尽くした顔でレクチャーをする」という構図自体がボケだったりもするのだと思う。

 ただ、ボケるとはある意味で嘘をつくこと、「おかしなことを言う人」を演じることでもある。ツッコミもまた、そういう嘘を修正しようとする嘘、「おかしなことを言う人に付き合う人」を演じることでもある。

 自分は嘘をつかないと言う。嘘をつかなければならない場所からの撤退を周囲にも勧める。そんな一連の発言を「ボケ≒嘘」をまぶしながら繰り出し、周囲からの「ツッコミ≒嘘」で笑いとして許容される。こういう振る舞いは、一般的に信用度を高めることになるのだろうか、どうなのだろうか。

 私にはよくわからないけれど、たぶん「エンタメの神」にはすべてわかっているのだと思う。

  • 2/16 17:00
  • サイゾー

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