新型コロナという未曾有の国難を菅首相にパスした安倍首相とアフガンを中国にパスしたアメリカ

 安倍晋三前首相も通った東京都武蔵野市にある小中高大一貫校の成蹊学園。ここでのスクールスカーストの最上位に位置するためには、ラクビー部に所属しているか否かだ、と言われている。

 実際、同校のラクビー部出身者で企業の幹部になった者は多い。代表格の大正製薬ホールディングスの上原明会長(成蹊小~高。大学は慶応)は中高時代、ラクビー部に所属していた。成蹊学園に限らず、ラクビー部出身者は実社会でも功成り名遂げる人が多い。TBSホールディングス社長の佐々木卓(たかし)氏が早稲田大学ラクビー部、日本製鉄会長の新藤孝生(こうせい)氏が一橋大学ラクビー部出身だ。

 ラクビーは組織で動くスポーツなので、組織力、上下関係を重んじる日本の企業の風土にぴったりマッチするようだ。しかし、大手銀行の人事部にいた元ラガーマンは「それは表向きの理由だ」という。

 「ラクビーは常にボールを後ろにパスして前に出続けなければならない。やっかいな問題を如何にうまく後から走ってくる奴、特に将来自分のライバルになりそうな奴にパスするか。これをできる奴だけが前を走り続け出世街道を邁進する。その芸当を学生時代に骨身に叩き込んだからラクビー部出身者は実社会に出ても強い」と、種明かしをする。

アフガンという名の時限爆弾付きラクビーボール

 世界史の覇権争いの中でアフガニスタン(アフガン)は、もっとも厄介なラクビーボールとなってしまった。

 今回20年に及ぶ戦いから実質的な敗北の”撤退“を余儀なくされた米国を始め、英国、ソ連とアフガンに手を突っ込んだ大国は例外なく、アフガンを支配下に置くことはできなかった。

 英国は19世紀から20世紀にかけて、第一次アフガン戦争(1838~1842年)から1919年の第三次まで3度に渡りアフガンと戦うが敗れ去った。旧ソ連もアフガンに社会主義政権の維持を図るべく1979年にアフガンに攻め込んだ。

 しかし、イスラム教徒の国に無神論者の社会主義者である旧ソ連が攻め込んだので、いつの間にか戦いは「ジハード(聖戦)」となり、ムジャヒディン(イスラム聖戦士)と名乗ったアフガン人の戦士とアラブ諸国からこの聖戦に加わった義勇兵にソ連は苦しめられ、89年には計一万人近くの戦死者を出し撤退を強いられた。このムジャヒディンに大量の武器と資金を提供したのが米国なのだから、今振り返ると歴史の皮肉でしかない。

 このアフガンというやっかいな、危険極まりないラクビーボールを米国は2001年9月11日の同時多発テロ後に引き継いだ。米国はテロの首謀者であるオサマ・ビンラディンの引き渡しを、当時アフガンを支配していたタリバン政権に求めたが拒否されたので攻め込んだ。首都カブールは瞬く間に陥落するが、敗れたタリバンの残党は国土の4分の3が山岳地帯である地の利を生かし、米国がベトナム戦争で経験させられたのと同様に長期にわたるゲリラ戦を展開。米軍とその連合軍である北大西洋条約機構(NATO)加盟国からの派遣軍を苦しめた。

 米軍は8月30日、アフガンからの撤収を完了したと発表した。翌31日、ホワイトハウスで演説したバイデン大統領は「20年に及んだ米国史上、最も長い戦争が終わった。正しく、懸命かつ最善の決定だった」と今回の“撤退”の正統性を強調したが、今も出国を希望しながらアフガンに取り残された米国人は約200人程度いるという。

 米国はアフガンという名のラクビーボールを旧ソ連から受け取りはしたものの、当初の目的を達することができぬまま、前に進むこともできず、失意のうちにアフガンの地を去った。出国を希望する数百人の米国民はおろか、米国に協力した数知れぬアフガニスタン人は結局、救い出されないまま置き去りにされた。そして今、このラクビーボールを手にしようと中国が名乗り出ている。

 中国は1996年から01年の第一次タリバン政権は承認しなかったが、19年にはタリバン幹部の訪中を受け入れるなど、ここ数年はタリバンに積極的に接近してきた。先月8月15日のカブール陥落前の7月28日に王毅外相が、タリバンの共同創設者バラダル師らを賓客として招き天津で会談した。その時点では反政府勢力だったタリバンを「アフガンの全局面を左右する軍事的・政治的な勢力だ。平和と和解の再建プロセスで重要な役割を果たしてほしい」と持ち上げた。

 米国のシンクタンク「ランド研究所」のデレク・グロスマンが8月27日に発表した論文によると、中国の狙いはアフガンの豊富な天然資源にあるようだ。14年に発表されたレポートによると、アフガンには約1兆米ドル相当のレアアースが地中に眠っている可能性があるという。同日付の日本経済新聞も、中国商務省が20年の報告書で、アフガンに鉄鉱石や石炭、銅、リチウムなど1兆~3兆米ドル相当の地下資源があると分析したと報じた。加えて、アフガン北部のアム・ダリヤ河流域地での大規模な石油プロジェクトも中国にとってはたまらない魅力だ。

 あまり知られていないが、アフガンと中国はワハーン回廊で繋がる。中国は今後、この回廊を活用し、アフガンの天然資源を手にしようとするだろう。

ジハード(聖戦)となること必至の共産中国とイスラム聖戦士との戦い

 しかし、この回廊はもろ刃の剣で新疆ウイグル自治区に暮らすトルコ系イスラム教徒の独立派組織「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」にタリバン、アルカイダ、IS(イスラム国)が武器、資金、義勇兵を送る時のルートとして使われる危険性もある。たとえ中国が回廊を封鎖しても、より長い国境を接するタジキスタン経由でアフガンからの過激派は容易に中国入りできる。しかも、共産党政権である中国は未来のムジャヒディン(イスラム聖戦士)から見れば、神を信じない許し難い存在だ。新疆ウイグル自治区で、イスラム教徒であるウイグル族を弾圧する中国との戦いは旧ソ連との戦い同様、再び「ジハード(聖戦)」となる大義名分を十分に兼ね備える。

 ETIMがアフガンから流入するこれら過激派テロ勢力と手を組み、新疆ウイグル自治区を内戦状態にし、その鎮圧に中国が大量の軍隊を送り込み、多大な戦費を使わなくてはならない状況は、トランプ政権に引き続き台頭する中国への対策で頭を悩ますバイデン政権には願ってもないシナリオかもしれない。

 それを見越して今回の米軍撤退をバイデン政権が決めたのだとしたら、見事という他ない。だとすれば、米軍は見事に「アフガン」という時限爆弾付きのラクビーボールを中国にパスし、前に進む活路を見出した。

 ちなみに、成蹊学園に小学校から大学まで在籍した安倍前首相はアーチェリー部所属で、同学園の華であるラクビー部に所属したことはなかった。しかし、コロナウィルス感染拡大という厄介なラクビーボールを後任の菅義偉に上手にパスし、20年9月、12年12月の第二次安倍政権発足から7年8カ月に及んだ首相の座から退いた。ラクビー部に所属しなくとも、実社会での競争を勝ち抜くための処世術だけは16年過ごした成蹊学園でしっかりと学んだようだ。

2021/9/4 21:00

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