『レミニセンス』はコロナ禍では他人事じゃない「想い人への執着」の映画だった

 2021年9月17日より、映画『レミニセンス』が公開される。

 本作の監督・脚本はドラマ『ウエストワールド』で高い評価を得たリサ・ジョイ、その夫でもあり『ダークナイト』(08)や『インターステラー』(14)では共同脚本も手がけたジョナサン・ノーランが製作を務めている。

 予告編の印象やパッと見のビジュアルから、そのジョナサン・ノーランの兄であるクリストファー・ノーラン監督の『インセプション』(10)を思い出す方も多いだろう。実際の本編は、「人間の心理を圧巻のビジュアルを通じて描いたSFアクションサスペンス映画」という『インセプション』と似た要素もある一方、本質的には全く異なる作品であると思えた。さらに詳しく魅力を記していこう。

決して褒められたような人物ではない主人公

 あらすじを簡単に記そう。元軍人で今は記憶を追体験させる仕事に就くニックの元に、謎めいた美女のメイが訪れ、彼らは恋に落ちる。後にニックは検察からギャング組織の男の記憶に潜入するミッションを命じられるのだが、なぜかメイが事件に関わっていたことを知り、彼女の動向を追い続けることになる。

 「カッコいいミッションに挑むアクション巨篇」を想像される方もいるかもしれないが(その要素もあるが)、実際に観てみると「ロマンティックだけど危ういラブストーリー」という印象も強い。何しろ、主人公は仕事場にやってきた美女へ、純粋な恋心という領域を超え、明らかに「執着」をしているからだ。

 もっと下世話な言い方をすれば、一時的に好き合っていたと「思い込んでいる」美女に対して、年甲斐もなく入れ込んでしまう話でもある。その執着ぶりは、検察からの依頼をほっぽいて美女を追うことを優先している、「職権濫用しすぎだろ!」と良い意味でツッコめるほどで、半ばコメディの様相にさえなっていた。

 そのことからもわかる通り、主人公は決して褒められたような人物ではない。同僚の女性からも勝手な行動を諌められることもあるし、執着がすぎるあまり間違った言動をしてしまうこともある。だが、どうしても忘れられない想い人に執着してしまう気持ちそのものは理解できる。決定的な過ちをも犯してしまいそうな主人公だからこそ、その旅路にハラハラするし、成長の物語としての感動もあった。

 また、執着をすることになる美女は、典型的な「ファム・ファタール(魔性の女)」でもある。ファム・ファタールはリサ・ジョイ監督のドラマ『ウエストワールド』のエピソードにも出てくる、人を翻弄し、矛盾と秘密に満ちている存在だが、男を破滅させるだけの一筋縄な人物というわけでもない。そして、そのファム・ファタールの目的とは?何を考えていたのか?と思考を巡らせながら、その真相を追い求める過程が、本作の最大の魅力と言っていい。途中の「えっ!?」と驚くとある「仕掛け」も、良い意味で翻弄させてくれるだろう。

 余談だが、本作が影響を受けた映画にはアルフレッド・ヒッチコック監督の『めまい』(58)がある。どちらも「美女の幻想に囚われる」物語であり、「そうすることでしか生きられない」人間の哀しい性(さが)を追った作品であることもわかるだろう。

 そんな決して褒められたような人物でない主人公を演じるのがヒュー・ジャックマンというのは、間違いなくベストなキャスティングだ。アメコミ映画のヒーロー「ウルヴァリン」役が特に有名なスター俳優であるが、意外にもダメ人間や悪役も多く演じてきているのである。

 例えば『リアル・スティール』(11)ではダメダメな親父であったし、『チャッピー』(15)では腕力で相手をねじ伏せる悪役を、『バッド・エデュケーション』(19)は横領に手を染める情けなくも哀しい役を演じており、それらにも見事にハマっていたのだ。

 中でも注目は『PAN ネバーランド、夢のはじまり』(15)だろう。こちらもヒュー・ジャックマンが演じるのは悪役だったが、まるで「殺されることを願っている」ような、矛盾を抱えたキャラクターになっていた。善人で優しそうに見えるルックスがあってこそ、ダメだったり悪どいことをするギャップが際立っていて、それでもなお「魅力のある人物」であるがゆえに強烈なインパクトがあり、ほんのわずかな表情の変化で複雑な心境を伝えられる、ヒュー・ジャックマンはそんな俳優でもあるのだ。

 そして、ヒュー・ジャックマンが筋肉隆々のセクシーな人物であり、その「笑顔」がどこか憂いを帯びていて「味方になってあげたくなる」ことも事実。『レミニセンス』の劇中でどれだけダメダメで、美女に入れ込んでいたとしても、ちゃんと応援したくなる、感情移入できる主人公になっていたのは、間違いなくヒュー・ジャックマンの存在感と演技力の賜物。今回は、その肉体を十二分に活用した格闘シーンにも注目してほしい。

コロナ禍でこそ響く世界観

 本作のさらなる魅力になっているのは、「水没しかけている街」という世界観だ。イタリアの水の都ヴェネツィアをどこか思わせ、その終末感漂う光景は退廃的かつ美しい。さらに海面上にある線路を列車が進んでいくという画もあり、それは宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』(01)にはっきりオマージュを捧げているのだという。

 このディストピア的な世界観は、前述した「想い人への執着」とも不可分な要素でもある。水没しかけ終わりを迎えようとしている世界で、誰もが未来への希望が持てないでいるからこそ、過去の記憶を追体験する商売が成り立っている。いわば全人類が「過去に耽溺するしかない」絶望的な状況に陥っており、主人公が美女と好き合うことができた過去の希望に執着するのもやむを得ないと、より感覚的に理解できるのだ。

 この世界観は、コロナ禍で先の見通しが立たない現実ともリンクしている。「以前のようにはできないこと」があまりに多い今では、「昔は良かった」と過去ばかりに思いを馳せてしまうこと、それこそ想い人と愛し合うことだけを希望にしてしまうというのは、誰にとっても他人事ではない。だが、『レミニセンス』の劇中では、そんな絶望的な世界での(それが幻想であろうとも)希望を提示している。それは主人公と美女が話し合う「幸福な物語」についての対話から、はっきりと伝わることだろう。

『レミニセンス』

9月17日(金)全国ロードショー

■出演:ヒュー・ジャックマン(『グレイテスト・ショーマン』『ローガン』『レ・ミゼラブル』)、レベッカ・ファーガソン( 『グレイテスト・ショーマン』『 『ミッション・インポッシブル』シリーズ)、タンディ・ニュートン(「ウエストワールド」)、ダニエル・ウー(『トゥームレイダー ファースト・ミッション』)

■製作:ジョナサン・ノーラン(『メメント』原案、『インターステラー 』脚本)、リサ・ジョイ

■監督:リサ・ジョイ(HBOドラマ「ウエストワールド」プロデューサー)

■原題:REMINISCENCE

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2021/9/18 13:00

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