彼と何回夜をともにしても「好き」と言ってもらえない。脱・遊び相手を決意した女はついに…
目まぐるしい東京ライフ。
さまざまな経験を積み重ねるうちに、男も女も、頭で考えすぎるクセがついてしまう。
そしていつのまにか、恋する姿勢までもが”こじれて”しまうのだ。
相手の気持ち。自分の気持ち。すべてを難しく考えてしまう、”こじらせたふたり”が恋に落ちたとしたら…?
これは、面倒くさいけれどどこか憎めない、こじらせ男女の物語である。
◆これまでのあらすじ
ショーンと志保は酔った勢いで、体の関係を持ってしまう。ショーンは、ただ志保との距離を縮めたかっただけだったので、後悔するのだが…。
▶前回:緊急事態宣言を逆手に取って「今夜うちで飲まない?」と女子を誘ったら…。男が後悔した理由とは
志保:「ショーンはやっぱり…」
部屋にコーヒーのいい匂いが立ち込める。寝ぼけ眼で、キッチンに立つショーンを眺めた。
「起きた?はい、どうぞ」
私に気が付いたショーンは、マグカップを差し出す。
知らない間にシャワーを浴びたのだろう、湿った髪の毛が妙に色っぽくて、ついついその姿に見惚れてしまう。
「ありがとう」
けれど、その美しさに目を奪われるにつれ、気持ちにセーブがかかる。これ以上、彼に惹かれてしまっては危険だ、と。
私も32歳。もうすぐ、33歳になる。
付き合うまでの順序だとか、体だけの関係はありえないとか、この期に及んで、そんな品行方正を主張するつもりはない。
だけど、ショーンは色々と慣れている。きっと遊んでいるにきまっている。絶対にハマってしまってはいけないタイプの男なのだ。
…けれど、そんな思いとは裏腹に、一緒に飲むコーヒーがどうしようもなくおいしい。
そして、つい願ってしまった。
…このままオフィシャルな関係になれないかな、と。
2人で朝を迎えた、志保はある人に連絡をする…
◆
「あ、ショーちゃん、ごめん遅れちゃった」
「志保、最近遅刻多くない?」
ショーンはそう言って、私を小突く。
「ごめんごめん、でも仕事だったんだからしょうがないじゃん!」
私はそんなショーンに腕を絡め、歩く。
呼び方は、ショーンくんからショーちゃんへ、志保さんから志保へ。ショーンの敬語もはずれた。
私たちはときどき恵比寿か麻布十番でご飯を食べ、どちらかの家に行くようになった。
次の日、仕事が早いときは、ご飯だけで終わることもある。
どこかで知り合いにバッタリ会ったら、きっと恋人同士と間違われるだろう。私たちの距離は、どこからどう見ても恋人のそれだ。
結婚相談所に入会し、一度はショーンを忘れようと心に決めた。
…決めたのだけれど、あの夜。はじめて関係をもってしまった夜。つい、希望を持ってしまったのだ。
順番が前後してもいい。むしろ、いままで何度か食事をしただけの関係から、一気にお互い踏み込めたともいえる。この流れでオフィシャルな関係になりたい、と。
…けれど、肝心なことにはお互い触れていない。
こうして、好きな人とデートできる楽しさにかまけて、私は踏み込めずにいる。あと、もう少しだけ…と、勇気がいる行動は先延ばしにし続けている。
けれど、デートを重ねるごとに、距離が縮まる喜びと関係がハッキリしないことに対する不安が積み重なり、心境の複雑さは増すばかりだった。
しかし、その日あることに気が付いた。
「最近、コロラドに住んでいるいとこが結婚してさ…」
「コロラド?…そっか、ショーンくんはアメリカ人のハーフだもんね」
ショーンのお気に入りのイタリアンでパスタを食べながら、ショーンはスマホを見せてきた。
ウッディーなカウンター席ですぐ隣に座るショーンの横顔は、彫りの深さがよくわかる。
「これが送られてきた写真なんだけどさ…」
「見せて見せて」
そこに映っていたのは、綺麗なブロンドヘアの女性の方に手を回す、ショーンに少し似たガタイのよい男性。
そのアメリカンな画像を見て、ふと思ったのだ。
― 待って、ショーンはアメリカ人とのハーフ…。
