「3週間なかっただけで…?」彼氏からの誘いを断りつづけた女が、朝からうけたまさかの仕打ち
29歳。
それは、女にとっての変革の時。
「かわいい」だけで頂点に君臨できた女のヒエラルキーに、革命が起きる時──
恋愛市場で思うがままに勝利してきた梨香子は、29歳の今、それを痛感することになる。
ずっと見下していた女に、まさか追いつかれる日が来るなんて。
追い越される日が来るなんて。
◆これまでのあらすじ
珍しく、自ら積極的にアプローチしていた梨香子だったが、ある日を境に豪からの連絡が疎遠になる。嫌な予感がした梨香子は絢を問い詰めると、豪と付き合いはじめたと白状された。しかしその後、絢からとある告白をするLINEが届き…
▶前回:「まさかあの2人、付き合い始めた?」焦りのあまり恋敵の自宅に突撃し…29歳女がとった奇行
気が付くと、窓の外は真っ暗になっていた。時計の針はもう23時過ぎを示している。
絢との口論(と言っても、私が一方的に喚いていただけだが)を終え、どれほど時間がたっただろう。
仕事から帰ってきて服も着替えず、電気もつけず、何時間も床に座ったままだった。
それだけ、ショックだったのだ。
「…隠すようなことじゃないから、ハッキリ言うね。私、豪さんと付き合い始めた」
絢が気まずそうに、それでも淡々と語ったその事実だけじゃない。
もちろん、それはそれで私の自尊心をめちゃくちゃに傷つけ、最高に苛立たせた。
でも今、私の心は…
左手の中で煌々と光るスマホにつづられた、絢からの長文メッセージに支配されていた。
絢からの告白、その内容とは?
<Aya:今までずっと黙っていたんだけど、この際だからちょっと告白するね。>
そんな書き出しではじまった告白は、何スクロールも要するほどびっしりと文字が並んでいた。
そしてその内容は、予想もしていなかった、私に対する感謝だった。
高校時代、絢には2年間想いを寄せていた陸上部の先輩がいた。卒業式の日に、絢は思い切って告白したけれど玉砕。そのすぐ後に、その先輩は私に告白をしてきた。
私は先輩のことが全くタイプじゃなかったから、結局付き合わなかった。だから、その事実は絢に知られていないと思っていたけれど、絢は風の噂でそのことを知ったらしい。
そして、その1年後。
私は半ばダメ元で受験した慶應大学に合格した。一方の絢は、慶應を第一志望にしていたが合格には届かず、立教大学に進学。
この2つの出来事が、絢を奮い立たせたらしい。
<Aya:恋愛でダメならせめて勉強で。そう思って必死で努力したのに報われなかったときの悔しさは、今でも忘れられないの>
正直、私は恵まれている。ルックスだけじゃない、生まれ持った運の良さだってある。だから、先輩が私に恋をしたことも、慶應に合格したことも、自分の実力のうちだって思っている。別に絢を蹴落とした結果でもなんでもない。
だから、絢から嫉妬心を向けられていたなんて…これっぽちも知らなかった。
<Aya:梨香子からしたら、それだけのことで?って思うかもしれないよね(笑)。しかも、もう10年以上も前のこと。だけど、私にとって高校時代のあの2回の屈辱は、「絶対、梨香子のこと見返してやる」って本気で思わせるのには十分だったの…>
別に恨んでいたわけじゃないよ、と付け加えた絢は、立教大学に進学後、必死で色々と努力したそうだ。驚いたけれど、プチ整形もしたらしい。慶應の大学院にも進学し、今の有名外資系企業への就職を勝ちとった。
<Aya:もちろん、途中からは梨香子を見返したいっていうモチベーションは薄れて、レベルアップしていく実感が快感になっていったよ。だけど、そのきっかけになったのは、間違いなく梨香子だった。
だから、豪さんと付き合えるような女になれたのも、元をたどれば梨香子のおかげなんだ。本当に感謝してる。>
そんな言葉で締めくくられたLINEのあとに、可愛らしいクマのスタンプが添えられていた。
絢に何か攻撃的なことをされたわけじゃない。遠い昔、勝手に屈辱を感じられ、勝手に努力していた。正直、私は何も関係ない。
