同期のエースに口説かれて、調子に乗っていたら…。外資系美人秘書が転落したショックすぎる理由
キャリアが欲しい。名声を得たい。今よりもっとレベルアップしたい。
尽きることのない欲望は、競争の激しい外資系企業のオンナたちに必要不可欠なもの。
しかし、ひとつ扱いを間違えると身を滅ぼしかねないのも、また欲望の持つ一面なのだ。
貪欲に高みを目指す、ハイスペックな外資系オンナたち。
その強さと、身を灼くほどの上昇志向を、あなたは今日目撃する──
▶前回:4度の転職でキャリアが台無しに…。有能なバリキャリ帰国子女が知らずのうちにハメられた罠
File5. 彩子(29)外資系証券会社 エグゼクティブアシスタント
「私は特別」そう信じて疑わないエグゼクティブ秘書に起きたこととは
「彩子さん、急ぎで申し訳ないけど、明日の経営会議で使う資料だからよろしくね!」
「はい!すぐに取り掛かります」
上司からの指示に快く応える彩子の胸を、満足感が満たしていく。
― 入社間もないのにこんなに重要な仕事を任されるなんて…。私ってやっぱり優秀で特別な人間だったのね。
彩子が働く、六本木の高層ビルにオフィスを構える外資系証券会社。そこには、モデルのような容姿端麗な女性たちが受付に座り、様々な国籍の社員が執務スペースに集まっている。
もっと輝ける環境で働きたい。
その一心で、地味な国内メーカーから大手外資系証券に転職して2ヶ月。彩子は今、執行役員MDのエグゼクティブアシスタントとして働いている。
転職後は、地味で堅実だった前職とは打って変わって、新鮮で華やかな日々。
彩子の主な業務は、執行役員でMDの勝野のスケジュール調整などのいわゆる秘書業務に加え、社内施策や社内経営指標などの数字を取りまとめてレポート作成するもの。経営会議での重要な判断に用いられる資料のため、彩子の資料作成責任は重大でプレッシャーもある業務だった。
しかし…。
「いつもお疲れ様!わからないことがあったら何でも聞いてね」
「数字を出してこない社員にはトレースするから、困ったら何でも言ってね」
周囲は彩子の業務がスムーズに回るよう取り計らってくれるため、業務に慣れるのもそう時間はかからなかった。
任される仕事の重要性と、周りからの特別扱い。そんな環境に快感を感じずにはいられない彩子は、公私ともに充実した日々を過ごしているのだった。
「特別な存在」彩子の争奪戦が始まる…
入社して3ヶ月。
MD勝野のアシスタント業務に忙しくも充実した日々を送っていた彩子は、様々な男性社員のアプローチを受けるようになっていた。
その中でも、とりわけ熱心に彩子にアプローチしていたのは、入社5年目の河村祐樹だ。
「俺、彩子ちゃんと一緒にいると本当に楽しいし、学ぶことが多いんだよね」
「こんな素敵な女性が入社してくれて、プライベートでも一緒にいられたらいいなあ」
東大大学院修了後に新卒入社し、入社5年目にしてアソシエイト。来年にはヴァイスプレジデントへのプロモーションがかかっており、同期でもエース中のエースと言われる存在。
頭脳明晰、優秀。そのうえ、180cmを超える身長と端正な顔立ちを持ち合わせており、女性社員の人気も高い。
そんな祐樹からの熱心なアプローチで、彩子は祐樹と付き合うことになった。
「華やかな環境と、出世頭の彼氏、それに見合う私。やっぱり、私は特別なのね」
何もかもが順風満帆な彩子は、そう信じて疑わなかった。
外資証券のフロントメンバーは、朝早くから勤務が始まる。
夜のデートは祐樹を疲れさせてしまうため、2人のデートはもっぱら週末だった。
ドライブ、ゴルフ、ショッピング…。祐樹と過ごす時間は、どんなデートでも楽しくてしかたがない。
たわいもない会話を交わすだけでも幸せだったが、やはり社内恋愛ということもあり、2人の話題はどうしても会社のことが中心となることが多かった。
「ねぇ、来期の評価KPIって変わるって噂聞いたんだけど、本当?」
「来期の組織だけど。今トップの人で降ろされる人もいるって聞いたけど、誰なの?」
交際が続くにつれ、祐樹のノリも次第に軽くなっていく。
「えー、答えられないよ…。バラしたら勝野さんに怒られるもん」
最初の頃はしっかりと秘密を守っていた彩子だったが、仲が深まれば深まるほど、そんな秘密が2人の間を隔てていることすら煩わしく感じてしまう。
― これくらいの情報なら、まぁいいか…。
― 恋人同士なんだもん。”ここだけの話”ってことくらい、祐樹もわかってくれるわよね…。
祐樹にすっかり惚れ込んでいた彩子は、口外してはいけないと思いながらも、徐々に、彩子しか知りえない情報を祐樹に共有するようになっていったのだった。
◆
祐樹と付き合い出して、半年がたつ頃。
「祐樹へのお祝い、何がいいかなぁ…」
会社が新しい会計期を迎えた、新年度の終業後。無事にヴァイスプレジデントへのプロモーションを果たした祐樹へのお祝いのプレゼントを探しに、彩子は六本木ヒルズのエストネーションを訪れていた。
しかし、タイピンのショーケースに目をやったその時。彩子の会社スマホに1通のチャットが届く。
<Katsuno, Yuji:伝えたいことがあるので、明日30分ミーティングを設定しておいてください。場所は、私のブースではなく、会議室を予約してください。
送り主は、上司の勝野。
「勝野さん、どうしたのかしら…?」
要件が少し気になったものの、今は祐樹へのお祝い選びの方が大事だ。
彩子は、明日自分が何を言われるのか全く考えることもなく、祐樹に似合いそうなプレゼントを探し続けるのだった。
「それって私のこと?」勝野からの思わぬ言葉に戸惑う彩子は…
特別なのは、私ではなかったの…?
