「なんでできないの!」会議室に響くヒステリックな声。”使えない部下”ばかりを持った女の誤算とは

キャリアが欲しい。名声を得たい。今よりもっとレベルアップしたい。

尽きることのない欲望は、競争の激しい外資系企業のオンナたちに必要不可欠なもの。

しかし、ひとつ扱いを間違えると身を滅ぼしかねないのも、また欲望の持つ一面なのだ。

貪欲に高みを目指す、ハイスペックな外資系オンナたち。

その強さと、身を灼くほどの上昇志向を、あなたは今日目撃する──

▶前回:「理想的なワーキングマザーのワタシ」に向けて足掻く外資系女子の日々

File7. 千尋(27)外資系メディア営業職 外資系で出世するための方程式を得た女


「正式提案用の資料もできたし、あとは決裁権限を持つ本部長と個別に話せば9月末には案件クローズできるわ。多少値引きはあっても1億は堅いわね。

それにしてもまったく使えない部下ばかり…。こんな案件、いざとなれば私1人でさっさとクローズできるのに」

港区に日本支社がある外資系メディア企業のオフィス。

セールスエグゼクティブの管理職である千尋は、デスクでPCを前にこう呟いては、思うように動かない部下への苛立ちを募らせていた。



外資・日系問わず、旧態依然とした文化の残るメディア業界。この業界のセールス職は完全な男社会であり、女が生き残っていくのは至難の業だ。

それでも、生来負けず嫌いな千尋は、この世界で勝ち抜いていこうと心に決めていた。

― では、この会社での出世のルールは何?

周りをよく観察して導き出した答えはこうだった。

出世するには数字を必ず達成し続けることが絶対条件。

そして、数字を達成するためには、得意先と太いパイプを持つ上司の力を存分に使うこと。

地道な営業も大事だけど、数字として結果が出るのは後になるから、早く出世するなら周りを使うのが一番 ──


勝つための戦略を導き出した千尋は、顧客と太いパイプを持つ上役のお気に入りになることを最優先にした。

そして、新人時代から社内政治に精を出した結果、上役の中でもとりわけ多くのクライアントを持つ部長・岩井のお気に入りとなったのだ。

「私が持つクライアントでも特に重要なA社を紹介するよ。千尋さんには、偉くなってもらうためにもっと色んな仕事をしてもらおうと考えているんだ」

岩井からの期待を一身に受けた千尋は、紹介してもらった案件で着実に売上を上げ、1年目から頭角を現すようになる。

そしてついに今年、同期の誰よりも早く管理職であるマネージャーに昇進を果たしたのだ。

出世して偉くなりたい―そう願う千尋に待ち受けることは…

マネージャーに昇進し、順調にキャリアを築くかに見えた千尋だったが…

昇進後の日々は想像に反して、困難の連続だった。

管理職として1チームを任されることになったものの、千尋がリーダーとなって以来、チーム売上が徐々に下がりはじめてしまったのだ。

「ちょっとこれ!この案件クローズ日とっくに過ぎているじゃない!」

「この領域のセールス、既存ばかりで新規に開拓できていないんじゃないの?」

週次の進捗会議でも、苛立つ千尋の声がよく会議室で上がるようになっていた。

ハラスメントに厳しい世の中なので罵声は上げてはいけないと気を付けているものの、だからこそぶつけようのない怒りがこみ上げる。

メンバーの顔を見ても覇気がなく、「何をしていいかわからない」と今にも口に出しそうな面々ばかりだ。

しまいには、メンバーがクローズしきれない案件に千尋自身が奔走し、余計にマネジメント時間がなくなるという悪循環。

チームの雰囲気も最悪で、退職者が出始めてもおかしくない状況になってしまっていた。


そんな時、千尋の上長だった岩井が異動となり、営業本部長の座には業界内から転職した人物が就任することになった。

新しく営業本部長に就任したのは、安川という男。

エンタメ業界でも最大手のセールスエグゼクティブで実績を上げ、直前は他社で経営戦略室長をしていたという。

就任早々に個別に面談した千尋は、チームの売上情報や状況などについて安川にこう伝えた。

「私のチームですが、昨年の同時期と比べると10%程度の売上減となる見込みです。

原因の1つとしては、メンバーのセールススキル不足が挙げられます。既存クライアントにおいても、うちのメンバーが他の提案もしない、提案する情報量が足りないなどがあり、なかなか拡大できていない状況です。……」

