女の子と飲みに行くより、家でアレに没頭したい…。モテすぎる男が自宅に隠した、見られたくない秘密とは
目まぐるしい東京ライフ。
さまざまな経験を積み重ねるうちに、男も女も、頭で考えすぎるクセがついてしまう。
そしていつのまにか、恋する姿勢までもが”こじれて”しまうのだ。
相手の気持ち。自分の気持ち。すべてを難しく考えてしまう、”こじらせたふたり”が恋に落ちたとしたら…?
これは、面倒くさいけれどどこか憎めない、こじらせ男女の物語である。
◆これまでのあらすじ
志保とショーンが出会ってから、3回のデートを重ねるも何の進展もないまま。志保はショーンが何を考えているかわからない。そんなとき、「ショーンは遊び人だ」という噂を耳にしてしまうのだが…。
▶前回:3回目のデートでも進展ゼロ。不審に思った女が、男の”裏の顔”を探ってみたら…
ショーン:「…早く帰りたい」
六本木交差点に、怪しげな空気を纏った美女が2人。通りかかる多くの男たちが、彼女たちに視線を送る。
そんな華やかな光を発する彼女たちもまた、意味ありげな視線を投げかけていた。その相手は、…この僕だ。
視線は痛いくらい、僕の全身を這うように巡る。
けれど、信号が青になるやいなや、僕は彼女たちに目もくれずに真っすぐに歩いた。
…だって、早く帰りたいから。
少し前までは先輩たちに誘われて、よく六本木界隈に飲みに連れてこられた。ああいう怪しげな女性たちに囲まれ、朝方まで飲むことが多かった。
「お前がいると華やぐからさ」
そう言われると断れなかったのだ。
外資系企業で働いているが、中にいるのはほとんどが日本人。誘いを無下にし続けるよりは、それなりに応じておいたほうが角が立たない。
そう思ってたまには顔を出していたのだが、ほとんどの場合が嫌々だった。
だって、僕の興味をそそるものはもっと他にあるから。
華やかな美女よりも、ショーンの興味をそそるものとは?
「ただいま~」
麻布十番の駅から徒歩5分ほどのワンルームの自宅に帰る。
パっと見は独身男性の普通の部屋だろう。パっと見は。万が一急に人が来たときにも引かれないよう、本棚はなるべく目立たないところに置いてあるから。
― 僕の、大好きが詰まった本棚を。
その茶色い棚には、端から端まで僕が愛してやまない漫画でびっしり埋め尽くされている。「かんなぎ」「STEINS;GATE」「となりの怪物くん」…。
オタクとまではいかないけれど、僕はアニメや漫画が大好きなのだ。チェックのネルシャツをズボンにインして、秋葉原を自在に駆け巡る人種を羨ましく思うこともあるくらい。
外で飲むより、家でアニメを見ているほうが何倍も楽しい。
けれど、どうしても僕はそんなイメージを持たれないらしい。「アニメが好き」と口にした途端、女の子たちがフリーズしたことだってあった。
サーフィンやクラブが好き。いつも六本木で遊んでいる。お酒と女の子が大好きな、イケメンハーフ。
これが、僕のイメージ。
…正直、イケメンに生まれたことは自覚しているし、とても幸運なことだと思っている。アニメが好きだけど僕も男なわけで、ちゃんと恋だってしたい。派手に遊びたいわけじゃないけど、女性が好きだ。
そういう意味で、このルックスや肩書はとっても有利に働くことを良く知っているのだが…。
<志保:昨日はありがとうね~♪またご飯行きましょう!>
スマホに光った着信を見つめ、ため息が漏れ出た。
見た目の良さは恋愛初期においては大きなアドバンテージとなるのだが、中身とのギャップに気づかれてしまうと、高確率でその恋を失ってしまう。
ふと、昔の出来事がフラッシュバックする。
志保から着信したメッセージに少し胸が躍ったというのに、いつもこの高揚感を覚えたあとには、憂鬱な気持ちも襲ってくる。モヤモヤとしたものを抱えてしまうような、複雑な心境。
<ショーン:今度はここのイタリアン行きませんか?>
そこまで打って、また考える。
志保も、僕のことを華やかなアクティブな人間だと思っているのだろうか?
志保からの好意は薄っすら感じている。確証はもてないけれど、積極的にアプローチしたらお付き合いできる気がしている。
…けれど、またすぐに幻滅されてしまうのか?
