木村君は作品に取り組む姿勢が変わらず、いつも全力投球と『マスカレード・ナイト』鈴木雅之監督が語る
<作品概要>
“全てを疑う”潜入捜査官としてホテルのフロントに立つ刑事と“お客様を信じる”ことで最上の時間の提供を心掛けるホテルマンという相容れない2人がバディを組み、事件を未然に防ぐために奔走する。
原作は数々の傑作ミステリーを世に送り出してきたベストセラー作家、東野圭吾が描く「マスカレード」シリーズ第2弾。第一作である『マスカレード・ホテル』は2019年に実写映画化され、興行収入46.4億円の大ヒットを記録した。
破天荒な刑事・新田浩介を演じるのは木村拓哉。東野が「新田は木村を“あてがき”した」と語っているほどのはまり役である。
新田の相棒となる真面目過ぎるホテルマン・山岸尚美を演じるのは長澤まさみ。『コンフィデンスマンJP』シリーズ、映画『MOTHER』、ミュージカル『フリムンシスターズ』とコメディからシリアスな役まで演じ分け、第44回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞も受賞した実力派女優。
メガホンを取ったのは前作に引き続き、鈴木雅之監督。ドラマ「ロングバケーション」、「HERO」シリーズで木村拓哉と組んでいる。
<あらすじ>
ある日、警察に届いた匿名の密告状。それは、数日前に都内マンションの一室で起きた不可解な殺人事件の犯人が、12月31日にホテル・コルテシア東京で開催される年越しカウントダウン・パーティー、通称「マスカレード・ナイト」に現れる、というものだった。大晦日当日、捜査本部に呼び出された警視庁捜査一課の破天荒な刑事・新田浩介(木村拓哉)は、かつての事件同様、潜入捜査のためホテルのフロントクラークとして働くハメに。優秀だがいささか真面目過ぎるホテルマン・山岸尚美(長澤まさみ)と事件解決にあたるが、パーティーへの参加者は500名、全員仮装し、その素顔を仮面で隠している。次から次へと正体不明の怪しい人間がホテルを訪れる状況に、二人はわずかな手がかりすら掴めずにいた...。刻一刻と迫り来るタイムリミット。増え続ける容疑者。犯人の狙いは?密告者とは?残されたわずかな時間で、新田と山岸は顔も姿もわからない殺人犯の「仮面」に隠された「真実」に辿り着くことができるのか?
山岸がホテルマンとして一歩成長する姿を描く
――前作『マスカレード・ホテル』は興行収入46億円を超えるヒット作でした。本作も多くの方が楽しみにしています。続編を作るのはプレッシャーが大きかったのではありませんか。
基本的にはシリーズですが、これはこれで単体の作品という気持ちがあります。しかも役者にいいメンバーが揃っているので、前作に関係なくプレッシャーというか、気負いはありましたね。ただ気心が知れた役者さんばかりですので、現場は和気あいあいとしていて楽しかったですよ。
――原作では数日間のこととして描かれていますが、映画では大晦日に凝縮させています。元々綿密に計算された原作ですから、1日にまとめるのはかなり大変だったのではないでしょうか。
かなり苦労しましたね。コロナの自粛期間に週1回くらい集まって、ひとつひとつの出来事をパズルのように組み合わせて再構築していきました。細かな修正を重ねたので、50稿は超えたんじゃないかな。妥協はせずに、じっくりと取り組みました。

(C)2021東野圭吾/集英社・映画「マスカレード・ナイト」製作委員会
――原作のどんなところを大事にされましたか。
解決の糸口は原作の要素を使っています。
また、マスカレードには仮面舞踏会という意味があり、それをタイトルに入れているのはホテルという空間をマスカレードな世界にしようという全体像の意図があります。いろんな思惑の人が蠢いているホテルを舞台にした作品にはぴったりなタイトルですよね。マスカレードシリーズとしてはこの世界観を大事にしていこうと思いました。
