伊達政宗はタコ!北条早雲、徳川家康…ご長寿「戦国武将」に学ぶ「健康寿命」をのばす食事

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 平均寿命50歳という戦乱の時代に、勇猛に戦い、女と遊び、驚くほどに長生きした強者たち。その理由は?

 現在、新型コロナウイルスが猛威を振るう日本。その一方で「人生100年時代」を迎えたとされる。では、健康寿命を延ばし、仕事も酒も女遊びも“生涯現役”を実現するには、どうすればよいのだろうか?

「ヒントになるのは乱世を生き抜いた戦国武将です。当時の平均寿命は50歳程度でしたが、中には現代と遜色ない長命を誇った武将もいます。常在戦場、権謀術数に囲まれた過酷な環境下で、彼らが、どうやって長寿を保てたのかを知ることは、大いに参考になりますよ」(戦国史研究家)

『武将メシ』(宝島社)などの著書で知られる食文化史研究家の永山久夫氏は、次のように語る。

「戦国時代の主食だった玄米には、GABA(ギャバ)という栄養素が豊富で、過酷な戦乱下にある武将たちの精神的なストレスを緩和するのに、非常に有効な働きをしていました」

 食事とストレスの管理が長寿の秘訣であることは現代では常識だが、図らずも主食であった玄米が効果テキメンだったようだ。“国盗り”の伝承で知られる戦国武将の代表格・北条早雲は米寿まで生きた。

「彼は梅干しが大好きでしたが、当時の梅干しは今のものよりも酸味が強く、食べると大量の唾液が分泌されました。唾液の中には、パロチンという若返りホルモンがあり、代謝を高め、活力を与えてくれます。その証拠に、長寿村と呼ばれる地域の老人には、現在でも梅干しが好物の人が多いんです」(前同)

 同じく、若返り効果のある食材を生活に取り入れていたのは、関ヶ原合戦に西軍として参加し、“敗軍の将”として激動の人生を歩んだ宇喜多秀家(83)だ。島流しに処された彼が、流刑先の八丈島で食べていたのが名産のアシタバである。

「アシタバには、ビタミンCやβカロテンなど、多くの抗酸化成分が含まれます。島での流刑生活は、強烈な紫外線を浴び体の酸化が早まる危険もありましたが、アシタバの栄養素により、体の酸化を抑えたことが長寿につながったと考えられます」(同)

■家康は浜納豆を

 その秀家を関ヶ原合戦で打ち負かした徳川家康(75)も、“長寿の代名詞”として知られる武将だ。また、家康は健康なだけではなく、男としても生涯現役を貫いた人生を送っている。

「家康は66歳にして遊女街で遊んだほどで、生涯に妻妾あわせて17人、もうけた子どもは16人もいました。元気の源は、好んで食べた地元・浜松の名物、浜納豆(注・麹菌を用いて作り、一般的な糸引き納豆とは菌学的に製造法が異なる)です」(同)

 大豆はアルギニンが豊富に含まれており、強精効果が期待できるという。

 幼少時に天然痘を患い、“独眼竜”となった伊達政宗(70)も、生涯現役を貫いた武将だ。永山氏が言う。

「政宗はタコを積極的に食べ、タウリンを豊富に摂取していました。タコは目を健康に保つ食材。忍者が暗闇での視力を鍛えるために、干しダコを食べたという話も残っています」

 しかも“強壮作用”もあるという。

「タウリンは、市販されている多くの栄養ドリンクにも含まれていますが、血圧を安定させ、心疾患を防ぐ効果があるんです」(前同)

 2016年のNHK大河ドラマ『真田丸』で、大泉洋が好演して脚光を浴びた武将・真田信之は、93歳というご長寿武将だ。

「私が手本にしている武将。彼が好んだ健康食の中で注目したいのが蕎麦ですね。蕎麦に含まれるルチンは毛細血管を丈夫にして血流を促し、心臓を健康に保つ効果があるんです」(同)

 食生活だけではない。戦国武将たちは、万病を招くストレスとも上手につきあっていた。多数の著書がある『工藤内科』(福岡県みやま市)の工藤孝文院長は、こう解説する。

「ストレスの少ない生活を送っていた武将は、体内で“ご長寿ホルモン”のDHEAが分泌されやすくなります。DHEAは、血管や骨を強くし、免疫力を高め、アルツハイマー病の予防効果もある、健康長寿には不可欠な成分です」

