【知られざる実話】マルセル・マルソーの生き様に触れる『沈黙のレジスタンス ユダヤ孤児を救った芸術家』

拡大画像を見る

ジェシー・アイゼンバーグを主演に、「パントマイムの神様」ことマルセル・マルソーの若き日の姿を描いた実話ベースの物語。第二次大戦中、多くのユダヤ孤児を救ったレジスタンスの奮闘を通し、より良き未来を築くために必要なものを模索する時間を与えてくれる作品です。8/27(金)公開ですが一足早く見どころをご紹介!

あらすじ

 1938年フランス。アーティストとして生きることを夢見るマルセルは、昼間は精肉店で働き、夜はキャバレーでパントマイムを披露していた。第二次世界大戦が激化するなか、彼は兄のアランと従兄弟のジョルジュ、想いを寄せるエマと共に、ナチに親を殺されたユダヤ人の子供たち123人の世話をする。悲しみと緊張に包まれた子供たちにパントマイムで笑顔を取り戻し、彼らと固い絆を結ぶマルセル。だが、ナチの勢力は日に日に増大し、1942年、遂にドイツ軍がフランス全土を占領する。マルセルは、険しく危険なアルプスの山を越えて、子供たちを安全なスイスへと逃がそうと決意するのだが──。

「パントマイムの神様」マルセル・マルソー

 その名を耳にしてピンと来る人もいれば、全くもって初耳の人もいるだろう。「パントマイムの神様」「沈黙の詩人」と呼ばれる近代パントマイムの第一人者にして、フランスにおける最高勲章であるレジオンドヌール勲章までをも叙勲。誰もが一度は目にしたことがあるであろうマイケル・ジャクソンの「ムーンウォーク」は、その男のパフォーマンスにヒントを得て生み出されたものだという。

マルセル・マルソー

Marcel Marceau (Photo by Justin Kahn/WireImage)

 彼の名は、マルセル・マルソー。本作は、彼が「パントマイムの神様」として世に知れ渡る以前の実話を描いた物語。バスター・キートンやチャーリー・チャップリンに憧れ俳優を志すも、第二次世界大戦の最中においてはまともに夢を追いかけることも許されず、レジスタンス組織に身を投じていた若かりし頃の彼の姿を映し出す。

2005年、亡くなる2年前のマルセル・マルソー

BERLIN - JULY 13: Mime artist Marcel Marceau poses at a photocall at the French embassy July 13, 2005 at the in Berlin, Germany. Marceau will be performing at Berlin's Komische Oper. (Photo by Sean Gallup/Getty Images)

 だが、生前の彼は、その日々について語ることはなく、パントマイムという表現を通して、世界中の人々を歓喜させ、数々の俳優やミュージシャンやダンサーに影響を与え、自身が主宰するパリ国際無言劇学校にて後進の育成に尽力した。一貫して戦争の語り部となる道は選ばず、あくまでもアーティストとしてその生涯を全うした(2007年に84歳で死去)。では、実話である本作はどのようにして生み出されたのか。それは、彼の従兄弟であり、レジスタンスのリーダーであったジョルジュ・ロワンジェの証言に基づいている。2018年に108歳でジョルジュ亡くなる2年前、本作の監督ジョナサン・ヤクボウィッツが歴史の生き証人からマルセルの話を隅々まで聞き出し、自ら脚本を執筆。つまりは、これまで誰も知ることのなかったマルセル・マルソーの過去を、彼が歩んできた人生を、本作を通して垣間見ることができるのである。

©2019 Resistance Pictures Limited.

戦争やホロコーストを映画で描くことの価値

 国を問わず、時代を問わず、戦争やホロコーストなどを扱った映画が毎年何かしら作られ、こうして僕たち観客の元へと届けられている。しかし、今この時代を生きる僕たちにとっては、戦争やホロコーストが愚かしい行為であること、悲劇や憎悪しか生み出さないものであること、再び引き起こしてはならないものであることは周知の事実。「言われなくても分かっている」「1本観れば十分」「重いと分かっている作品を観るなら、恋愛やコメディを観たい」という人も中にはいるだろう。それを悪く言うつもりはないし、その気持ちも良く分かる。ただ、僕たち人間には常に戒めが必要だ。

©2019 Resistance Pictures Limited.