説明を一通り聞いた安川は、こう千尋に伝えた。

「現状は理解したよ。お願いがあるんだが、一度君のチームの会議に参加させてもらえないかな」

「は、はい…承知いたしました!」

― 面倒くさいな。何、文句言われるのかしら…

内心そう思ったが、安川に悟られないよう、千尋はできる限りの笑顔で返事をしたのだった。



「皆さんにご紹介します。この度、営業本部長としてご入社された安川さんです」

千尋はチーム会議で、メンバーに安川の紹介をした。

安川は簡単に挨拶を済ませると、すぐに後ろの席に座り会議の様子を観察しはじめる。

「では早速ですが、進捗と訪問予定の報告をお願いします」

メンバーは次々に報告するが、クローズ日に近づいても提案が途中の案件や、継続を断られたクライアントなどのトラブルが、今週もとめどなく出てくるのだった。

「これ、クローズに向けてのプランはどうなっているんですか?」

苛立った千尋が投げかけた問いに、メンバーが答えられないでいた、その時。

後ろで会議の様子を見ていた安川がおもむろに手をあげたかと思うと、穏やかな表情を浮かべてメンバーにこう言った。

「千尋さんの言う通りクローズプランが重要だ。ところで、僕に君の考えるクローズプランを教えてくれるかな?」

「……」

答えられないメンバーに対して、安川は微笑みを保ったままゆっくりと伝える。

「あぁ、いきなり来たのに申し訳ないね。僕はこの会社に入って間もないから、皆のやり方を理解したいだけなんだよ。

クローズプランだけど、例えば次の訪問時に何を提示して、最終決定者には何を話したいなどあるだろう。その上で困っていることは何か、一度君の考えを僕に教えてもらえるかな?」

責められているわけではないと理解したメンバーは、落ち着きを取り戻しながら言った。

「最終決定者は担当役員ですが、このクライアントでは事実上は部長を通せばWinできます。ただ、この部長が納得する資料作りにとても苦労しています。希少な作品の資料や、放映した場合の売上予測なども求められておりまして……」

メンバーの報告を最後まで聞き、安川はこうアドバイスした。

「なるほど。作品の提供効果含めて、資料の準備に困っているんだね。資料は管理部に聞いてみたかな?社内になければ外部から購入すればいい。承認するから私に申請を上げてくれ。

提供効果は、フォーマットは他社提案のものを使い、規模は類似の提案金額の案件から暫定で算出したものをクライアントに出してフィードバックをもらうのはどうだろう」

安川とメンバーの会話は、まるでお茶を楽しむ時間のように丁寧で平穏だ。

そして、安川のアドバイスを聞いたメンバーの表情は、「視界が開けた」と言わんばかりにイキイキと明るくなっていく。

それを見た千尋は、何とも言えない居心地の悪さを感じるのだった。

千尋の本当の味方は誰なのか?

