松坂桃李が土下座し、古田新太が荒れ狂う。「ラストに奇跡が起こった」映画『空白』
◆鬼気迫る古田新太と土下座する松坂桃李に導かれる奇跡のラスト
古田新太と松坂桃李の共演で話題の映画『空白』。メガホンをとるのは『さんかく』『犬猿』などオリジナルではコメディ色の強い作品を多く手がけてきた吉田恵輔監督だ。今作では打って変わって、緊迫感に満ちた骨太の脚本で挑む。
「自分の相方的な人を亡くし、モヤモヤしていたころにNHKのドキュメンタリー番組『ドキュメント72時間』を観ました。阪神大震災で夫を亡くしたおばさんが思い出の海辺の公園を今でも毎日散歩している。
彼女の『みなさん、どうやって折り合いをつけているんでしょうね』という言葉を聞いたとき、俺が言いたかったのはそのセリフ!とハッとさせられました。『受け入れる』『乗り越える』ではない。折り合いのつけられないものに、折り合いをつけようとする人々の話を次は書こうと思ったんです」
◆映画を観た後いつまでも考えさせられる展開
映画は中学生の万引未遂から始まる。地方都市の小さなスーパーの店長(松坂)にとがめられた女子中学生(伊東蒼)が、逃走中に車にひかれて死亡。娘を失った父親(古田)は、娘の潔白を晴らそうと暴走を始めていく。観た後も一体何が正解なのかわからずに、いつまでも考えさせられる展開だ。
https://youtu.be/e4Y1CUeAR_k
「20年ぐらい前、古本屋で万引した中学生が逃げて、電車にはねられ死亡する事件がありました。事件の記事を目にしてから、ずっと心の中に引っかかっていたのが相方の死と結びついたんです。
今までは照れ隠しもあって曖昧なセリフが多かった。告白シーンも『監督はこうやって告白しているんだな』と思われてしまうから(笑)。でも今回は逃げずに向き合い、はっきりセリフにした。それがクサくならなかったのは役者のおかげですね」
◆ラストシーンを思いついた意外な場所
鬼気迫る古田、半泣きで土下座する姿が鮮烈な松坂をはじめ名優たちの削り合うような力演に呼応し、ストーリーは二転三転していく。
複雑に絡み合ったこの物語がどこに向かうのか、まったくわからない。吉田監督自身も執筆に要した1か月の間、ラストが決められず苦心したという。
「年を取ると集中力がなくなってきて、一日2時間書ければいいほう。すぐアダルトサイトを開いちゃう(笑)。そうなるともうアイデアは出てこない。添田(古田)が最後に何を見るのか、まったく思いつかなかった」
吉田監督に天啓が訪れたのは、意外な場所だった。
「山梨県のほったらかし温泉に遊びに行ったときに、『風呂に入っている1時間で考えよう』と決めて入ったら、目の前には雲と山しかない。そこから『同じものを見て、同じ価値観を抱く』という発想が生まれました」
◆古田新太の表情に「私が泣いてしまった」
そうした奇跡は、撮影中にも訪れた。ラストシーンは全体の撮影でも最後。カットがかかり、クランクアップを迎えた際の古田の表情が使われている。
「ラストカットは何も指示を出さず、泣いてほしいとも言わなかった。そこはさすが古田さん、素晴らしいラストで、私が泣いてしまった。そのまま使おうとしたけど、編集段階で確認すると、添田が古田さんに戻る瞬間に視線が何かを見つけたように動き、心がフワッと揺れる様子が映っていて、『ああ、これがラストだ』と思いましたね」
現在、新作を準備中の吉田監督は「撮影地の愛知・蒲郡が素晴らしかったから、空白・蒼白・わんぱくの蒲郡三部作を撮りたい」と冗談を飛ばす。新境地を切り開き続ける吉田監督の次なる挑戦にも期待したい。
『空白』
監督・脚本/吉田恵輔 出演/古田新太 松坂桃李ほか 企画・製作・エグゼクティブプロデューサー/河村光庸 撮影協力/蒲郡市 配給/スターサンズ KADOKAWA
【吉田恵輔】
映画監督。’06年、『机のなかみ』で長編デビュー。オリジナル作品のほか荒川弘の『銀の匙 Silver Spoon』(’14年)、古谷実の『ヒメアノ~ル』(’16年)、新井英樹の『愛しのアイリーン』(’18年)を実写映画化
取材・文/SYO 取材/村田孔明(本誌)