 人は時に間違える。間違えない人間なんて一人もいない。その間違いから多くを学び、より良き道を模索する。しかし、決して間違えてはならないことも確かにあり、歴史という名の戒めや教訓がなければ、何度だって人は同じ過ちを繰り返す。それが分かっているからこそ、教育の段階において戦争がもたらすものを教えられ、記念館や資料館なども存在し、後世に語り継いでいくことに重きを置いている。実際に戦争を経験したこともない僕たちが、当たり前のように戦争行為を否定できるのは、先人たちの努力の賜物によるものでしかない。

©2019 Resistance Pictures Limited.

 では、映画において戦争やホロコーストを描くことの価値とは何か。それは、教科書や記念館などの文章や資料だけでは得難いものを僕たちに与えてくれる。たとえ作り物であるとはいえ、当時あり得たであろう目を背けたくなるような悲惨な光景、時代は違えど同じ人間が行った残虐な行為の数々、当時の人々が抱いていた感情など、映像を通して多くのことを疑似体験させてくれる。そして、同じ人間である以上、同様のことをしでかす可能性が自身の中にもあるのだということを痛感させられる。それこそが、映画の強みであり、価値である。

©2019 Resistance Pictures Limited.

 本作においては冒頭からショッキングなシーンを目の当たりにすることになると思うが、たった80年程前にこんなことが横行していたのかと思うと、恐ろしくてゾッとする。マルセルが夢を追うことができない状況もそう。両親を殺害されたユダヤ人の孤児たちもそう。何の躊躇もなく拳銃の引き金を引けてしまうのもそう。常に身の危険を感じながら生きているのもそう。現代においてはあり得ないことが、彼らにとってはあり得た。そんな時代が確かにあった。戦争や迫害が良くないことだと誰もが理屈では分かっているが、映像を通してその有り様をマジマジと見せつけられていくことで、痛い程に伝わってくるものがある。とは言え、数日も経てば、それらの感覚だって次第に薄れていく。だからこそ、この手の作品は絶えず作り続けていく必要があり、僕たちがいつだって触れられることのできる状況が築かれている。それもまた価値のあることではないだろうか。

©2019 Resistance Pictures Limited.

マルセル・マルソーが選んだ生き方に想いを馳せる

 劇中においてマルセルは言う。復讐するのではなく、一人でも多くの子供を助けようと。人を殺すのではなく、一人でも多くの人を生かそうと。助けた子供が大人となり、家庭を築いていくことの方が、人を殺すことより良いと。理屈では誰もが分かると思う。彼の言うことが正しいと、生産的であると、憎悪に駆られた行為は新たな憎悪を生み出すだけで、「やったやられた」の報復合戦が行き着く先は、破滅しかないのだと。しかし、自身の肉親や大切な人が目の前で殺されて、殺した相手が誰であるかも明白で、一矢報いるだけのチャンスがあったとしたのなら、あなたはそのチャンスを手放すことができるだろうか。復讐に駆られないと言い切ることができるだろうか。劇中においてその辺りの問答に重きを置いて描いているわけでもなく、マルセルの主張が綺麗事のように聞こえてしまう人も中にはいるかもしれない。だが、作品外における彼の生き方が、彼が歩んだ生涯こそが、その主張の正当性を証明していたように思えて他ならない。

©2019 Resistance Pictures Limited.