エストネーションでチャットを受信した翌日―
通常、勝野とのミーティングは執務フロアの勝野のブースで行われる。しかしこの日はブースではなく、わざわざ人目につかないミーティングルームに呼ばれたことから、彩子はモヤモヤとした違和感を抱いていた。
「急に呼び出して申し訳なかったね」
事情をつかめず様子を伺う彩子を前に、勝野は早速話を切り出す。
「要件だけどね、彩子さんのアサインについてなんだ。…今期、彩子さんには、別のMDのアシスタントになってもらうことにした」
「え、今からですか…?」
アシスタントのアサイン変更は、期が変わる直前に行われることが通例だ。
ー なぜ通達が今なの?
突然のアサイン変更で驚きを隠せない彩子は、ますます不安にかられる。
「あの、私、何かしてしまったでしょうか…」
恐る恐る聞く彩子に、勝野はこう答えた。
「単刀直入に聞くが、河村祐樹に社内の情報を流していなかったか?」
「えっ……」
勝野の口から出た、予期せぬ祐樹の名前。思わず、彩子の心臓がバクンと跳ね上がる。
だが、そんな彩子の様子などお構いなしに、勝野は言葉を続けた。
「ここ数ヶ月、河村祐樹が出してくる社内施策資料などが、全社に発表される前の経営会議でのアジェンダに合致していることが多くなっているんだ。
…いくら優秀な河村くんとはいえおかしい。誰かが情報を流している。知っている人間は限られているし…彩子さん、君は、河村君と同年代だよね」
つまり彩子のアサイン変更は、祐樹に機密情報を漏らしているから。そう察知した勝野が自ら采配した、更迭というわけだ。
「同年代」という言葉で和らげられているものの、彩子が祐樹と恋人関係にあることは、すでに調べがついているに違いなかった。
勝野は、彩子を諭すようにこう続ける。
「君は私のアシスタントだ。アシスタントは、私が指示した業務を間違いなく遂行することのみがロールだ。君に集まる情報を、私に適切な形で上げること。それが君の役割だ。間違ってもその情報は口外してはならない。これはわかっているよね?」
「……」
勝野の言うことは何一つ間違っておらず、返す言葉もない。
「まぁ、実はよくあるんだよ。こういうこと。1アシスタントが、周りのスタッフレベルが知ることもないような会社の機密情報が自分に集まると、それを知りたくて人は集まってくる。アシスタントも、チヤホヤされるのが嬉しくて、話してしまうんだよね。
事実、私のアシスタントは、男性社員からの誘いが多いようなんだよ。でもね、それって…本当に彼女たちの魅力なんだろうか?」
勝野の言わんとすることは、おそらくこうだ。
”特別”だったのは、「勝野のアシスタント」という立場。彩子という個人ではない。
祐樹もおそらく、「勝野のアシスタント」に近づいただけ。そのポジションにいたのが‥たまたま彩子だっただけなのだ。
「正直、私のアシスタントとしては、今の君は失格と言わざるを得ない。とはいえ、人事的な制裁を加えるほど、私としてもこのことを公にしたいわけではない。
だから、比較的ジュニアな、そこまで機密情報が集まらないMDのアシスタントに回すことにした。…役職者につく自分の仕事は何たるかを、もう一度考え直してほしい。そして、自分の周りへの振舞いも含めて、成長してもらいたい」
勝野の話し方は穏やかだし、言葉は思いやりに満ちている。しかし、彩子は痛いほど感じ取っていた。
…これは勝野が彩子にくれた、この会社でのラストチャンスであることを。
勝野との話を終え席に戻った彩子は、半ば放心状態のままスマホを取り出す。
ー どうしよう、私…。
いてもたってもいられない焦燥感を、すこしでも和らげたい。
一刻も早く祐樹のぬくもりが恋しくなった彩子は、焦る指先でスマホを取り出すと、祐樹とのLINEのトーク画面を開いた。
<祐樹、どうしても今日会いたいんだけど…>
瞳を潤ませながら、文字を打ち込む。しかしその途中、彩子は気づいてしまったのだった。
ここ2日ほど、彩子からのメッセージに既読マークがついていない。
多忙な祐樹からの連絡が滞ることはこれまでもよくあったが、既読にすらならないというはじめての事実が、いま自分が置かれている状況を浮き彫りにしていた。
彩子のデスクの上には、昨日うきうきとした気持ちで選んだ、祐樹へのプロモーション祝いのタイピンが置かれている。
彩子はそのエストネーションの紙袋の中にゴミを放り込むようにスマホを投げ入れると、”特別”とはかけ離れた自分自身の滑稽さに、乾いた微笑みを浮かべるのだった。
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「私、美人な友人が多いの!」―身の程知らずの男査定の常習犯