さんま「単なるテレビ番組やないかい」 M-1とネタとガチの境界線

 テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(1月24~30日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

野田クリスタル「あ、優勝だ」

 テレビの中のガチとネタの峻別は難しい。

 少し前の『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系、2020年1月23日)でこんなシーンがあった。昨年のM-1チャンピオンのマヂカルラブリーをゲストに迎えたこの回で、明石家さんまは言った。

「笑い飯とお前ら(=マヂカルラブリー)は優勝せんといてほしいねん、俺の中では。『あんだけ笑いとったのに2位かー』っていったらカッコええねん」

 これに対し、マヂカルラブリーの村上は「いや、優勝するつもりでしたよ」と返答。野田クリスタルも「さんまさん、優勝するつもりないやつ決勝まで行かないですね」と応じた。

 そんなマヂカルラブリーのM-1での“戦略”が、30日の『おかべろ』(関西テレビ)で語られた。野田は決勝でのネタの選択についてこう述べる。

「準決勝でやったネタを普通は1回目に持ってくるんですね。僕ら2本目に持ってきたんですよ」

 M-1決勝進出を目指す漫才師の多くは、準決勝で一番自信のある勝負ネタをかける。さらに決勝のファイナルラウンドに残るために、1本目のネタは準決勝と同じ勝負ネタで挑む。

 だが、マヂラブはその定石に反したネタ選びを行った。彼らが準決勝で披露したのは「吊り革」のネタ。2人にとっても自信があった勝負ネタで、普通なら決勝で1本目に出すところだ。

 ただ、野田が床を転げ回る「吊り革」のネタは場合によっては見る人を置き去りにする懸念があり、1本目に出すのは避けたかったと野田は言う。何か別のネタを1本目に出して、2本目に「吊り革」を披露すれば優勝できる。決勝1週間ほど前からそう考えていたらしい。そこで、1本目には「フレンチ」のネタを予定した。

 ただ、ネタの順番を仮決めして決勝に臨んだものの、野田は最後まで悩んでいたらしい。結局、ネタの順番が最終的に決まったのは出番直前だという。

 おいでやすこがの後に漫才を披露することになったマヂカルラブリー。爆発的な笑いを客席に巻き起こしたネタの直後だけに、強いネタで勝負しないと自分たちがかすんでしまう恐れも考えられた。が、CMが挟まったことでおいでやすこがのウケが一旦収まったと見た野田は、予定通り「フレンチ」を1本目にやる判断を最終的に下したという。

 しかし、もうひと押しほしいと思ったのだろうか。2017年のM-1決勝で審査員の上沼恵美子に「よう決勝残ったな」などと言われ”因縁”を作っていた野田は、せり上がりを土下座で登場した。

「すごい焦って焦って焦って、土下座で出ようと思ったんですよ。そしたら上がっていく最中に、お客さんがすごいウケてるのがわかったんですよ。あ、優勝だ(と思った)」

 ネタの印象から破天荒なキャラクターに見える野田。しかし、そんな周囲の評価に反してとても冷静にM-1に挑んでいた野田の判断が印象的だ。1本目のネタも2本目のネタも自分でその弱点を把握し、どうすればそれをカバーする見せ方ができるかを考える。優勝に向けて打てる手はすべて打つ。

 なるほど、M-1決勝は当然ながら「優勝するつもり」の者しかたどり着けない場所だ。そんな場所で、自分たちの戦略と大会の流れがうまく噛み合ったマヂカルラブリーが優勝するのは必然だったと言えるかもしれない。

 ところで、冒頭の『お笑い向上委員会』のさんまとマヂカルラブリーのやりとりは次のように続く。

 マヂラブには優勝しないでほしかったと言うさんまに対し、「優勝するつもりないやつ決勝まで行かないですね」と応じた野田。それを聞いたさんまは「そういう状態なの? あそこ」と驚いた。さらに、ひな壇にいたM-1準優勝のおいでやす小田に「ホンマにM-1見ました?」と尋ねられたさんまはこう返した。

「見たよ。テレビやないかい、単なる。テレビ番組やないかい」

 テレビで芸人が見せるのはエンターテインメントであり、虚構性の高いものであり、本当の戦いはテレビで見せるものではない。そんなさんまの“美学”のようなものが、この言葉には反映されているのかもしれない。「『あんだけ笑いとったのに2位かー』っていったらカッコええねん」という発言も、その一環だろう。

 M-1に対し「優勝するつもり」でガチで挑んだというマヂカルラブリー。対して、M-1といえども「テレビ番組やないかい」とひとつのネタとして捉えるさんま。なんだか一見、対立しているように見える。

 が、果たしてそうか。

 M-1に限らず、勝負ごとには実力に加えて時の運という面もある。マヂカルラブリーを優勝に導いた”追い風”は、M-1が「テレビ番組」だったからこそ吹いたという面もあったはずだ。2017年のM-1決勝での、漫才の外での上沼恵美子との対立。それを繰り返しテレビ出演時にネタにしてきた野田クリスタル。そして迎えた2020年決勝での、上沼との”因縁”を印象づける本番の演出。

 そんな「テレビ番組」の中で作られてきた物語が、彼らの面白さを後押ししたはずだ。そして、当人たちも土下座で登場するなど、その物語を最大限活かした。ラストイヤーでの優勝、過去の大会での雪辱からの勝利、敗者復活からの逆転劇――。これまでのチャンピオンにも多かれ少なかれ、そのような「テレビ番組」だからこその“追い風”が吹いていたはずだ。

 そう考えると、さんまの「テレビ番組やないかい」の意味も違って聞こえてくるだろう。その言葉は、M-1のひとつの側面を確かに言い当てている。そしてそれはM-1をネタとして茶化した言葉に聞こえるようで、さんまにとってはガチな言葉だったのかもしれない。

 いや、そもそもさんまのテレビのエンタメ性、虚構性を強調する発言自体も、幾分は虚構の側面、エンタメのためにあえて仮構した対立の側面があるのかもしれない。番組を盛り上げるためにあえて若手たちとは違ったスタンスをとったのかもしれない。

 ガチに見えるものがネタだったり。ネタに見えるものがガチだったり。やっぱりテレビの中のガチとネタの峻別は難しい。だからこそ面白い。

  • 2/4 8:00
  • サイゾー

スポンサーリンク

記事の無断転載を禁じます