純烈・酒井一圭「僕はパフォーマーというよりはプロデューサー」仕事を生み出す人間力

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 僕らがムード歌謡コーラスグループ『純烈』を結成して、昨年で10年になりました。結成以来、僕が“リーダー”という立場で一番大事にしているのは、“食えるか、食えないか”ということ。やっぱり、それぞれの生活がかかっているので、経済的なことを一番に考えているんです。

 仕事を取ってくる……というか、「仕事を一生懸命にやれる場を作る」のがリーダーの役割。たとえ、僕の言っていることが理解できなくても、僕についてきてくれれば……そして、そこでメンバーがやりがいを持って頑張ってくれれば“ちゃんとメシが食える”というようにしたいんです。

 汗をかいて仕事をして、メシが食えるようになる。そして仕事を頑張ったことで、家族や兄弟、友人といった周囲の人たちに、何かをしてあげることができる。つまり、生活のうえでの選択肢が増える。それが人生の幸せであって、面白さだと思うんです。逆に、その充実感が分からないような人間は、『純烈』には、いりません。

 だから僕らは、人を喜ばせてナンボ。実力が足りなかったとしても、持っている力を100%出し切って、“これでダメだったら、しょうがない!”くらいの気持ちで一生懸命、仕事に取り組んでいますし、リーダーとして、グループにそんな場を呼び込んできたいと思っています。

 こんな感じなので、僕はパフォーマーというよりは、“プロデューサー”かもしれません。実際、肉体労働で歌ったり踊ったりしている業務は、だいたい3割くらい。あとの7割はプロデューサーとして、グループのために動いています。

■特撮モノの演者の拘束が厳しくなったのは、僕が自由に動きすぎたせい

 僕のプロデューサー気質は、『純烈』以前からあったんです。たとえば、特撮ドラマ『百獣戦隊ガオレンジャー』に出演していたときは、演者の枠を超えて、ホームページのリニューアルを提案したり、プロモーションの陣頭指揮を取ったり、グッズのネット販売を手がけたりしていました。結果、『ガオレンジャー』の人気はうなぎ上りになったんですが……その後、特撮モノの演者の拘束が厳しくなったのは、僕が自由に動きすぎたせいです(笑)。

『純烈』のリードボーカルの白川(裕二郎)もそう。役者時代、一緒にカラオケに行ったとき、彼はあの声で尾崎豊やTUBEを歌ったんですよ。それで、「おまえに似合わないよ。その声だったら、中条きよしや梅沢富美男あたりを渋く歌ったら、喜ぶ人いっぱいいるよ」ってアドバイスしたことがあって。それがグループ加入のきっかけにもなりました。

 おかげさまで『純烈』は成功できましたが、その一方で、僕は僕自身をプロデュースすることはできないんですよ。現に俳優時代、売れなかったじゃないですか(笑)。自分以外の「誰か」だったら、分かるんですよね。

 昨年、コロナ禍になって、僕らもライブがまったくできない状況になりました。でも、そんなときだから何か新しいことに挑戦しようと、模索して生まれたのが、『純烈』の主演映画『スーパー戦闘 純烈ジャー』です。

 これは、僕ら4人が戦隊ヒーローに変身して悪と戦う、特撮ヒーロー作品。僕も含め、メンバーの3人は特撮出身者で、その撮影現場で出会った連中です。いつかまた、ヒーローを演じる現場に戻れればいいなと『純烈』の活動を続けてきましたが、その思いがやっと形になりました。

 そして、これが新しい『純烈』の1ページです。これからの時代、どうやってお客様とつながっていけるのか。それを考えながら、『純烈』の新しいスタイルを、これからも継続していきたいですね。

酒井一圭(さかい・かずよし)
1975年大阪府生まれ。1985年、ドラマ『逆転あばれはっちゃく』で子役デビュー。2001年、特撮ドラマ『百獣戦隊ガオレンジャー』にガオブラック/牛込草太郎役で出演し、注目を集める。2010年、リーダーとして、ムード歌謡コーラスグループ『純烈』を立ち上げ。2017年、8枚目のシングル『愛でしばりたい』がオリコン演歌チャート初登場1位、総合チャート5位を獲得。2018年には『第69回NHK紅白歌合戦』に初出場し、以来、3年連続出場を果たす。今年7月2日より18日まで、東京・明治座で初の座長公演を行った。

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  • 9/10 17:00
  • 日刊大衆

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