 マルセル自身、父親をアウシュビッツの強制収容所で殺されており、間違いなく怒りや悲しみがその心を蝕んだことだろう。けれど、特定の誰かを糾弾することよりも、自身の体験などを語り継いでいくことよりも、自身の夢や願いを叶えることを彼は選んだ。戦後、演劇学校に入学してパフォーマンスを学び、世界で唯一となるパントマイム専門の劇団を設立。やがてその存在は世界中で認知される程のものとなり、日本でも数度に渡り公演を開催。2006年に至るまで精力的にワールドツアーを続け、言うまでもなく、たくさんの人々に喜びや感動を与えてきた。そこで、考えてみて欲しい。もし仮に、彼が本作で描かれているようなことを公言した上で活動していた場合のことを。

©2019 Resistance Pictures Limited.

 きっと受け手はこう思う。この人は戦時中にたくさんの子供を助けた偉人なのだと。重く辛い過去を乗り越えて頑張ってきた人なのだと。多くを背負っているからこそ生み出せているものがあるのだと。それらの受け取り方が決して悪いことだとは思わない。が、彼のパフォーマンスを目にする上で、どうしても余計なフィルターが入り、純粋に彼のパフォーマンスだけを捉えることができなくなる。その真意は分からないが、自身の過去を公に明かすことなくアーティストとしての道を貫いた彼の生き様から察するに、自身のパフォーマンスを目にしている間だけは、過去の悲しい出来事などを忘れ去り、今そこにある喜びや感動にだけ浸って欲しかったのではないだろうか。過去を語り継ぐ役目は他の人に託し、自身は今この瞬間を生きる人々の笑顔を生み出すことに、明日を生きていくための活力や希望を生み出していくことに注力していたのではないだろうか。

©2019 Resistance Pictures Limited.

 本作はマルセルの従兄弟であるジョルジュ・ロワンジェの証言を忠実に再現しているため、細かな差異はあったとしても、劇中においてマルセルが発している言葉は事実に近しいもののはず。つまりは、「誰かを殺すのではなく生かす」という姿勢を、マルセルはその生涯を通して貫いたのだということが伺える。ともすれば、彼の過去を公に晒すことになる本作の在り方は、彼の意思に反するものなのかもしれない、だが、結果として彼の存在を新たに認識する人が増え、これまで語られることのなかった彼の過去に触れることで、戦争や迫害や憎悪が人にもたらすものを実感し、より良き未来を築くためには何が必要なのかを模索する機会を得ることができる。それは今を生きる僕たちのエゴかもしれないが、マルセル亡き今、その答えを聞くことは叶わない。いずれにせよ、マルセル・マルソーという偉大なアーティストの存在を認識できることだけは、決して間違いではないはずだ。

©2019 Resistance Pictures Limited.

総合評価

©2019 Resistance Pictures Limited.

 人の数だけ人生があるように、人の数だけ戦争の経験があり、ドラマがある。どんな作品であれ、戦争や迫害などを扱う以上、根底に宿るテーマは共通していると思うのだが、マルセル・マルソーという人物の人生を通じて目にすることになる第二次世界大戦、ナチスによるユダヤ人の迫害であるからこそ見えてくるものがきっとある。あなたの心に、マルセル・マルソーの生き様はどのように映るだろう。是非劇場でご覧ください。

青春★★★
恋 ★
エロ★
サスペンス★★★
ファンタジー★★
総合評価:B

『沈黙のレジスタンス~ユダヤ孤児を救った芸術家~』
8月27日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
©2019 Resistance Pictures Limited.
<監督・脚本・製作>ジョナタン・ヤクボウィッツ
<出演>ジェシー・アイゼンバーグ、クレマンス・ポエジー、マティアス・シュヴァイクホファー、フェリックス・モアティ、ゲーザ・ルーリグ、カール・マルコヴィクス、ヴィカ・ケレケシュ、ベラ・ラムジー、エド・ハリス、エドガー・ラミレス
<SPEC>2020年/アメリカ・イギリス・ドイツ/英語・ドイツ語/120分/カラー/スコープ/5.1ch
<原題>RESISTANCE
<レーティング>G
<提供>木下グループ<配給>キノフィルムズ

©2019 Resistance Pictures Limited.

関連リンク

  • 8/10 19:23
  • 映画board

スポンサーリンク

ニューストップへ戻る

記事の無断転載を禁じます