元巨人名将の“温情”に覚悟を決めた!駒田徳広が93年FA移籍を動画回顧

拡大画像を見る

 元プロ野球選手・駒田徳広氏と言えば、1980年にドラフト2位で巨人に入団。プロ入り3年目の83年4月10日、対大洋ホエールズ戦において、日本プロ野球史上初となるプロ初打席での満塁ホームランを放ち、以後「満塁男」の異名を取ったスラッガーである。

 その駒田氏が、噂された首脳陣との確執などの理由から、横浜ベイスターズにFA移籍したのは、長嶋茂雄氏が監督に就任して1年目、93年シーズンオフのこと。当時、巨人の生え抜き選手が国内球団にFA移籍する例は無く、世間を大いに驚かせたものだ。

 巨人三本柱として活躍した、槙原寛己氏のYouTubeチャンネル〈ミスターパーフェクト槙原〉に、そんな駒田氏が出演。9月4日付け投稿回〈【恩師・藤田元監督】FAで悩む駒田に監督じゃないのに…感動秘話【第2話】〉を観ると、実は、92年まで巨人で監督を務めた故・藤田元司氏の“温情”と“はからい”が背景にある横浜移籍だったようだ。

 トレードは“ボツ”になる可能性もあり、その際には肩身の狭い思いで巨人に残留しなければならない。そのモチベーションの低下を懸念した藤田氏が「出るだけの勇気と根性はあるか?」と問うと、「覚悟してます!」と駒田氏は返答。すると藤田氏は駒田氏に球団を出るよう勧めた。さらに、どこかのチームから話があったのかどうかという話になると当時、横浜の監督を務めていた故・近藤昭仁氏の名前を出して横浜に行くように言い渡したというのだ。

 近藤氏は藤田監督のもと、巨人でコーチを務めていた経緯があった。藤田氏がどのように動いたかなどは知る由もないのかもしれず、動画では触れられていなかったが、藤田氏の何らかのはからいはあったように推察できる。

 去る9月4日、埼玉西武ライオンズの栗山巧が史上54人目の2000本安打を放って話題となったが、駒田氏は2000年、史上29人目の2000本安打達成者である。藤田氏の温情あっての、駒田氏の執念と恩返しが実らせた名球会入りだったかもしれない。示唆に富む見ごたえのある回だった。

(ユーチューブライター・所ひで)

関連リンク

  • 9/8 5:58
  • アサ芸プラス

スポンサーリンク

記事の無断転載を禁じます