スポーツクライミング女子複合・銀、野中生萌「結果を出すって、簡単じゃない」

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 東京五輪、スポーツクライミング女子複合で銀メダルを獲得した野中生萌(みほう)。昨年、SPA!は五輪代表に決まった彼女へのロングインタビューを行っている。本大会で初めて興味を持った人も多いこの競技の世界を改めて覗いていきたい。

※本記事は20年1/21発売の週刊SPA!のインタビュー連載『エッジな人々』に掲載されたものです。

◆東京オリンピックに挑むクライミングの若き女王

 今夏、東京オリンピックで新種目として開催されるスポーツクライミング。日本は「ボルダリング大国」と呼ばれ、メダルを期待されている。そんな期待を高めた立役者の一人が、野中生萌だ。

’18年はIFSCクライミングワールドカップのボルダリング部門で年間女王に。’19年は両肩のケガに悩まされながらも、11月のチャイナオープンで金メダルを獲得。この大会の後、彼女は自ら考案した外岩を登るクライミング大会RedBull Asura(以下、Asura)に出場。熊野の山奥で自身にとってのクライミングを語った。

――山の中は清々しくて気持ちがいいですね。Asuraの会見で「外岩はクライミングの原点」と話していました。どういう意味でしょう?

野中:もともとクライミングの始まりが、こういうところだからです。人が岩を登って、始まったスポーツ。子供の頃、ジャングルジムや木登りで遊んだ原体験に返るような。外岩を登ると「あ、楽しい!」っていう感情が自然に湧き出るんですよ。

――アウトドア好きの家族で、両親と2人の姉と一緒に9歳からクライミングを始めたんですよね。

野中:はい、父が趣味で山登りをしていて、そのトレーニングの一環として家族で始めました。でも、私は末っ子だから、リーチもパワーもない。一番できなくて悔しかったことばかり覚えています。それから夢中で取り組んでいたら、いつのまにか自分一人だけハマっていました。

――大舞台に強く、大会でもリラックスして実力を発揮している印象ですが、それは幼い頃から?

野中:いや、めちゃめちゃ緊張していました。初めての大会なんて11歳ぐらいで、アイソレーション(クライミング大会で他の選手のトライが見られないよう隔離された出場選手の待機場所。登り方をマネされないようにする目的がある)で体育座りして、何度も手のひらに「人」を書いてのみ込んでいました。落ちるのが怖くて、無我夢中で登ったら優勝できたんですけど、それから競技にのめり込んでいきましたね。

◆オリンピックのおかげでクライミングを知る人が増えた

――オリンピックでは「スピード」「リード」「ボルダリング」と3種目で戦います。誰かに競技を説明する場合、どう伝えますか?

野中:そうですね、説明するときは、「スピード」が速く登る競技、「リード」が高く登る競技と言っています(笑)。説明が難しいのが「ボルダリング」で、課題をいくつ解けるかという競技。見ている人には、なぜあそこで登れたのか、逆に登れなかったのか、わかりにくいところもありますが、単純じゃないからこその奥深さがあります。

 それに、課題に挑む前のオブザベーション(ボルダリングやリードクライミングで課題を観察し、どうやって登るかを考えること)の時間では、選手たちで話し合う。お互いライバルだけど、クライミングは自分との戦いなので、選手同士でああでもない、こうでもないって話しちゃうのは、他の競技にはない面白さだと思います。

◆クライミングは技とメンタルが重要

――「心技体」が求められるスポーツだと思いますが、全部で100%とすると、それぞれの割合は。

野中:全部必要なので…3等分になると思います。でも、大会に際して自分の「体」のレベルを上げておくのは当然なので、当日は「技」と「メンタル(心)」が大事ですね。また、オリンピックの3種目で言うと、「心技体」はボルダリングが一番必要かもしれません。実力があっても読み解く力やそのときの判断で、結果が大きく変わってしまうので。

――撮影の時は外岩をどんどん登っていました。両肩のケガの状態は?

野中:良くはなってきています。よく「もう治ったの?」って聞かれますが、完治はしていないです。週1〜2回、肩の強化トレーニングと病院でのリハビリを続けています。

――肩のリハビリは大変ですか?

野中:相当……キツいです!リハビリというより、もはやトレーニング。しかも、超キツいやつ(笑)。先生が力を加えての動作を地道に何十回と繰り返すんですけど、肩の中の筋肉がすごく痛くなる。いわゆるインナーマッスルをめちゃくちゃ鍛えてます。

◆じわじわ登るより瞬発的な動きが得意

――「スピード」は日本でナンバーワン。「トモアスキップ」も女子ではいち早く取り入れました。この技は本人から教わったのですか?

野中:見てできましたね。初めてやったのが’18年のアジア選手権。監督に言われて、大会3日前とかに試したらできたんです。実際にタイムも上がったので、練習を積まなくても速くなるならと始めました。でも、今は他の選手も取り入れてきていますし、焦るものがあります。

――それでも、パワー系では女子のなかで群を抜いています。もともとの素質なのか、トレーニングによるものなのか。

野中:素質…ですかね。じわじわ登るというより瞬発的な動きが得意だったので。でも、男子はもっとすごい。だから、あんな瞬発的な動きができたら、もっと楽しいだろうなと思います。

◆成績だけで判断される風潮が嫌だった

ーー18年3月に取材をさせてもらったときは、「一生かけて『強いクライマー』になりたいから、東京オリンピックも通過点として出場したい」とさらりと話していましたが、今の心境は?

