取り調べ中にパンツの中から大麻が…熱血弁護士の奮闘劇<薬物裁判556日傍聴記>

 薬物事案の裁判を556日間傍聴した斉藤総一さんの法廷記。今回紹介する事件は、21歳無職男性の大麻所持だ。実際の使用量と逮捕時の所持量が異なる可能性を考えれば、薬物事案の罪の軽重は一概に所持量だけで計れないだろうが、1g強というから大量とは言えないだろう。これまで本連載で紹介した中には㎏単位の所持で逮捕された例もある。

 被告が初めて大麻や覚せい剤といった薬物に触れたのは10代初め。高校中退で少年院送致の経歴がある。とはいえ、この法廷の見所は、実に弁護人によるこの被告への“愛ある伴走ぶり”だった。

※プライバシー保護の観点から氏名や住所などはすべて変更しております。

◆大麻である乾燥植物片約1.239gを所持

 まずは検察による起訴状の朗読から始まります。

検察官「公訴事実。被告人は、みだりに平成29年5月6日、埼玉県さいたま市浦和区南高砂2丁目1番10号、浦和南警察署において、大麻である乾燥植物片約1.239gを所持したものである。罪名および罰条、大麻取締法違反、同法24条の2第1項。以上です」

被告人はこの事実を認め、次に冒頭陳述、証拠請求と続きます。

検察官「それでは証拠により証明しようとする事実について述べます。まず被告人の経歴の概要ですが、被告人は滋賀県大津市内で生まれました。高校を中退し、その後は建築作業などをしておりましたが、犯行当時は無断で欠勤を続けていました。婚姻歴はありません。前科はありませんが、少年時代に詐欺による中等少年院送致歴等がございます。

犯行状況についてですが、密売人から購入し、使用していた大麻を所持していたものです。本件は窃盗で現行犯人逮捕され、浦和南警察署で取り調べを受けていた際に、下着内に隠匿していた大麻が入ったビニール袋を床上に落としたことで発覚したものであります」

◆なぜこのようなことに?

 この後に検察が突っ込むのは、もちろん「浦和南警察署で取り調べを受けていた際に、下着内に隠匿していた大麻が入ったビニール袋を床上に落としたことで発覚した」という点です。なぜこのようなことになったのでしょうか。

検察官「それでは証拠の要旨について、ご説明します。場所については、起訴状に記載されている浦和南警察署の刑事課の第3取調室で、7つの乾燥植物片入りのビニール袋、パイプを発見しました。取り調べの開始時点では、床上にそれらのブツはなかったところ、被告人の取り調べ中に、室内の机の下に乾燥植物片7袋などを発見し、本件事件が発覚しました。警察官が被告人に対して『何か落としたか?』と聞きましたところ、当初は『何が落ちているんですか?落ちているんなら俺のじゃない』と述べましたが、その後、『ああ、俺のマリファナだよ。これ見つかるとさらに20日長くなっちゃうじゃん』などの言動があったことが記載されております。

 今回持っていた大麻は、今年の5月上旬頃、都内の新宿歌舞伎町でキャッチ、つまり大麻を売ってくれた方に声をかけられ買ったものであった。今年3月頃に再び大麻を買って使うようになった。5月上旬頃に買った大麻は約5gで値段は3万円で今回発見された大麻は、使った残りの大麻であった……といった状況などが述べられております。また窃盗事件で現行犯人逮捕され、浦和南警察署に連れて行かれた際、当初は大麻をパンツの中に入れていたこと、その後、パンツの中から出して床に落とし、自分の机の向こう側の床に足で移動させたことなどが述べられております(後略)」

◆弁護人の言葉に込められたメッセージ

 略歴を鑑みても「素行不良」の誹りはまぬがれないでしょう。しかし、この被告に対して、ここから弁護人が誘導尋問するように、二人三脚で伴走します。

弁護人「君が持っていた大麻、これは5月にどこで買った大麻?」

被告人「新宿です」

弁護人「5gと調書に書いてあったけど間違いないか?」

被告人「はい」

弁護人「何回くらい使った?」

被告人「一概には言えないですけど、1gにつき12、13回くらい」

弁護人「12、13回も使えるの? そのパイプも一緒に押収されたよね?」

被告人「はい」

弁護人「使い方は、パイプで吸うだけ?」

被告人「いえ」

弁護人「色いろな使い方があるんだよな? どんな使い方があるんだ?」

被告人「巻紙に巻きたばこのよう吸うこともあります」

弁護人「巻きたばこのようにして使う時と、パイプで使う時とは、使用量っていうのは違うのかな?」

被告人「はい。パイプで吸う場合は0.2g位で、巻きたばこにして吸う時は、0.8~1gを使います」

弁護人「すると、巻きたばこで吸ったら4、5回くらいでなくなっちゃうわけか?」

被告人「はい」

 一口に大麻が5gというが、実際に使用するとなるとどの程度の回数になるのか。「4、5回くらいでなくなっちゃうわけか?」の行間には「常習性はないわけだよな」というメッセージが込められているかのようです。