一方で、原作では山岸に深く触れていませんが、この作品では山岸に焦点を当てました。具体的には前作は新田という刑事がホテルから何かを学んでいきましたが、本作は山岸がホテルマンとして一歩成長する姿を描いています。彼女がどういう風に変わっていくのか、注目していただければと思います。
――山岸はお客様のさまざまな要望に応えるべく奔走しますが、その対応が前作よりもビジュアル的に楽しめるものが多かった気がしました。そういったエピソードを意識して脚本に取り入れていたのでしょうか。
特に意識はしていませんでしたが、冒頭のクレーム対応は作業としても結構、苦労しましたね。あのシーンのために最後までいろいろやっていましたから、どんな風に要望に応えたのか、しっかりご覧いただけるとうれしいです。
ミステリーにシフトし、サスペンス性をもう少し強く
――前作とあえて異なるよう意識して演出された点はありますか。
謎めいた音楽を流したりして、前作よりもサスペンスの度合いを強めました。前作はいろんな人がやってきてはいなくなり、やってきてはいなくなりの繰り返しでしたが、今回はやってくる、やってくる、やってくる。そうするといろんな怪しい人がホテルの中にずっといるわけです。そのメンバーで誰が怪しいのか。これって海外のミステリー小説に似ていますよね。その世界観を出せたらと思って演出していました。
――音楽を突然切って、別のシーンに切り替わることで緊張感をもたらしているように感じましたが、そういったところでしょうか。
後半に関していうと、誰かに引っ張られて罪を犯しているように見えている人間が本当は狂気を持っていることを出したかった。そこで、マスカレード・ナイトのダンスをベースに物語を動かしつつ、そちらシーンのときはすとんと音をなくして、ダンス音楽との対比を強調しました。

(C)2021東野圭吾/集英社・映画「マスカレード・ナイト」製作委員会
――監督の作品は音楽とシーンの切り替わりのシークエンスが絶妙ですね。音楽の佐藤直紀さんにはどのように劇伴を依頼したのでしょうか。
前作はリッチで優雅なホテルとぎすぎすしておどろおどろしい感じの警察というまったく違う世界がぶつかり合う話でしたから、この2つの世界観を切り分ける方向性で劇伴を依頼しました。
今回はミステリーにシフトして、もう少しサスペンス性が強く、ホテルの優雅さ、ヨーロッパ調の豪華な世界観をベースにしつつ、得体のしれない怪しさを探って作ってもらいました。
――その音楽を今回はどのようなセオリーで使いましたか。
メインテーマになっている曲はホテルのゴージャス感を表現していますが、これをどこで使うかをいちばん考えましたね。今回はある犯罪の肝のときに使ってみました。どんな感じになっているか、耳を澄ませて聴いてください。
この作品では音楽の使い方が変化していきます。まず、警察は危険な雰囲気を醸し出す音楽、ホテルは優雅な音楽。話が進むにつれて音楽が耳に馴染んできたら、相反する2つが混ざり合っていきます。その辺りも面白がっていただけるといいなと思っています。
いろいろな人が同時に何かをしているパズルのようなサスペンス
――ホテル・コルテシアのゴージャスなロビーには今回もたくさんの人が集っていました。山岸のコンシェルジュデスクができたことで、フロントとコンシェルジュデスクで同時に怪しい宿泊客の対応をしているのが映し出されます。ホテルなら当たり前の光景ですが、監督はお一人です。撮影はどうされたのでしょうか。
ホテルにはいろんな人間がいます。1日の話にしたことも影響していますが、これが行われているときにあれも行われている。さらに向こうでは別のことも行われている。ロビーにいる人を撮っていても、奥のフロントは見えているので終始何かやっていないといけない。そこで重要な芝居をしていたりもする。同じ時間帯に別の人間たちが何かをしていることをパズルのように組み合わせてあります。それを3つ4つ続けて撮っていかなくてはなりません。こっちのお芝居を見ていて、途中で移動してあっちのお芝居を撮る。でも最初のところのお芝居はまだ続いている。カメラ1台で多面的に撮っていくので、どう撮るかはちゃんと計画を立てて撮りました。今回はかなり頭を使いましたね。
