小山田圭吾が“いじめ釈明”で語った 、“ワルに見せたかったお坊ちゃん”の軽率

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 雑誌『ROCKIN'ON JAPAN』(1994年1月)と『クイックジャパン』(1995年8月)で、過去に障害者をいじめたと告白していたことで批判を受け、東京五輪開会式直前にプロジェクトチームの作曲担当を辞任した小山田圭吾(52)。9月16日発売の『週刊文春』で、ノンフィクション作家・中原一歩氏の取材に応じています。

◆「自分のイメージを変えたかった」タイミング

 謝罪とともに当時の発言の釈明を行いたいと述べた小山田氏。“障害者を全裸にしてぐるぐる巻きにしたうえで自慰行為をさせた”とか“排泄物を食べさせた”などのいじめ行為について、身の回りで起きていたことをあたかも自分がしたかのように面白おかしく話してしまった、というのです。

 そんな話をしたところで何の得にもならなそうですが、一体なぜそんなことをしてしまったのでしょうか? 小山田氏はこう説明します。

自分についていたイメージを変えたい気持ちがあった。そこで敢えてきわどいことや、露悪的なことを喋ってしまいました
当時、アイドル的というか、軽くポップな見られ方をしていました。きわめて浅はかなのですが、それをもっとアンダーグラウンドの方にキャラクターを変えたいと思ったのです」(週刊文春 9月16日発売号より)

 フリッパーズ・ギターを解散して、1994年にソロ活動を始めるにあたり、それまでのさわやかさとは真逆の雰囲気を出したいがために、いわば、箔付けとして障害者への虐待をネタにしたというのですね(また、9月17日には、コーネリアスの公式サイトで小山田氏自身が、同様の経緯説明と謝罪を長文で掲載しました)。

◆「話を盛ってしまった」にも疑問が続出

 この告白に、ネット上では疑問の声が噴出しています。“自分がしたことではないと、どうやって証明するのか”とか、“そもそも障害者をいじめた話で場を盛り上げようとすること自体がおかしい”といったコメントが相次ぎました。

 そこで、当時の学校生活を知る同級生たちを取材した『週刊女性PRIME』(2021年7月22日)を読むと、小山田氏の告白に近い内容が記されていました。「障がいのあるクラスメートに対して“気持ち悪い”とか言ってからかっているのを見たことがあります」というコメントの一方で、虐待に近い行為の現場を見たことがないという証言もあり、「ウケ狙いで話を盛ったのではないか」という意見がほとんどだったと、記事はまとめています。

 もちろん直接手を下したことではなかったとしても、決して擁護すべき話ではありません。そこは前提として押さえておきたいところです。

  しかし、百歩譲って、「イメージを変えたかった」という言葉を信じるとすれば、あながち全部ウソではないようにも感じるのです。なぜなら、ミュージシャンの武勇伝やクズエピソードは、昔からの伝統芸だったから。

◆「才能があるヤツほど私生活はクズ」という論法

 悪趣味といえば、ヘヴィメタルの帝王ことオジー・オズボーン(*1)。ステージ上で生きた鳩やコウモリを食いちぎったり、ときには蟻を鼻から吸い込んだりと、やりたい放題でした。

 そして、含蓄のある曲を書くソングライターは、だいたいイヤな奴。ルー・リード(*2)は、皮肉と嫌味を連発するインタビュアー泣かせで有名。DVや人種差別発言の噂もあり、伝記の著者は彼を「モンスターだが、偉大なアーティスト」と評しています。
 同じような例は、ラッパーのカニエ・ウェストにも当てはまるでしょう。あのオバマ元大統領が、「とんでもない大バカ野郎だが、その才能は認めざるを得ない」とコメントしたこともあるほど。

 故・大滝詠一や山下達郎に絶大な影響を与えたフィル・スペクター(*3)は、女優を射殺した罪で禁固刑に処されたすえ、獄中死しました。スタジオでジョン・レノンに向けて発砲したなど、とんでもないエピソードには事欠ない人物です。

 こんな具合で、才能があるヤツほどプライベートはクズという論法を、ロックエンターテインメントの世界では常套手段として用いてきた歴史があるのですね。それを踏まえたうえで、「イメージを変えたかった」という発言を、改めて考えてみたいと思います。

*1 『ブラック・サバス』を結成し、ソロ歌手としても大成功を収める
*2 アメリカのロック歌手。パンクバンド『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』のオリジナルメンバー。1942-2013
*3 アメリカの音楽プロデューサー。多くの楽器を一斉に演奏することによって生む“音の壁”と呼ばれる独特のサウンドで知られる。1939-2021

◆裕福でオシャレなお坊ちゃん
 
 まずは、そこまでして小山田圭吾がかなぐり捨てたかった“イメージ”とは何なのかを見ていきましょう。
 親族に著名な芸能人を多く持ち、経済的にも文化的にも恵まれていた少年時代。青年期を迎え、小沢健二とフリッパーズ・ギターを結成。こちらも、世界的な指揮者、小澤征爾を叔父に持つセレブでした。

 2人の若き“上流”は、最先端からヴィンテージに至るまで、様々な洋楽を洗練された手法でコラージュしてみせました。「恋とマシンガン」や「Groove Tube」などの代表曲は、まばゆい光を放ち、”文化の中心地たる東京”のイメージに、多大な貢献をもたらしたと言えるでしょう。

https://youtu.be/bJxajh5XOgE

 その影響は音楽にとどまりませんでした。ファッションリーダーとしても注目を浴び、ファッション誌やメンズコスメのCMに出演するなどして、当時の若者たちにとって、カリスマ的存在にもなりました。

 問題となった雑誌『クイック・ジャパン』(1995年8月)の「いじめ紀行」のリード文にも、<小山田圭吾といえば、数年前にアニエスb.を着て日本一裕福そうなポップスを演っていた、あのグループの一員だ。>と書かれていたほど。

◆鬼畜エピソードでbadassに見せたかった?

 そう考えると、お洒落でセンスのいいポップアイコンだった小山田氏が、「Cornelius(コーネリアス)」としてソロ活動を始めるタイミングでイメチェンを必要としたのは、必然だったのかもしれません。

 裕福なお坊ちゃんのままでは、ミュージシャンとして格好がつかない。英語で才能ある人を、badass(スゲーやつ)と呼ぶことがありますが、露悪的な発言をしてしまった小山田氏にも、そうした“ワル”への憧れみたいなものがあったのではないかと感じるのですね。

https://youtu.be/C4EddUE80m0

 テクノからエレクトロ、さらにはヘヴィメタルまで飲み込むサウンドクリエイターとしての鬼才ぶりにふさわしい言動として、鬼畜エピソードを選んでしまった可能性。つまり、“いい人”では尊敬されないという焦りが生んだ過ちだったとすれば、一応うなずける話ではあるのです。

◆だからといって擁護はできないが…

 もちろん、不愉快極まりない“いじめ告白”は真偽に関わらず受け入れられるものではありません。ですが、表現者としての強度を求めて、むごたらしい悪趣味にも耐性があると示したくなる気持ちは、そんなに珍しいものでもありません。きっと文化系のタフガイになりたかったのでしょう。
 それが常識人たる心細さの裏返しだと思うと、実は他人事ではないと感じるのです。

<文/音楽批評・石黒隆之> 


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  • 9/18 15:52
  • 日刊SPA!

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