安川が告げた思いもよらぬ事実


「千尋さん、ちょっといいかな」

会議終了後、千尋は安川に呼び止められた。

― きっと、部下指導が足りていないとか言われるんだろうな…

気まずさを抱えながら席に座り直した千尋だったが、安川が切り出したのは、思いがけない話だった。

「君は、岩井さんが異動になった理由は知っているかな?」

なぜ安川がそんなことを聞くのか、わからない。答えられないでいる千尋に、安川は続けた。

「更迭されたんだよ。彼は部下に売上をつけて、その中の誰かを本部長に据えて、自分はてっとり早く役員に上がろうとした。

しかし、彼の部下だった人間は誰1人マネジメントスキルがついておらず、トラブルが目立つと言われているんだ」

「……」

安川が言う「彼の部下」には、もちろん千尋も含まれているのだろう。

「岩井さんは営業としては優秀だったかもしれないが、部下のマネジメントが育成もできなかったという点を見れば、管理職として失格だったと言わざるを得ない。

そして、追い打ちをかけるように、彼の部下だった人間が重要クライアントで取引ミスを発生させた。それで責任を取ることになったんだ」

― 私をマネージャーに上げてくれた岩井さんが…

戸惑う千尋を前に、安川はなおも続ける。

「数字をつけてくれる上司というのは、一見とてもいい人に見える。でもそれは、部下のことを思っての行動ではない。

その行動の裏にあるのは、部下を早く出世させて自分がさらに上に行きたいとか、下を育てている自分を評価されたいとか…。いずれにせよ、功名心だけだ」

安川の話を聞き進めるうちに、心臓が音をドクドクと激しい音を立てるのが自分でも分かった。

― 岩井さんは、私のことを思いやってくれていたのではなかったの…?


「もちろん、君がこんなに早く昇進できたのは、売上目標を達成したからだよ。でも、今の君は自分で数字を達成すればいいだけの立場ではない。周りを動かすことで、チームの効果を最大にしないとならない。

君はおそらく、マネジメントスキルが全く身に着いていなかったのだろう。だから、さっき私が君のメンバーにしたようなアドバイスすら出てこなかった。…違うかな?」

安川からのまっとうな指摘に、返す言葉も浮かばない。

部下を持つ身となったいま、千尋に求められていることは、「誰かから与えられる」立場を卒業し、自分の経験や知識を「与える」側になることなのだった。

しかし…。

社内の昇進ゲームには勝ったものの、周りから与えられたもので今まで過ごしてきた千尋には、「与えられるもの」は何もない。

それを安川は見抜いていたのだろう。

気まずい沈黙が、ふたりの間に横たわる。

「早く出世したんだからこそ、これからはちゃんと『人に与える』ことを心がけてほしい。千尋さんならきっとできるはずだよ」

安川はそう告げると、千尋を1人残して去っていくのだった。



会議室に残された千尋は、1人考えていた。

― メンバーの皆が何に苦労して、私は何をしてあげられるのか…今までちゃんと考えたことあったかしら…

思い直した千尋は、ふとPCを開く。そして、メンバーの報告資料を1つずつ丁寧に読み直し、気になる点を書き出していった。

そして書き出していくうちに、報告資料1つをとってもそれぞれにメンバーの課題と個性があることに気づく。

解決策の記載が不十分な報告資料を書くメンバーは、自身が進め方に悩んで考えを詰められていないのだろうと推察できた。それに対しては、千尋が進め方の具体例や考える上でのヒントを提示すればよかったのだろう。

また別の報告資料では、クライアントへの訪問スケジュールを詰め込みすぎているものもあった。おそらく千尋が「早く案件クローズして!」と詰めたから、焦って訪問アポを取ったのにちがいない。

しかし、こんなにスケジュールを詰めていてはクライアントを満足させられる準備をする時間が十分に確保できていないことは容易に想像できる。このメンバーには、むしろ訪問スケジュールを緩やかにして準備に時間を割くようにアドバイスすべきだったのだ。

チームの皆に真摯に向き合っていれば、自分の経験からすぐに気が付いたはずのことばかりだった。

部下を責めるばかりで何もしていなかったことに気が付いた千尋の胸に、後悔がどっと押し寄せる。

― 今まで何をしていたんだろう…。

千尋は不安で一杯だった。

しかし、安川の言葉を思い出す。

「早く出世したんだからこそ、これからはちゃんと『人に与える』ことを心がけてほしい。千尋さんならきっとできるはずだよ」

― そうよ!せっかく安川さんに気付かせてもらえたのだから、今からでも自分にできることをやっていこう。周りに与えられる人間になろう。私、今からでも信頼は取り戻せるよね…!

決心した千尋は、暗くなったPCの画面に映り込んだ自分の顔と、じっと向かい合う。

そして、もう一度スクリーンを明るくすると、皆の報告資料に対するドバイスをしたためるべく、1人1人にメールを書き始めるのだった。



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