明石家さんまと大竹しのぶ、家族4人にまつわる「運命の数字」とは

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 離婚してもなお「あこがれの夫婦」として名が挙がる有名人に、明石家さんま&大竹しのぶがいる。長男の二千翔さんは、大竹の初婚相手である元TBSのドラマディレクター・服部晴治さんの実子。長女でタレントのIMALUが、さんまの子だ。

 大竹は25歳のとき、17歳上の服部氏と結婚。新進気鋭の女優として将来を有望視されており、猛反対を押し切ってのゴールインだった。新婚生活が1年にも及ばないころ、服部氏のがんが発覚。のちに大竹の妊娠がわかった。

 産休後、女優として復帰。翌年に出演したドラマ「男女7人夏物語」(TBS系)でさんまと共演し、服部氏との3人はテニスを楽しむほどの仲になった。続編となる「男女7人秋物語」(同)のクランクイン前、入院中の服部氏はさんまに、「秋から僕がしのぶと遊んであげられない分、しのぶを楽しませてあげてください」という内容の手紙を送った。大竹が27歳のとき、二千翔さんを出産。3年後、服部氏は亡くなった。

 翌88年、大竹はさんまと夫婦になった。前夫と死別して短いスパンでの再婚に、批判の声が多く上がったが、2人には夫婦にならざるを得ない理由があった。大竹が妊娠したのだ。ところが、流産。退院したその日に開いたのが、結婚記者会見。その事実をひた隠しにしたまま、89年に待望の長女誕生となった。

「IMALUさんは“1”で二千翔さんは“2”、さんまが“3”で、しのぶが“4”。期せずして、数字が並んだ格好です。もちろん元夫婦が狙ったものではないので、まさに運命的です」(週刊誌記者)

 新婚わずか1年ほどで2児のパパになったさんまは、子どもに「ボス」と呼ばせた。幼児のころは、2人の頭を撫でるのが日課。順番は長男からと決めていた。元来子ども好きだったため子煩悩になり、「芸風が変わった」「面白くなくなった」とお笑い芸人としての評価を下げた。それでも、仕事をセーブして育児に精を出す姿勢を貫いた。

「IMALUさんの命名の由来は、『生きてるだけで丸儲け』。この一文は、BEGIN withアホナスターズが歌う吉本興業主催の『沖縄国際映画祭』の公式ソング『笑顔のまんま』の歌詞にもなりました」(前出・週刊誌記者)

 同曲は、さんまが「FNS27時間テレビ!! みんな笑顔のひょうきん夢列島!」(フジテレビ系)の総合司会を務めた08年7月、深夜のトークコーナー「さんま・中居の今夜も眠れない」に出演したBEGINに生放送中に突然オーダー。BEGINは放送時間内に作詞・作曲して、18時間後の番組フィナーレで初披露した。

 さんまと大竹はともに還暦を過ぎてもなお独身を貫く。36歳になった二千翔さんは、芸能マッチングサービスを運営する会社に勤務。IMALUは31歳になり、両親と同じ芸能界に身を置く。こちらもそろって独身だ。

 両親の誕生日には元家族が勢ぞろいし、仲睦まじい姿をSNSで公開。その都度ネットニュースになる。さんまとしのぶ。そこには、唯一無二の新しい夫婦像がある。

(北村ともこ)

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  • 9/21 10:00
  • アサ芸Biz

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