◆弁護士と被告のスタンスや関係性が顕著に

 そして、こういったやり取りは本法廷において終始続きます。

弁護人「それで、この大麻を最初に吸ったのはいつ頃?」

被告人「中学1年くらい」

弁護人「それからずっと吸ってたの?」

被告人「いやずっとではないです。やめたり、やめなかったり」

弁護人「うん。ここ1年だと、どれくらい?」

被告人「ここ1年は数えるくらいですかね。その7月上旬に買ったのが2回目くらい。やめてて」

弁護人「やめた期間ってのはどれくらいあるの?」

被告人「2、3年」

弁護人「どうしても大麻がなきゃ毎日過ごせないってわけじゃないんだな?」

被告人「はい」

弁護人「うんうんうん。中学の時、初めて使ったのは、これはイタズラだよな? 中学時代なんてのは、だいたいそうだし」

被告人「はい。好奇心というか」

 このやり取りには、この法廷での弁護士と被告のスタンスや関係性が顕著に出ているように思えます。「心証が悪いのは仕方ないが、フタを開けてみればそれほどのことではないよな」と伝える意図です。

◆常習性をやんわり否定していく

 そこで、弁護士は、被告と薬物の関係にもう一歩踏み込みます。

弁護人「他の薬物は使ったことある?」

被告人「はい」

弁護人「どんなの使った?」

被告人「覚せい剤、LSD、コカイン、エクスタシー、ラッシュなどです」

弁護人「何でも吸ってみた?」

被告人「はい」

弁護人「どうだった?」

被告人「いや、気分が悪くなるだけなんで、興味もわかなかったです」

弁護人「では全部と縁が切れたと言っていいのかな?」

被告人「はい。どれも最初だけっすね」

弁護人「後は、もうない?」

被告人「はい」

弁護人「大麻は何年かにいっぺん、ちょっと吸ってみたくなることなの?」

被告人「はい」

弁護人「あの、そうすると…あっ、そうだ、パイプはどこで買ったの?」

被告人「寮の近くにあるタバコ屋さん」

弁護人「大麻の密売人から買ったというわけではないんですか?」

被告人「はい」

弁護人「大麻を買ってから『じゃあ吸ってみるか』と買ったわけ?」

被告人「はい」

弁護人「いくらでした?」

被告人「1000円くらいでした」

弁護人「じゃあ、やめようと思えば、やめられる?」

被告人「はい」

弁護人「うん。懲りた?」

被告人「はい」

弁護人「うん。どのくらい勾留されています?」

被告人「3ヶ月弱」

弁護人「大麻吸って3ヶ月。割に合わないよな?」

被告人「はい」

「薬物摂取の経験はあるが、それは若さゆえの好奇心で、被告は薬物に近い距離感にいるわけではないし、顔見知りの売人がいるわけでもない」――弁護士は諭すように質問をしながら、常習性をやんわり否定していきます。

◆再犯に及ぶ可能性は低いと示唆している?

 そして、発端の窃盗事件について。

弁護人「この事件が発覚したのは先ほど検事が読んだ記録のとおりで、窃盗の時に、発覚されたということだけど、どんなことしたの?」

被告人「…」

弁護人「今回の浦和駅のやつね」

被告人「ああ…」

弁護人「スリって書いてあるんだよ。どんなことをやったんですか?」

被告人「寝ている人のカバンから財布をすった」

弁護人「寝ている人のカバンを盗った」

被告人「はい」

弁護人「格別、電車の中で相手からスリ盗るとか、そういう技術を持っているわけじゃないのか?」

被告人「はい」

弁護人「現行犯で捕まっているな?」

被告人「はい」

弁護人「どう思った?」

被告人「……」

弁護人「どう思ったんだ、捕まってみて。バカなことをしたと思っているとかさ」

被告人「何でこんなことしたのかなって…。」

弁護人「うん。当時はいくらくらい持ってた?」

被告人「3万円弱」

弁護人「3万円持っていたんだな。それでも、もうちょっとと思ったわけ?」

被告人「…あんまり覚えていないです」

 こちらも手法は同じ。「スリで捕まったとはいえ、どんな手管(悪質性)があるのかと思えば、置き引きをそう表現されてしまっただけ」と。被告に所持金を言わせたのは、困窮した状況にあるわけではなく、生活の不安定さから再犯に及ぶ可能性は低いと示唆しているのでしょうか。

◆過去の素行についても掘り下げる

 弁護士はさらに、過去の素行についても掘り下げます。

弁護人「あの、検事も冒頭陳述で言っているけど、少年院に入っていたんだって?」

被告人「はい」

弁護人「少年院に入った罪名は、私としてはあまり見たことがない罪名なんだよ。『詐欺 借用 未遂』と書いてあるんだけど、あんまり見たことのない罪名なんだよな。私からすると」

被告人「はい」

弁護人「何をやった?」

被告人「あんまり覚えていないですけれど。無銭飲食じゃないですけれど、タクシーの金を払っていなかったりとか…」

弁護人「それで、ちゃんと後で払いますって弁解したから?」

被告人「たぶん…そうだったんだと思います」

弁護人「うん。未遂の意味はね」

被告人「はい」

弁護人「少年院は教育のためだけど、刑務所はそうじゃないって前に言ったよな? 私」

被告人「はい」

弁護人「うん。留置されてみて、それは感じましたか?」

被告人「はい」

弁護人「うん。今回結構留置場では親切にしてもらったみたいだけれども、だからといって長居したい場所ではないわな?」

被告人「はい」

 この後、被告が逮捕直前に無断欠勤したまま行くのをやめた解体屋が改めて身柄を引き受ける旨を確認し、弁護人による被告人質問は終わります。

弁護人「2度と薬物だけじゃなくて、刑事事件に関わる事はないと、約束できるか?」

被告人「はい」

弁護人「終わります」

◆検察はそんなに甘くない

 しかし、当然ですが検察はそんなに甘くありません。被告は明らかに犯罪傾向を持つ人物だと断じます。

検察官「それでは本件に対する検察官の意見を述べます。まず事実関係ですが、本件は取り調べ済みの各証拠により、その証明は十分であると考えます。そこで情状関係について述べます。本件は大麻により得られる薬効を得る目的での犯行でありまして、もとより酌量の余地は全くないといえます。

 また、狡猾な対応で、大麻への親和性も見られます。被告人に前科はございませんが、かねて詐欺などによる中等少年院送致歴などがあったなかで、成人後まもなく本件犯行に及んでおり、下着内に隠匿しており、警察官への発覚を免れようとするなど、対応は狡猾であり、“規範意識の鈍麻が著しい”と言えます。

 大麻の所持量も少なくないうえ、使用済みの残りが付着したビニール袋の量にも鑑みれば再犯の恐れも高いと言えます。以上から被告人の刑事責任は重いと言わざるをえません」

 ということで、裁判官による判決は大麻取締法の条文通りになりました。

裁判官「それでは直ちに判決の言渡しを行います。主文、被告人を懲役6ヶ月に処する。この裁判が確定の日から2年間、その刑の全部の執行を猶予する。さいたま地方検察庁で保管中の大麻2袋、平成29年xx検領第xxxx号符合1、2を没収する。なお訴訟費用がありますが、これは、あなたには負担をさせません。もう1度言いますね。懲役6ヶ月です。それから2年間の執行猶予と。それから大麻がありますけど、これは没収するという判決です(後略)」

◆裁判官が更生を促す言葉を

 判決は通例通りですが、被告が若く初犯だからでしょうか、判決後に裁判官が更生を促す言葉をかけます。

裁判官「執行猶予について説明しておきますが、すぐに刑務所に入るということはありません。しかしながら執行猶予期間中に何らかの犯罪を犯すと、執行猶予が取り消されて刑務所に入ることになります。その場合は、改めて犯した罪の刑の期間と、今回の執行猶予が取り消される刑の期間を合わせた期間、服役するということになりますから、長い期間刑務所に行くことになりますよね?」

被告人「はい」

裁判官「そのあたりも十分に注意してくださいね。そしてね、弁護人も今回色々と危惧されて、雇用主の方の書面などを用意していましたけど、あなたにとって大事なことはまず帰住先。寮があるようなので、まずは生活できる場に落ち着くこと。そして、しっかり仕事をすること。ツラいからといって前みたいにすぐに逃げてしまうと、またこういう道に走ってしまいますから。まずはしっかりした生活をして、そのうえで違法薬物には二度と手を出さないという固く決意すること。これをしっかりしてくださいね」

被告人「はい」

         ***

弁護人の頑張りで、判決が変わることは現実にはあまりないだろう。とは言え、この弁護人の印象が最も残ったのは被告ではないか。

自身に寄り添おうとする弁護人の態度が、今後、被告がなにかの岐路に立たされたときに正しい道を選ぼうとする助力になるかもしれない。そう思うと、この法廷での弁護士の態度はムダではない気がする。

<取材・文/斉藤総一 構成/山田文大 イラスト/西舘亜矢子>

―[薬物裁判556日傍聴記]―

【斉藤総一】

自然食品の営業マン。妻と子と暮らす、ごく普通の36歳。温泉めぐりの趣味が高じて、アイスランドに行くほど凝り性の一面を持つ。ある日、寝耳に水のガサ入れを受けてから一念発起し、営業を言い訳に全国津々浦々の裁判所に薬物事案の裁判に計556日通いつめ、法廷劇の模様全文を書き残す

2021/7/21 8:52

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