【残暑のホラー特集1】ジュリア・ロバーツ主演『ジキル&ハイド』で描かれる善と悪を超えた「愛」の物語

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涼しげな残暑の夜に観る凄惨で血なまぐさい世界に恐怖を覚えながらもなぜか引き込まれてしまう。人間の本質を描くホラー映画は奥深い。「残暑のホラー映画特集」第1弾は、8月22日(日)にAXNチャンネルで「スター絶叫!ホラー&サスペンス映画特集」として放送された『ジキル&ハイド』(1996)を取りあげる。

■ゴシック小説の世界

(C)1996 TriStar Pictures, Inc. All Rights Reserved.

おどろおどろしい雰囲気の古城、土葬された死人たちの魂が彷徨う真夜中の墓地、あるいは夜霧が立ち籠めるロンドンの街など、怪奇的で幻想的な趣味のゴシック世界は、「ホラー」というジャンルの先駆けとなった。欧米では、18世紀後半あたりから、そうした超現実的な小説が流行する。イギリスで誕生することになったゴシック小説は、首相を父に持つホレス・ウォルポールが1764年に執筆した『オトラントの城』を先駆として、その後19世紀初頭にかけて多くのゴシック小説が執筆された。

ゴシック小説は、その時代を映し出す「鏡」として機能している。科学万能主義の時代に、人間の合理性への警鐘を込めたメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』(1818)や繁栄を極めた大英帝国が各国列強の帝国主義政策による勢力拡大や第二次産業革命で「世界の工場」の地位から転落したことで翳りを見せ始めたヴィクトリア朝時代の世紀末に書かれたアイルランド人作家ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』(1897)などが代表的な作品として世界文学にその名が刻まれている。

他列強国からの侵略の恐怖や移民流入により生じる社会問題が内外からの侵略の恐怖として社会不安を醸成する。東欧の地トランシルヴァニア(ルーマニア)からやって来たドラキュラ伯爵は、まさに「外部からの侵入者」であり、当時のイギリス社会が抱える漠然とした不安を反映したキャラクターとして造形されている。ゴシック世界には、その時代ごとに当時の社会状況に対する作者の批評意識がある。ロバート・ルイス・スティーヴンソンによる『ジキル博士とハイド氏』(1885)もまたそうした時代の不安を反映するかたちで執筆され、時代の不安に引裂かれた解離性同一性障害(多重人格障害)の主人公が時代の産物として生み出されたのだ。

■『ジキル博士とハイド氏』のモデル

(C)1996 TriStar Pictures, Inc. All Rights Reserved.

『フランケンシュタイン』や『吸血鬼ドラキュラ』が怪物の姿を借りて人間の存在の恐怖を描き出したのに対して、『ジキル博士とハイド氏』は人間自身の恐怖を描いている。それも人間の最も奥に潜む隠された恐怖の実体についてだ。この恐怖はごく身近な日常の中に潜んでいて、誰にでも当てはまる問題だ。どれほど善良な人間でも、その奥には自分以外には見せていない隠された悪の顔が多少なりともあるもので、大抵は善の心が悪を戒めて押さえつけるのだが、押さえつけられない悪の感情がその人物の本質的な部分であったりする。

実は『ジキル博士とハイド氏』には複数のモデルがいる。最も有名なのが、18世紀にスコットランドの首都エディンバラで家具職人を営むウィリアム・ブロディだ。裕福な家庭で育った彼は家業を継ぎ、エディンバラ市の評議員を務めるまでの人物として尊敬を集めるが、昼間の模範的で善良なウィリアムの心の奥深くには人知れず闇が隠されていた。父の遺産を受け継いだウィリアムはたがが外れたように、昼間とはうってかわってみすぼらしい服装に身を包んで夜な夜な酒場に繰り出して賭博に明け暮れる。しかし昼間は紳士に戻り、家族の目を盗んで二重生活を送った。いつしか遊興が過ぎて銀行強盗で逮捕され絞首台に連れて行かれたウィリアムをみて、この多重人格者の存在にエディンバラ市民たちは驚愕したという。しかしこれは誰の身に起きてもおかしくないことだ。まさに多重人格はその時代ごと根源的な病なのだろう。

■善と悪を超える「愛」の物語

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8度目の映画化であるスティーヴン・フリアーズ監督の『ジキル&ハイド』は、原作の怪奇趣味らしいいかにもな幕開けだ。朝霧が立ち籠めるロンドンの街角、ひとりのメイドが朝からブラシで丹念に家の前を掃除している。そこへひとりの紳士が現れ、メイドの首に付けられた咬み傷を気にする。いかにも怪しい雰囲気の紳士こそ、この家の主人である医師のヘンリー・ジキル博士(ジョン・マルコビッチ)だ。この家に仕えるメアリー(ジュリア・ロバーツ)は、紳士的で温厚な性格のジキル博士に幼い頃父親からの虐待によって付けられた傷のことを話す。メアリーの父親は酒乱であったのだが、昼間は温厚でも夜になると性格が豹変してしまうこのジキル博士の恐ろしい真実を目の当たりにすることになる。

ある晩、助手で雇われたというエドワード・ハイドの存在を知る。鋭い眼光と狂気的な表情に足を引きずる姿はゴシック・ホラーの怪物たちのイメージ通りだ。夜ごとにジキル博士が籠る研究室に足を踏み入れてしまったメアリーはハイドと鉢合わせしてしまう。それからというもの、ロンドンの街では凄惨な殺人事件が繰り返され、疑いはハイドに及ぶ。だが、メアリーはなぜかハイドをかばおうとするのだ。それは温厚なジキル博士に心を寄せ、何を隠そう彼の夜の顔がハイドであることを本能的に察知していたからだ。

警察に追われるハイドは逃亡する。だが、ジキル博士が家に留まる限りはハイドは必ず現れる。ジキル博士は苦し紛れにメアリーにだけ真実を告白する。メアリーは改めて恐怖するが、恐怖とともにジキル=ハイドを受け入れる。理解者を得たジキル博士だが、ハイドがメアリーを傷つけることを懸念している。だがハイドの愛は深かった。自分がメアリーを傷つけないために解毒剤に毒を混ぜて、自分を消滅させようとするのだ。同時にジキル博士も消滅するのだが、この多重人格者の物語で善と悪を超えていくのがやはり「愛」によってしかなかったことがあまりに切なく美しい。

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