そんなことをぐるぐると考えていると、またスマホが新着を知らせた。
<mai:ショーンちゃん何してるの~?あそぼ―!>
顔も覚えていない女性からの、ライトすぎる誘い。ここ最近ずっと飲みに行っていない。出会ったのはもう何ヶ月も前だろう。
どうやったら、そんな数ヶ月も前に出会った異性にこんなラフに連絡ができるのだろうか。どういうメンタルをしているのだろうか。
31歳にもなって、僕は1人の女性との連絡にすらやきもきしているというのに…。
見た目と中身のギャップだけじゃない、ショーンが過去に抱えているトラウマ
僕がここまで恋に憶病になってしまったのは、7年前にまで遡る。
◆
あれは、社会人になって2年目、24歳のときのこと。僕自身はそれを求めていなかったけれど、まさに倍々ゲームで出会いが増えていっていた時代に、ひょんなことで出会ったのだ。
「ねえ、ショーンくんっていうの?カッコイイ名前だね!」
それが、かすみが初めて僕に話しかけてくれた言葉だった。そのときの彼女の表情や声色は、今でも鮮明によみがえる。
1つ年上で、外資系企業で働いていたかすみ。一見、可憐な印象だけれど、話すと芯がしっかりしていて、太陽のように明るい。
24歳にして人生ではじめての一目惚れをした。そして、彼女のことを知っていくほどに、彼女への想いはさらに加速していった。
「かすみさん、僕、かすみさんのことめちゃくちゃ好きです」
はじめて2人きりで食事に行った帰り道、僕は酔いに任せてそう言ったのだ。
完全に見切り発車だった。
もう少しデートを重ねるべきだったのか、酔っていないタイミングで言うべきだったか、あれこれ脳内に後悔が巡ったが…彼女が静かに「私も」と言い、思考が完全に止まった。
そのときは、なんて自分は恵まれた人間なのだと神に感謝したけれど、この幸福感がのちに絶望へと続くなんて、思ってもみなかった。
「今度さ、2人でフェス行こう!」
「ねえねえ、今度は2人でトレッキング行きたい!!」
インドアな僕と、アクティブなかすみ。僕がアニメ好きということはかすみも知っていたし、2人の性格が真反対であることもわかってはいた。
そんなことは関係ない。僕はかすみが好きで、かすみも僕が好き。その事実さえあれば、怖いものはなにもないと心から信じていた。
だけど、それは僕のひとりよがりだったのだ。
「…ねえ、ショーンつまんない?」
「そんなことないよ、かすみといるだけで楽しい。なんでも付き合うよ」
「なんか、無理して付き合わせるの気がひけちゃう」
「無理なんてしてないよ、僕はかすみと一緒にいたいだけなんだよ」
本心だった。毎週末アクティブに過ごすなんて億劫だ。けれど、かすみとなら話が変わってくる。
「…うん、でもなんか、ショーンって…。思ってたのと違う」
けれど、そんな僕の想いが届かなかったのか、届いてもなお納得してもらえなかったのか、かすみは悲しそうにそう言うだけだった。
そして、少しずつ疎遠になっていき、数回のデートを重ねただけで僕たちは別れてしまったのだ。
なんとなくわかってはいた。
他者が抱く僕のイメージと、素の自分には、とてつもないギャップがある。けれど、その事実をこの時、ハッキリと思い知らされたのだ。
短い恋が1つ終わっただけ。そう片づけられるかもしれないけれど、かなりの痛みを伴った。
◆
その後も、いくつかの恋をした。
けれど、かすみほどに惹かれる女性にも出会えなかったし、あのときの別れは、自分でも思いもよらないほど心に大きな傷とトラウマを残していた。
<mai:ショーンちゃん何してるの~?あそぼ―!>
顔も知らない女からの誘い文句が、スマホに光り続けている。
なぜだろう、僕の指は志保への返信を放置し、この得体の知れない女への返信を先にしている。
<ショーン:また近いうち遊ぼうか>
この女性になら入れ込まない自信はある。入れ込まなければ、傷つくこともない。中身とのキャップに引かれたとしても、僕はきっと何も感じない。
ついつい、本当に好きな人から逃げてしまう自分がいる。
<mai:やったー!あそぼあそぼ♪>
こうして、僕は志保に連絡するのを後回しにしてしまったのだ。
このあと、志保との関係が急にこじれてしまうなんて、夢にも思っていなかったから…。
▶前回:3回目のデートでも進展ゼロ。不審に思った女が、男の”裏の顔”を探ってみたら…
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志保がショーンの本音に迫ろうとするのだが…