また、ロビーでなくても登場人物の多くが揃っているときにはみんながそれぞれ何かをやっています。例えば、バックヤードのあっちとこっちでやっている警察の事情聴取のシーンがそう。それを同じ画の中で撮っています。
今回はパズルのようなサスペンスです。目を凝らして見てもらうと、メインじゃないところで行われている何かに気がついていただけるかもしれません。
――それは脚本の段階で計画されたのでしょうか。
撮ることを考えながら脚本を作ると解れてしまうので、その段階ではカメラワークについてまで考えていませんが、いろんなことがクロスオーバーしていくんだということは念頭に置いていました。
例えばある登場人物がどこにいるのか。部屋から出たなら、どこに向かっていったのか。そのとき、別のこの人はどこで何をやっているのかということを綿密に作っていきました。ホテルという1つの狭い空間で行われていることなので、齟齬が生じないようかなり気を遣いました。
木村拓哉には生まれ持っている座長感みたいなものがある
――主演は前作から引き続き、木村拓哉さんです。新田という役についてはすでに出来上がっていたかと思いますが、今回、木村さんからこんなことをやってみたいといった提案はありましたか。
髪型ですね。今回、アルゼンチンタンゴにチャレンジしてもらったのですが、ホテルマンとして潜入する前のシーンなので、前作とは違う、踊りに映えるような髪形を提案してくれました。他にもいくつか提案してくれましたが、基本的には僕とそんなに考え方がずれていないので、今となってはどれが彼からの提案だったのか、よくわからなくなってしまいました(笑)。
――私はダンスに関して素人ですが、木村さんが踊っているのを見て、練習を真剣に取り組んでいらしたことはしっかり伝わってきました。
アルゼンチンタンゴは彼がこれまで踊ってきたものとは違う体の使い方をするダンスだったので、初日はうまくできない自分が悔しいという思いがすごくあったのでしょうね、あまり機嫌がよくなかったんです。とはいえ、覚えは早かったですね。中村アンちゃんもきれいに踊ってくれましたが、彼女は20日間くらい特訓したんですよ。木村君はその半分くらい。しかも木村君は後半にもう一回踊るのですが、そのときは受け側のダンス。つまりリードする側と受け側の両方を覚えないといけなかったのです。あれは木村君でなかったらできなかったでしょう。映画の構成上、ダンスシーンは何カットも使っています。

(C)2021東野圭吾/集英社・映画「マスカレード・ナイト」製作委員会
――予告編の最後に出てくる場面ですが、新田は山岸から絶対にお客様の部屋に入らないよう釘を刺されたにも関わらず、いざ、お客様が部屋のドアを開けると「ちょっとよろしいでしょうか」と入ってしまいます。あのときの木村さんのちょっとお茶目な雰囲気はふっと笑えて、サスペンス感が続く中で心が和みました。このシーンはどのように演出されたのでしょうか。
木村君とはこれまで、コメディタッチな部分も含む作品が多かったのですが、マスカレードシリーズでは笑いを取ろうとせず、コミカルな部分はあくまでもさり気なく、日常のちょっとしたことでふっと笑うといった見せ方をしています。木村君もそういう風にやってくれました。
生きているとリアルにもコミカルな部分がある。作品の中にそういった部分がまったくないというのも変ですし、日常にあるちょっとした笑いが入ることでリアリティが生まれます。そういうものを少し入れるだけにして、コメディは狙っていかない。これがマスカレードシリーズ通しての演出のポイントの1つです。
――木村さんの座長ぶりで何か印象に残っていることはありますか。
木村君はいちばん初めに現場に入ってくるし、脚本を持たない。「もういるの、木村君」なんてこともありました。現場がカリカリするわけではないですが、緊張感は維持されます。若い役者さんたちが締まりますね。しかも彼は基本的に現場にいて、楽屋に戻らない。生まれ持っている座長感みたいなものがありますね。