■ストレス過多な生活でも長寿

 そんなご長寿ホルモンの作用が顕著なのが、朝鮮出兵で“鬼島津”と呼ばれて恐れられた島津義弘(85)だ。義弘が戦いくさ漬けの生活を送りながらも長生きができたのは、彼の性格に起因する。

「義弘は島津家を率いるリーダーであり、何ごとにも積極的でポジティブ思考の持ち主でした。そのため、過酷と思われる人生を歩んでいても心身へのストレスが少なく、DHEAが多く分泌されていたのだと思います」(前同)

 徳川家康の六男として生まれ、その激しい性格から“鬼っ子”と呼ばれた松平忠輝(92)も、性格が長寿を招いたとされる。

「家康の息子に生まれましたが、権力への執着は、一切なかった。67万石の大名から一転し、人生の大半を流浪の生活に費やします」(前出の戦国史研究家)

 要は自由人だったのだ。

「地位や名誉から離れた生活はストレスが少なく、“幸せホルモン”のオキシトシンが分泌されやすくなる。副交感神経が優位になり自律神経のバランスを整えてくれるので、結果的に、忠輝は健康に良い生活が送れたのだと思われます」(前出の工藤院長)

 だが、忠輝のように自由に生きるのが難しい現代。そんなときには、細川忠興(83)を見習おう。

 明智光秀の娘・ガラシャと結婚し、敵対する織田信長側に仕える“ストレス過多”な生活を送っていた忠興。短命に終わりそうな彼を支えたのは牛肉だった。

「キリシタンだった妻・ガラシャの影響で、西欧の肉食文化に接する機会があった忠興は、牛肉を口にしていた。牛肉に含まれるトリプトファンは、ストレス軽減効果と快眠効果があるので、忠興はストレスをリセットできたのではないでしょうか」(前出の永山氏)

 コロナ禍が続く混乱の時代。先人たちの知恵を生かし、生涯現役を目指そう!

■何を食べ、どのように生きたのか――!?戦国武将に学ぶ生涯現役マル秘術

75歳で合戦に参加した猛者 水野勝成(88)豪放磊落な性格で、自由な生き方を選んだ。秀吉と家康が激突した小牧・長久手の戦い(1584年)では一番槍の手柄。75歳で島原の乱(1637年)に参戦。能、美人画、連歌など多趣味が長寿の秘訣。

茶を愛した太閤秀吉の御伽衆 金森長近(85)豊臣秀吉の御伽衆(話し相手)として知られる武将。落語の祖とされる安楽庵策伝は実弟。長寿の秘訣はお茶。お茶には「疲労回復効果のあるテアニンと、抗酸化作用のあるカテキンが含まれる」(永山氏)。

二重人格が奏功し長寿を実現 尼子経久(84)中国地方の覇を競った尼子家の名君。漬物の瓜を薄く切るように命じるドケチである反面、宝物を惜しげもなくあげてしまう気前の良さも。実は、二面性のある性格はストレス過多になりにくいという。

大志なくブラブラその日暮らし 今川氏真(77)桶狭間で織田信長に討たれた今川義元の息子。彼の治世で今川家は領地を失い、北条、徳川氏に臣従して食客として暮らした。凡将だが、「世間の目を気にせず、居直って生きられる人は長寿」(永山氏)とか。

中国地方の覇者は稀代の餅好き 毛利元就(75)権謀術数を駆使し、中国地方の覇者となった乱世の梟雄。長寿の秘訣は餅。「餅は精力維持に不可欠なアルギニンが豊富」(永山氏)。71歳のときに子どもが誕生するなど家康同様、“死ぬまで現役”を貫いた。

上司に気に入られた元就の孫 毛利輝元(73)同じく長寿の元就の孫。天下人・豊臣秀吉に気に入られたように、目上の人間に取り入るのが上手だった。「上司に評価されると、心身を安定させるセロトニンという物質が分泌されて健康によい」(永山氏)

“豆飯”で医者いらず生活 伊達成実(79)伊達政宗の従兄弟として伊達家を支える。伊達家は米と大豆を炊いた「豆飯」を好んだが、「大豆には記憶力を高め、血液の循環をよくするレシチンや、若さを保つイソフラボンが豊富」(永山氏)という。

全身傷だらけでも天寿をまっとう!藤堂高虎(75)合戦を繰り返し、体は弾傷や槍傷だらけ。右手の薬指と小指、左手の中指も欠損していたという。それでも長生きできたのは、毛利元就同様に「餅好きだったこと」、「深酒を控えたこと」とされる。

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  • 8/26 18:00
  • 日刊大衆

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