野中:変わりました!そもそもクライミングはオリンピック競技じゃなかったので、あのときはまだピンときてなかったんです。「オリンピック?出られるならやるけど」みたいな。でももう、そんなこと思ってないです!ほんと私…ナメてましたね(笑)。今では、オリンピックの影響をつくづく実感しています。クライミングを知る人もすごく増えたし、実際、オリンピックを目指す選手も増えて、日本も急激に強くなった。もともと強かったけれど、自国でオリンピックをやるからって、選手がすごく強くなっていったのを体感しています。おかげで注目されて、いろんなものから刺激を受けて、戦いも厳しくなっていって。私も本気度がぐんぐん上がりました。本当にオリンピックって特別なものなんだなって今は思います。

――あのとき、「世界には大会やオリンピックに出場しない外岩専門のすごいクライマーがいるし、スポーツクライミングだけでなく総合的に強いクライマーを目指したい」とも言ってましたね。

野中:一時期、私は成績だけで判断される風潮が嫌だったんです。どれだけ内容が悪くても1位なら「すごい」って言われるし、最高の登りをしても1位じゃなかったら評価されない。いやそうじゃないでしょう、って。今もそういう考えは持ってはいるんですけど、実際のところ“結果”を求めていくのって、ものすごく難しく、目を背ける口実にしている部分もあったのかなと。「強いクライマー」になりたい思いは変わらないけど、じゃあ「強いクライマーって何?」って自問したら、まずは大会で成績を残すことだった。証拠を残す。すると1位、イコール強い、と簡単に示すことができる。

――それで、結果をより求めていくようになったんですね。

野中:結果を出すって、簡単じゃない。だから野口啓代さんのように、ずっとトップで居続けるって本当にすごいなって思うので、今はそこにチャレンジしているところです。

◆食事も徹底的に管理。好物のパンケーキが…

――パフォーマンスを上げるため、栄養士の指導を仰いで、普段から食事も気をつけているとか。

野中:血液検査をして、アレルギーを詳しく検査しました。すると、一見してわからなくても、体内では消化しにくいとか、いろんな反応がわかるので、そういう食べ物を避けてます。私は乳製品や小麦粉が良くないらしく、それが判明したときはパンケーキにハマっていたので、「キツい!」と思ったんですけど、今はまったく食べなくなりました。

――恋しいとは思わない?

野中:大丈夫です。一時期めっちゃ食べたんで(笑)。今の自分へのご褒美はタピオカミルクティー。ミルクを豆乳にできればいいんですけど、ミルクの入っていないお茶だけのものを。それかチョコレート系のドリンクですね。

――女性アスリートはメイクもしないのが自然体と見られがちなのに、一般の女のコたちと同じように、おしゃれも楽しんでいますね。

野中:見てる人もそのほうが楽しいだろうなって思います。以前は大会ごとに髪の色も変えてましたが、最近は落ち着いて(笑)。ファッションもこだわりはとくにないですけど、安く買ったアイテムが人に高価に見られたりすると、心の中で「よし!」ってガッツポーズします。

◆濃い目のメイクが自然

――スタイリストやメイクさんをつけたりしてます?

野中:全部自分でやっています。できれば撮影のときも自分でメイクしたいぐらい。私、メイクは濃いめなので、撮影では薄くされがちなんですよ(笑)。この間も、「練習のときのように自然な感じにしたい」って言われて。「練習でも大会でも、濃いのが自然なんだけどな」って思いつつも、薄く直されちゃいました。

――東京オリンピックの青海の競技会場についてイメージは?

野中:めちゃめちゃ暑いだろうな、としか思っていないです(笑)。日本の夏に屋外で…。実際、ドーハの大会やチャイナオープンも壁が外で暑くて、ホールドを触ると「熱っ!」って叫ぶぐらい。シューズも(緩衝)マットもゴムで熱を吸収するから足元も熱い。ドーハは夜に開催したけど、気温30°C超えで、昼間の直射日光を溜めて壁はアツアツのまま。意味なかったですね。

――東京では、いろいろと対策を講じてもらいたいですね。

野中:でも経験できたので大丈夫です。もはや最良のコンディションではできないと開き直っています。本番はそういうメンタルも大事になってくるでしょうから。

【Miho Nonaka】
’97年、東京都生まれ。9歳でクライミングを始めると、16歳で日本代表入りし、ワールドカップに出場。’16年に18歳でボルダリングのW杯インド大会とドイツ大会で優勝。同年に年間ランキング2位、’18年は1位。現在、東京五輪代表の有力候補になっている

取材・文/松山ようこ 撮影/渡辺秀之(インタビュー写真)

―[東京2020オリンピック]―


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  • 8/7 8:49
  • 日刊SPA!

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