侍ジャパン最年少の村上宗隆が五輪にかける思い「金メダルを獲る、獲りたい」

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 今や球界を代表するスターとなった。2000(平成12)年の早生まれ、プロ4年目の21歳。大学生ならば就活真っただ中の4年生が、すでにプロの世界で堂々たる活躍を続ける1億円プレーヤーとなった。

 オールスターゲームにも選ばれた。そして、いよいよ初戦が28日に迫った東京五輪野球日本代表「侍ジャパン」にも最年少で選出され、打線の中軸を託されるのは間違いないだろう。侍ジャパンの中で圧倒的な存在感を誇る若き大砲。かつて「肥後のベーブ・ルース」と称された「日本の四番候補」は今何を思うのか? 村上宗隆とはどんな男なのか――。

◆東京五輪は「楽しみ」よりプレッシャーのほうが強い

――いよいよ、東京五輪が開催されます。現在の心境としては「楽しみ」なのか、「不安」なのか、どのようなものなのでしょうか?

村上:「楽しみ」というよりは「勝たなきゃいけない」というプレッシャーや、「金メダルを獲る、獲りたい」という思いのほうが強いです。侍ジャパンに選んでいただいた責任感もありますけど、それ相応の結果で恩返しをしたいし、短期決戦なのでどうなるかわからない不安も……。それが今の率直な気持ちです。

――村上選手がプロ入りした’18年時点では「’20年東京五輪」の開催はすでに決定していました。入団当時は五輪を意識していましたか?

村上:入団したときにはとにかく一軍で活躍することが最優先でした。もちろん、プロでやっていけるのかどうかの自信もなかったし、最初は本当に一軍に必死に食らいつく気持ちだけで、オリンピックを意識することはほとんどなかったです。

◆1年の延期によって生まれた心境の変化

――本来であれば、プロ3年目となる昨年の開催でしたが、オリンピックは1年延期されて今年の開催となりました。1年の延期によって心境の変化は生まれましたか?

村上:本当ならば去年開催されるはずだったんですけど、延期が決まったときに「ちょっとチャンスがあるんじゃないかな?」っていうのは思いました(笑)。去年開催されていたら、まだそこまでのレベルじゃないと思っていたけど、去年ある程度成績を残したことで、「あとはしっかり守備をやるだけだな」と思っていました。

◆「早くから内野練習をやっていれば…」

――九州学院高校時代はキャッチャーでした。プロ入り後、ファーストとなり、現在ではサードを守っています。年々、守備の安定感も増しているように感じます。

村上:「早くから内野練習をやっていれば、もっと上手になれたのにな」と思うこともあります(笑)。

――キャッチャー出身だからこそ、打席に入ったときに配球が読めるとか、自軍投手の気持ちがよく理解できるとか、メリットもあるのでは?

村上:味方ピッチャーに声をかけるのは当たり前のことなので、特にキャッチャー経験者だから役に立ったとは思わないです。ただ、キャッチャーをやったことのない人よりは、キャッチャーとピッチャー両方の気持ちを理解できるというのはメリットかもしれないですけど、どのポジションも大変だと思います。

◆「若いから」という甘えはない

――侍ジャパンを率いる稲葉篤紀監督も「サードの守備も安定感があるし、パワーにも期待している」と語り、同時に「チームを引っ張る姿勢」も評価している旨の発言がありました。侍ジャパンの錚々たるメンバーのなかで「日本を引っ張っていく意識」はありますか?

村上:試合に出る以上、そういう責任はあると思います。普段、ヤクルトの四番は僕で、チームの中心だと思っています。「若いから」という甘えはないですし、それが普通だと思います。当たり前のことです。

※7/26発売の週刊SPA!のインタビュー連載『エッジな人々』から一部抜粋したものです

【Munetaka Murakami】
’00年、熊本県生まれ。九州学院高から’17年、ドラフト1位で東京ヤクルトスワローズに入団。高校通算52本塁打。’19年に36本塁打を記録し新人王に輝く。’20年は全試合で四番に座り打率.307、28本塁打。’20年オフ、年俸1億円に。188cm、97kg、右投げ左打ち

取材・文/長谷川晶一 撮影/ヤナガワゴ―ッ!


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  • 7/28 8:53
  • 日刊SPA!

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この記事のみんなのコメント

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  • 金メダル❔アメリカはメージャーの選手が誰も出てない❗🎵Olympicで野球をやる価値は有るのか疑問❔野球とソフトボールは要らない‼🎵🎵

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