東京五輪閉会式、どうせなら庵野秀明・手塚治虫・今敏をフィーチャーしてほしかった

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「良かったのはパリ大会のプレゼン映像とパラリンピックの予告映像だけ」という辛辣な声も聞こえる東京オリンピック閉会式。そんなパリの映像につけられていたBGMが妙に男の子向け娯楽映画のオープニングぽい高揚感に満ちていたこともあり、つい『シン・エヴァンゲリオン』アバンタイトルのパリ市街戦を思い起こした方も多いのではないか。

シン・エヴァ、庵野秀明、「オカエリナサイ」

 フランス空軍アクロバットチームがエッフェル塔前を横切るカットで、「ここでEVA8号機がエッフェル塔の先端を引っこ抜いて坂本真綾が“Excusez-moi, Eiffel!(ごめんね、エッフェル塔!)”」。古参組ならさしずめ「パリの上空にN-ノーチラス号が登場してだな」(cf.『ふしぎの海のナディア』)。あな楽しき夢想タイム。

 同じく庵野秀明つながりで、LEDビジョンに映し出された「ARIGATO」を「オカエリナサイ」に脳内変換した中年層も少なくないとみた。

「オカエリナサイ」は、1988年から89年にかけて発表された庵野秀明監督のOVAシリーズ『トップをねらえ!』最終話の最後に登場する。身を賭して地球を救ったヒロインふたりが1万2000年ぶりに地球に帰還した際、人類が彼女たちを称えるべく地球の表面に灯らせたメッセージだ。「もう人類は滅亡しているかもしれない」という不安に駆られる彼女たちにとって、「オカエリナサイ」は文字通り希望の灯火(ともしび)だった。……って、コロナ禍のオリンピックを〆るメッセージとして、これ以上の正解が一体どこにあるというのか。

 しかも「ARIGATO」は1964年の東京オリンピック閉会式で掲げられた「SAYONARA」と同じフォント。であればなおさら、57年ぶりに東京に“帰還”したオリンピックでの「OKAERINASAI」は筋が通っている。

 ちなみに「オカエリナサイ」の「イ」は劇中では反転表記だが(未来人が過去の文字を間違えたことを示唆)、日本初のテレビ放送で画面に映された文字も「イ」である。莫大なテレビ放映権を収入の柱とするIOCへの軽い皮肉も効かせられて、一石二鳥だ。

『星めぐりの歌』とアニメ『銀河鉄道の夜』

 大竹しのぶと杉並児童合唱団が『星めぐりの歌』(作詞・作曲:宮沢賢治)を歌いだした瞬間、「ここは『銀河鉄道の夜』を投影だろ!」と心の中で叫んだ方はぜひ挙手してほしい。

 ここで言う『銀河鉄道の夜』とは、宮沢賢治の同名小説をアニメ化した1985年の劇場用作品。監督は杉井ギサブロー。登場キャラクターはすべて擬人化した猫。同作の劇中、オルゴールの旋律として『星めぐりの歌』が流れる。

『銀河鉄道の夜』は、開会式でフィーチャーしそこねた『AKIRA』(の金田バイク)や出演が叶わなかったジブリ作品に知名度は劣る。が、全編を支配する「死の匂い」や静謐な空気感、原作の寓話性を高いレベルで昇華した仕上がりは、「ジャパニメーション」などという海外媚びのバズワードからは一線を画す孤高性に満ちており、その筋の玄人評価も高い。大竹しのぶの背後に映し出せば、最高に「わかってる感」が醸せたはずだ。

 ちなみに劇場版『銀河鉄道の夜』本編に登場するすべての文字は「エスペラント」。ユダヤ系ポーランド人のルドヴィコ・ザメンホフが19世紀末に考案した人工言語で、宮沢賢治も親しんでいたことで知られる。エスペラントは共通の母国語を持たない人たちの間で意思疎通をはかれる国際補助語なので、世界中のアスリートが一堂に会する国際イベントとも相性がいい。

 余談ながら。『銀河鉄道の夜』の音楽担当は細野晴臣だが、開会式の楽曲制作担当を辞任した小山田圭吾の所属するバンドMETAFIVEを結成したのは、かつて細野とYMOを組んでいた高橋幸宏である。

