ミスターラーメン「せたが屋」の社長が見据えるアフターコロナと新トレンド
いまや国民食として日頃から親しまれているラーメン。醤油、塩、豚骨、味噌などさまざまなジャンルが存在し、ラーメン店によってスープや麺のこだわりが異なるのも魅力だろう。
一方、競争が激しいラーメン業界において、長年暖簾を守り続けるのは並大抵のことではない。競合店との差別化はおろか、他業態の飲食店とも競り勝っていかなければならないわけだ。トレンドの移り変わりも早いなか、時代に求められる味をいかに提供できるかがラーメン店の生命線とも言えるのではないだろうか。
そんななか、「ミスターラーメン」や「カリスマラーメン職人」の異名を持つ、ラーメン業界の巨匠と言われているのが前島司さん。独学でラーメン店を開業して以来、個性あふれるラーメンを次々と世に送り出し、「せたが屋」や「ひるがお」などの人気ラーメン店を展開してきた人物だ。
競争が激しいラーメン業界で生き残るお店の特徴や、直近のトレンドについて前島さんに話を聞いた。
◆ラーメンをヒットさせるのは、並大抵のことではない
前島さんは一般企業の営業職やペンキ屋などの仕事を転々、紆余曲折を経て行き着いたのがラーメン屋を営むことだった。
飲食業の経験はなく、独学でラーメン作りを覚えて初出店したのが2000年。
当初はラーメンの味を安定させることができずに、一度閉店にまで追いやられたが、不屈の精神で奮闘し、魚介のうまさ引き立つ煮干し系の醤油ラーメンが特徴の「せたが屋」を繁盛店までに成長させた。
現在は国内外にラーメン店を展開し、5つのラーメンブランドを運営しているわけだが、前島さんはラーメン屋を成功させる秘訣についてどのように考えているのか。
「世間的には“ミスターラーメン”という肩書きで呼ばれたりしますが、私自身も苦労の連続でした。自分が編み出したラーメンの味がお客様に受け入れられずにブランドを撤退させたこともありますし、採算が取れずに閉店させた店も40店舗くらいに上ります。
要は、それだけラーメンをヒットさせるのは難しいということ。全国に数あるラーメン店のなかでお客様に長く愛され、有名店になるまでは相当の努力や、唯一無二の味を見出さないといけない。かつてはちょっと変わった趣向のラーメンを作ったり、奇をてらった打ち出しをすればメディアに取材され、知名度が上がりましたが、今ではお客様のラーメンに対する舌がこえている状況。話題性だけでは、一過性の盛り上がりで終わってしまいます」
◆有名になるまで辛抱強く、渾身の一杯を提供し続けること
おいしいラーメンを作るのはもちろん、店主のストーリーやブランドの見せ方、立地選び、出店するタイミング……。あらゆる要素が整うことで、初めて繁盛するラーメン店になりうるという。
「このような状況でラーメン店をヒットさせるには、ある程度の辛抱強さを持って、目の前のお客様に渾身の一杯を提供し続ける気構えが大切になってきます。当たり前のことですが、毎日丹精込めて仕込みから調理までを行い、味をぶらさないようにすること。小さいことを積み重ね、ラーメン職人としての情熱を持って粛々とやっていくのが基本だと思います。
もちろん、カンフル剤として期間限定のキャンペーンで話題化を狙うのもいいですが、一時的な繁盛で終わってしまうので、根底にあるラーメンへの熱意を絶やさないことが何よりも大事になってくるでしょう」
◆早すぎても、遅すぎてもいけない。その見極めこそが大事
前島さんは、ラーメン職人として独自性のあるラーメンを生み出し、世に広めたいという想いが強かったことで「どうしても色々とやってみたくなり、早く新しいラーメンを出したいという焦りにつながってしまった」と振り返る。
「今ではラーメンフリークに支持されている、野菜をポタージュ状にした『ベジポタラーメン』や味噌、塩、醤油などの調味料を使わない『ラーメンゼロ』などは、ブームになる前に私がお店で出していたんです。
しかし当時は、お客様にあまり受け入れられず、反応もいまいちだったので、現在では業態としては展開していません。自分で考案したユニークなラーメンを世に出そうと先走ってしまい、マーケティングや出店タイミングをないがしろにしたのが失敗した要因だと今では分析しています」
◆ラーメンのデリバリー需要はいずれ減少していく
時代とともにラーメンのトレンドは移り変わる。昨年から続くコロナ禍ではライフスタイルや消費者の志向に変化などが生じている。ことラーメンに関してはどのようなものが注目されているのだろうか。
「いっときデリバリー対応の重要性から、混ぜそばが注目されていましたね。ラーメンらしさはないかもしれませんが、麺は伸びないし、スープも冷めないので、デリバリー需要にはマッチしていました。
ただ、私自身感じるのは『いずれラーメンのデリバリー需要は下火になる』ということ。注文してから届くラーメンは、だいたい1500円~1600円くらいと割高で、かつ作り立てではないので、鮮度も落ちる。さすがにお店よりも高い値段で、冷めたラーメンを食べるのはこの先なくなっていくのではと考えています。次第にお客様がお店へ戻ってくるのは、ごく自然の流れだと思っているので、デリバリーに関してはあまり注力はしていないですね。
◆つけ麺、二郎系の次は水鶏系ラーメンがトレンド
2021年7月15日から東京駅一番街「東京ラーメンストリート」内に、“ご当地ラーメンチャレンジ by 東京ラーメンストリート”と題する期間限定店舗がオープンした。
前島さんは、このプロジェクトにおけるラーメン店の誘致を手がけ、東京では食べられない今旬なラーメンをピックアップしているという。
「ラーメン好きなら誰もが知っていて、店主のラーメンにかける情熱や頑なな気持ちがあふれているお店と交渉しました。このような期間限定のスタイルでは、絶対に出てもらえないラーメン店にお声がけしているのが特徴です。
第一弾は“ラーメンの鬼”の名で知られた故・佐野実氏の『支那そばや』(神奈川県)。少し前はつけ麺や二郎系が流行り、今まさにトレンドなのが淡麗系を進化させた水鶏系(水と鶏だけをベースとしたラーメン)なんですが、水鶏系の流れの源流として名高い支那そばやの味を、東京ラーメンストリートで味わえます。
今後もラーメン史を語る上では外せない、全国のご当地ラーメンを紹介する橋渡し役として尽力したいと考えています」
◆チェーン展開でも気を抜かず、ラーメンのおいしさを追求する
前島さん自身が運営する「せたが屋」ブランドも、アフターコロナを見据えてこれからもラーメン道を邁進していくそうだ。
「お客様に喜ばれるおいしいラーメンを作り続けること、そして情熱を持ち続けることは変わらぬ姿勢として大事にしていきます。何が次に流行るのかははっきり言って誰も分からない。ただ、普遍的な中で文化として継承されていくものもあれば、革新的なものも生まれる。ラーメンの世界は相変わらず百花繚乱ですが、それが1年で消えるのか20年続くのかはお客様が決めることだと思っています。
他方で、せたが屋は2016年に吉野家ホールディングスのグループなので、チェーン展開を視野に業態の拡大をしていく準備もしていく必要性がある。まだまだ道半ばですが、やるからにはチェーン店であってもブランドを安売りしたり、手を抜いたりせずに、強い信念を持って、本物のおいしさを追求していきたいですね」
<取材・文・撮影/古田島大介>
【古田島大介】
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている