『バッド・インフルエンサー』SNSと“虚言癖”の相乗効果で成功した女性と、メディアの大問題

 
 8月19日にNHK BS1で放送された『バッド・インフルエンサー インスタ詐欺の顛末』が、衝撃的な内容であった。

 若くして癌を患い、脳腫瘍と診断されたベル・ギブソン。彼女は末期がん患者でありながら、自ら考案した野菜中心の食生活や運動による代替療法によって余命を遥かに超えて生き長らえた。その体験談はInstagramで絶大な支持を獲得し、著書の出版やアプリの発表などで大成功を収めたものの、ベルの実態は虚言まみれだった――。オーストラリアで実際に起こった事件を題材にしたドキュメンタリーである。

 この手の話は、世界中で発生している事案だ。もちろん、日本でも。有栖川宮詐欺事件、佐村河内守やSTAP細胞の騒動、血液クレンジングのステマなどは、このパターンなのでは? 

 加えて、メンタリストの差別発言が大問題になったばかりの時期でもある。今回の放送は絶好のタイミングだった。

SNSの情報に右往左往する生活

「バッド・インフルエンサー」というタイトルは、そのものズバリの直球だ。SNSを活用する人は見ておいたほうがいいドキュメンタリーだった。

 番組にはベルの元フォロワーである3人の女性が登場。その内の2人は病を抱え、切実に「健康になりたい」と願っていた。そして、ベルと出会った。「弱ってる私たちにウェルネス(一般的な疾患を自分の力で治そうとする考え方)は近づいてくる」という後日談には実感がこもっている。検査と投薬の繰り返しに悩む者からすると、ベルの生き方はキラキラして見えた。だから、「彼女みたいに生きたい」と考えるようになった。自分の体の主導権を取り返そうとし、むしろ別の他者に奪われた形になっているのは皮肉だ。ベルに影響を受け、代替療法を信じ、治療に悪影響が出た患者は多数いる。命を落とした人さえいた。

 元フォロワーの1人が、代替療法を実践していた頃の食生活を明かしている。その中で衝撃だったのは、「これもNG」と見るからにヘルシーな野菜スープを指している場面だ。

「5種類以上の加工食品を使ってるから加工食品。ダメでした」

 加工食品は悪という認識なのか? というか、「原材料が5種類以上なら加工食品」の根拠がまったくわからない。

「(根拠は)誰かがネット上で言い始めたんです。原材料が5種類以上入ってればおそらく加工食品、悪い食品だって」

 ベル・ギブソンとはどういう女性なのか。彼女を詐欺師と呼ぶのは適当ではない。彼女が患っているのは虚言癖という病である。

 12歳で家出をし、友人たちと生活していた10代の頃のベル。当時の彼女と親交があった1人の女性が証言してくれた。

「わかっていると思いますが、あの子の言うことは何も信用できないんです。ベルが片腕を吊って教室に現れても、骨折なんかしていません。次の週には『自分は体外受精で生まれた』って言い出すんです。だから、みんな『あぁ、そう』ってあしらっていました。あの子はウソをつくのが好きなんだと最初から知ってました。
 2年ぐらい前、フェイスブックの動画に見覚えのある顔を見つけました。ベルが考案したアプリの話をしていたんです。とっさに嫌な予感がして、思ったんです。『あの子、またやらかしてる? しかも、こんな大々的に?』」

 アプリを手掛け、本も出版した。つまり、出版社もAppleも彼女を後押ししたメディアも、ベルの身辺調査を行っていなかったということ。東京オリンピック開会式の件で「組織委員会は小山田圭吾やのぶみの身辺調査は行わなかったのか!?」とチェック体制の甘さを指摘する声が多かったが、これは世界共通の問題かもしれない。

 こぞってメディアが取り上げ、大企業からのお墨付きだってある。信者が続出してもおかしくはないだろう。ベルの元フォロワーたちは語った。

「私が怒りを感じているのはベルに対してじゃありません。ウェルネス業界全体に怒っているし、誤った情報がチェックを受けずに拡散してしまう隙のあるSNSに腹を立てています。それに、人の弱みにつけ込んで金儲けをする舞台をベルに与えた出版社にも怒っています」

「ベルをサポートしている顔ぶれからして彼女を疑うことはありませんでした。Appleだけでなく、ペンギン・ブックスやコスモポリタンも彼女を支持していたんです。事実確認を怠ったのは私じゃありません」

 このドキュメンタリーで、Appleとペンギン・ブックスは取材に一切応じなかった。ベルを担ぎ上げ、利益を稼いだにもかかわらず、ベル1人に罪をなすりつけ距離を置いたのだ。本当に悪質なのは、こっち側という気がしないでもない。代替療法を選び、治療が遅れたスティーブ・ジョブズのことをAppleは忘れてしまったのだろうか。

 度が過ぎた承認欲求と健康商法とSNSの相乗効果によって起こった事件、問題を抱える個人がSNSの力でトリックスターになった事例と言える。カフェや電車で聞こえてくる他者の与太話は信じないくせに、ネットに載ると簡単に信じる者が続出するのがSNSの持つ不思議な力だ。だから、フォロワー数の多さで信憑性を判断するのではなく、読み取る力が必要になってくる。

 ただ、一方でこんな見方もできる。拡散した情報の虚飾を暴くのも、結局はネット社会なのだ。活字とマスメディアだけの時代だったら、ベルのような存在はまかり通った。“SNSの闇”そのものの彼女だが、古くからのテレビの手法を使っただけとも言えた。嘘をつきやく、そして暴かれやすいのが現代ということ。ネットがあるから詐欺商法は通じないという事実を証明したケースでもあるのだ。

 ベルの元フォロワーだった人たちは現在、栄養士や健康関連ライター、パーソナルトレーナーの職に就いている。感化され、失敗し、教訓にして人生を新たに切り開いたのだ。糧にした者にとっては、“人生の勉強”と呼ぶにふさわしい有益な経験かもしれない。ただ、他の元信者たちは今どのように生きているのだろう? そこが1番気になった。

  • 8/26 13:00
  • サイゾー

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