 聖火納火時に流れた曲は、日本が誇る音楽家・冨田勲がドビュッシーの同名曲をシンセサイザーで編曲した『月の光』。1974年に発表された同作が冨田の代表作であるのは間違いないが、冨田ならその9年前に作曲したテレビアニメ『ジャングル大帝』のオープニング曲を採用する手もあった。

『ジャングル大帝』の原作は言わずとしれた手塚治虫。1994年公開のディズニーアニメ『ライオン・キング』による模倣疑惑(の恨み)をいまだに抱き続ける一部手塚ファンも根強くいるだけに、ここで改めてジャパン・オリジンとしてぶち上げるのも、世界に向けた27年ぶりの意趣返しとして面白かったかもしれない。

 海外の映画やディズニーアニメから多大なる影響を受け、また世界にも影響を与えた手塚治虫のフィーチャーは、国際大会であるオリンピックを彩る意味でも理にかなっている。そんなことを考えれば考えるほど、閉会式冒頭の「光の粒」は『火の鳥』一択だったという思いが拭えない。あくまで個人的に。

 なお、コアな手塚フリークの筆者友人は「『君が代』斉唱に宝塚歌劇団を出すなら、『リボンの騎士』か『ベルサイユのばら』の扮装をするくらいのサプライズが欲しかった」とさすがの指摘。たしかに、手塚原作の『リボンの騎士』は彼が愛好していた宝塚がモチーフであり、主人公サファイアのモデルは当時の娘役スター・淡島千景。一方の『ベルばら』(原作:池田理代子)は1974年の初演以降、宝塚を代表する演目だ。しかも『ベルばら』なら次回開催都市・パリ(のバスティーユ牢獄)にもちゃんとつながる。完璧だ。

『東京物語』より『東京ゴッドファーザーズ』

 日本国旗の入場時に流れていたのは、世界中の映画人にその名を轟かす小津安二郎の名編『東京物語』(1953年)のテーマ曲。しかし同作は、田舎から東京に上京した老夫婦が子供たちから邪魔にされて居場所がない……という心が締めつけられる展開。「東京という街の素晴らしさ」なんぞ1秒たりとも描かれていないばかりか、最大公約数的に称賛される類いの「家族の絆」をむしろ批判的に論じたキレキレの野心作だ。

……という内容を踏まえた上で、「若者は忙しすぎて老人になど構っていられない、家族がバラパラになった2021年の日本」を皮肉った選曲ならばあっぱれと言うほかないが、きっと違う。「東京」「著名な日本人監督」「国際的評価」で雑に検索して決めた感が否めない。

 どうせその3ワードで検索するなら、世界的にも評価が高い今敏の劇場用アニメーション『東京ゴッドファーザーズ』(03)のほうがずっと気がきいている。年の瀬の東京を舞台にしたホームレス3人の善行を描く都会の寓話。華やかさとはかけ離れた猥雑な東京を生き生きと活写し、ラストには晴れ晴れしい祝祭感が待っている。疲弊した日本を元気づけるのにこれほどうってつけの話はない。音楽はムーンライダーズの鈴木慶一。中年ゲームクラスタには『MOTHER』(89)の音楽でおなじみだ。

 血の繋がりが必ずしも絶対的な美ではないことを描ききった『東京物語』より、赤の他人同士たる社会逸脱者が奇跡を獲得する『東京ゴッドファーザーズ』のほうがよっぽど、2021年のダイバーシティや格差社会やインクルージョンといった諸論点を包摂してはいないか。ちなみに3人のホームレスのひとりは元ドラァグ・クイーンである。

 映画の感想が人それぞれであるように、オリンピック閉会式の感想も人それぞれ。昨今話題の「ファスト映画」よろしく、「10分程度のダイジェストで十分」という声があがったのも何ら不思議ではない。10分に圧縮とは言わずとも、思わず早送りしたくなる瞬間が何度も訪れたのもまた事実。

 映像によって供給されるエンターテイメントという意味では、映画もイベントとしてのオリンピックも同じようなもの。しかし本編より予告編のほうが面白い映画のなんと多いことか。オリンピックも然り。5年前にリオで流れた「予告編」の出来の良さったら。期待させんなよな、まったく。

  • 8/14 19:00
  • サイゾー

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