だけど、結果的に豪さんをとられたという事実だけが残った。
膨大なショッキングな情報と複雑な心境を処理できず、その日私は一睡もすることができなかった。
豪との恋が成就しなかった梨香子。その後の恋愛事情にも変化が…
翌朝。
8時に鳴り響くアラームを止め、必死の思いでベッドから這い出た。一睡もできなかった体は鉛のように重い。
もっと若い頃は、朝まで飲んで、少しだけ家で休んでから会社に行くことだってあった。
この体の変化は加齢によるものなのか。それとも、昨日のショックからくるものなのか。もうよくわからなかった。
いつものルーティーンで窓を開け、コーヒーを飲みながらスマホをチェックした。
<光平:今日どうする?>
自分に恋人がいるということを、たまに忘れてしまう。そういえば、今日久々に会う約束をしていたことを思いだした。
…けれど、このメンタリティで会う気にはなれないし、流石に疲労困憊。
<梨香子:光平、ごめん。今日はちょっと厳しそうで…。リスケでもいいかな?>
私だって人間だ。光平に対する申し訳なさはしっかりと感じている。
…けれど、いつの日にか偶然目撃した、西麻布で光平が楽しそうに女の子と歩いている映像が脳裏によみがえると、それは免罪符になり、私の心を少しばかり軽くする。
― ごめんね、光平。これからはちゃんと光平にも向き合うから。
心の中でそう呟いていからコーヒーを飲み干し、マグカップをテーブルに置いた。と同時に、光平から返信があった。
あとで返そうと思っていたが、ふと視界に入ったその文字の羅列に全身から血の気が引いていくことを感じた。
<光平:梨香子、俺と付き合う気ある?…もう俺たち無理じゃないかな?>
思わず、数少ない光平との楽しかった思い出がフラッシュバックした。
だけど、光平と最後に会ったのはかれこれ3週間以上前。しかも、いつも会おうと言ってくるのは光平ばかり。私からデートに誘うことはない。
こう言われてしまっても致し方ないということは頭では理解できる。…だけど、豪さんをとられてしまった今、これからちゃんと光平に向き会おうかと思っていたところだ。
…都合がいいことは重々承知している。それでも…
<梨香子:ちょっと待ってよ。どういう意味?>
<光平:どうもこうも、もう別れたほうがいいよね。俺ら>
<梨香子:ごめん、今日は本当に体調悪くて…>
<光平:いっつも体調悪いよね…>
たしかに、何度か体調不調という理由でドタキャンしたことがあった。今回は本当といえば本当なのだが…。
<光平:無理してまで付き合ってもうまくいかないよ。もう終わりにしよう>
LINEで終わらせるなんてと思ったけれど、雑に扱われて当然だと思った。私が光平を今まで雑に扱ってきてしまったんだから。
悪いことは重なるものだ。
一気に脱力して、ソファにもたれ込んだ。もう出勤する気力すら起きず、会社に体調不調という連絡をいれ、有給を取得することにした。
ー いい大人になって、何をやってるんだろう…。
豪さんも光平も失った今、押し寄せてくるのは悲しみよりも自暴自棄な感情だ。
ー ふざけないでよ…。私がこんな酷い目にあうなんて、間違ってる。豪さんが手に入らなくても、光平がいなくなっても…、この私が、絢に負けてるわけがないじゃない。
いてもたってもいられなくなった私は、たった今、光平との終わりを告げたスマホを手に取った。
LINEを立ち上げて「友だち」のリストをひらけば、そこに並んでいるのは、私のことが欲しくてたまらない男たち。
ズラリと並べられたコレクションをひとつずつ手に取るように、片っ端からLINEを送り始める。
「大丈夫、私はかわいい…私は幸せになれる…」
朝日が差し込む部屋の中で、私はひたすらそう呟きながら指先を動かしていた。
▶前回:「まさかあの2人、付き合い始めた?」焦りのあまり恋敵の自宅に突撃し…29歳女がとった奇行
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次回最終回:梨香子が一斉にLINEを送りつけた結果、思わぬ事態に…。果たして梨香子は幸せになれるのか?