アメリカには告白という文化がないと聞いたことがある。だから順番が前後ということが起こりえない。体の関係を含め、徐々に関係を構築していく中で、恋人という間柄になっていく、と。
― …ということは、もしかして…。
ショーンは嬉しそうに話をしてくれるのだが、このときばかりは頭に入ってこなかった。
ちょっとした隙をみて、すかさず私は美玲に連絡を入れた。
<志保:美玲、会って話したい!>
私とショーンが出会うきっかけとなった、美玲。彼女なら、ショーンがどういうふうに恋愛をはじめるのか、何か知っているかもしれない。
淡い期待を抱きながら、私は美玲からの連絡を待った。
美玲に相談する志保。…しかし、美玲の口から出てきた言葉は…
◆
「え~!?志保、いつのまにショーンくんとそんな関係になってたの?知らなかった!」
後日、美玲は驚いたり、喜んだりしながら、終始私の話を興味津々に聞いてくれた。
「でね、その~…」
けれど、自分で美玲を呼び出していて、いざ本題に触れようとすると少し恥ずかしくなった。客観的に見れば、いい歳をした大人が相談するような内容じゃない。まるで、中学生のような恋愛相談。
けれど、賢い女性は小気味よい。志保は、察したよといわんばかりにニヤリとほほ笑んだ。
「わかったよ。ショーンくんはアメリカ人とのハーフだから、日本の告白から付き合うっていう通常の流れをわかってない可能性があるか聞きたいのよね?」
彼女の察しの良さに安堵するも、彼女の口から出てきた言葉は私が望んだものではなかった。
「ショーンくんが何を考えているかは、もちろんわからないよ。だた彼は日本生まれの日本育ちで、インターに通ってたわけでもなければ、アメリカに住んだこともないらしい。なんなら、英語も少ししか話せないって」
「…え、そうなの?」
そういえば、彼の生い立ちを聞いたことがなかった。ぱっと見の華やかさから、海外経験が長くて、派手な交友関係なんだろうと勝手に思い込んでいた。
ふと、アニメばかりの本棚を思い出す。
― もしかして、私ショーンのこと全然知らないのかも。
「繰り返すけど、ショーンくんが何を考えているかはわからないよ。普通のデートもしてるんでしょ?別に関係をもっちゃったからって、全部終わりってわけでもないと思うよ」
「…でも、ショーンくん絶対モテるだろうし。私、そんな美人でもないし…」
気の許せる友人を前にすると、ついつい本音や弱音を吐いてしまう。
「あ~、また始まった。志保、こじらせすぎだって」
あははとカラッとした声で笑い飛ばす美玲を見ていると、少しは元気がでてくる。
「…そうだよね」
明るく元気な彼女と一緒に笑って過ごす時間は、最高だ。
…最高なのだけれど、やっぱり現実は残酷なわけで…。
彼女と別れひとりになると、密に抱いていた淡い期待が消え失せたという現実に辛くなった。
美玲の言う通りだ。ショーンが本当は何を考えているのか、私たちにはわからない。
だた、ショーンは日本生まれの日本育ち。アメリカナイズされた恋愛観を持ち合わせているわけじゃない。そんな彼と私は、体の関係を何度かもっている。けれど、関係に進展はない。
これが事実なのだ。
ここから推測できることは、…ショーンは私に本気じゃないってこと。
そういえば何日か前から、結婚相談所から催促のメールがきていたことを思い出した。入会して以来、ショーンのことが頭でいっぱいで何も活動していない。
― そろそろ、現実を見よう。
後ろ髪は引かれる。本当はもっとショーンと一緒にいたい。…でも、このままではドツボにハマってしまう。
…もう、彼と連絡をとることをやめよう。
私はそんな決意の印に、思い切ってショーンとの今までのやりとりを全て削除した。
そして、相談所から紹介された男性と会ってみることにしたのだ。
これが運命を変えるなんて、思いもしないままに。
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志保と連絡がとれなくなったショーン。ついにショーンが行動に…?