ハイスぺ地味男の新恋人に、態度が豹変した女がささやく“禁断の一言”とは…?
「あのコは、やめた方がいい」
恋人との交際を友人から反対されたら、あなたはどうしますか。
愛する人を、変わらずに信じ続けられますか。
そして、女が隠す“真実”とは…?
これは、愛と真実に葛藤する男の物語。
2019年7月
― 僕に、こんな幸せが訪れるなんて…。
誠はお台場海浜公園のベンチで、恋人の肩を抱きながら幸福感に酔いしれていた。
隣に座るのは、恋人の咲良。
長い髪に爽やかな白いブラウスが似合う素敵な女性だ。彼女とはマッチングアプリで出会い、先日から交際を開始したばかりである。
明るく活発な咲良は、シャイで頭でっかちな誠とは正反対。だからこそ、誠は足りない部分を求めるように、彼女に強烈に惹かれているのだ。
― 咲良と一緒にいると、気持ちがどんどん明るくなるんだよな。
誠に恋人ができるのは、実は10年ぶり。学生時代、食事会や友人の紹介で出会った女性と交際したこともあるが、すれ違いなどが理由で1ヶ月ともたなかった。
いま誠は、大手産業用機器メーカーの設計・開発エンジニアをしている。
中学から男子校で、大学は地方国立大の工学部。そのうえ趣味も野球観戦にゴルフ、と女性に縁がない環境で過ごしてきた。
誠は女嫌いというわけではないが、人生において恋愛の優先度が低かったのだ。
「誠さん。そろそろ食事に行きません?お腹減っちゃった」
咲良は誠の腕の中ではにかんだ。気がつけば空は赤く染まっている。
「あ…ごめん、もう、18時すぎてるね」
本当はもう少し抱き寄せていたいと思った。でもそんなことを口に出すと、久々の恋人で浮かれていることが彼女にもバレてしまうな、と考える。誠は、男として多少のクールさは守りたいのだ。
誠は咲良の手を引き『デックス東京ビーチ』の近くにあるカジュアルイタリアンにエスコートしたのだった。
誠が咲良を案内したお店とは…
憧れの2人
「誠。そのイタリアンって、ファミレスでしょ」
デートから3日後の週末。
奥久保誠は中学からの親友・圭一とその婚約者・真紀とともに、自宅の近所にある行きつけのビストロで夕食をとっていた。デートの話を聞いて、圭一は爆笑し真紀はあきれている。
「まさか誠くんって、女を試しているの?」
「いやー…美味しくてコスパもいいし、ゆっくりできるかなって」
誠はそんな2人の反応が理解できなかった。
「まだ付き合って1ヶ月だよね。私はちょっと失礼だと思うけど?」
「でも、それが誠のベストだったならしょうがないじゃん」
圭一は若干引き気味の真紀をいさめるよう、誠をフォローした。誠はその言葉にそれ見たことか、と満足げだ。
「彼女も楽しそうだったよ。しかもちゃんと自分の分も払ってくれたんだ。2人で5千円もしなかったのにさ」
「めっちゃいい子だね。早く紹介してよ」
その圭一の言葉に、真紀の頬がふくらんだ。
「私だって払いたいけど、圭一が払わせてくれないじゃない」
真紀は自分への当てつけと感じたのだろう。しかし、圭一は当たり前のようにこう返すのだった。
「俺は単純にカッコつけたいだけだよ。奢らせてもらわなきゃ、わざわざ時間作って一緒にいてくれる真紀に申し訳ないし」
「もう、そんなことないって…圭一ったら」
一瞬で和らいだ表情になる真紀。その言葉はリップサービスではなく、まぎれもない圭一の本心だ。そんな謙虚な姿勢も、誠が彼を尊敬しているところなのだ。
圭一は都内の大手法律事務所で弁護士をしている。一方、真紀は有名アーティストのレコーディングにも参加し、ソロでも活動するヴァイオリニスト。容姿端麗で家は代々会社を経営している正真正銘のお嬢様である。
婚約中ではあるものの、2人はすでに夫婦のような気取らない関係だ。
上流の世界を知りながらも、誠のような地味な男にも気さくに接してくれる。2人は自分にとって自慢の親友であり、理想のカップルなのだ。
彼らに憧れて素敵な恋人が欲しくなり、誠は10年ぶりに重い腰を上げた、というところがある。
「じゃあ、再来週の土曜、うちで集まる?ボスからドンペリ貰ったんだ」
圭一が提案してきた “彼女お披露目会”の呼びかけに、誠は顔を上げた。幸いその日はまだ予定が入っていない。
「わかった、聞いてみる」
「今年の夏は、4人で旅行やキャンプに行けたらいいよな」
アウトドア好きの圭一は真紀に微笑むが、彼女は「仲良くなれるかしら」と不安な声でつぶやく。その瞬間を、誠は見逃さなかった。
真紀は女友達が少ないらしい。
そういえば彼女の口から女友達の名前を一切聞いたことがない。お嬢様育ちゆえ、隙がなく敬遠される存在だからなのだろう、と誠は思っている。
一方、篠宮咲良は誰とでも分け隔てなく付き合えそうな明るさがある。きっと真紀とも仲良くなれるだろう。
― ゆくゆくは、家族ぐるみでバーベキューとか…なんて。
帰り道、誠は近い未来を想像して口元を緩ませるのだった。
咲良を圭一と真紀に紹介するが、2人の反応はそれぞれで…
不穏な彼女
土曜日、ついにお披露目会の日がやってきた。
誠と咲良は昼前に目黒駅で待ち合わせてから、圭一の家まで一緒に歩いていく。目的地には、遠目でも目立つ大きな一軒家が建っていた。
圭一はこの家に両親と妹と共に住んでいて、家族4人で暮らすには十分すぎる広さがある。彼がいまだに実家暮らしなのは、勤務先が実家に近いという理由だそうだ。その日は、両親が朝から外出しているから不在だと言っていた。
誠は何回も訪れたことがある場所だが、そのきらびやかな雰囲気はいまだに緊張する。咲良も彼の家を見てテンションが上がっていることは、はた目でもわかった。
彼の家のお手伝いさんに案内され、誠はリビングに足を踏みいれる。
「誠。こっちだよ」
大きな窓を開放した先にあるガーデンテラスで、圭一が笑顔で手を振っている。横にいる真紀もにっこり笑いながら、テーブルに食事の準備をしていた。
7月の初夏の日差しのなか、緑に囲まれた美しい2人。まるで映画のワンシーンにいるかのようだと、誠は思わずため息をついた。
「お待たせしました。こちら、僕の彼女の篠宮咲良さん」
誠が咲良を紹介すると、圭一は「どうも」と笑顔で頭を下げた。
「彼は圭一。僕の中学時代からの友人だよ。こちらの真紀さんは彼の婚約者で…」
「可愛い子だね。誠にはもったいない!」
圭一は食い気味に嬉しそうな声を上げた。誠は咲良と恥ずかしそうに顔を見合わせる。
「素敵なおうちに、こんな格好でごめんなさい。てっきり、誠さんといつも行くような所で会食だと思っていたから…」
光沢ある赤いワンピース姿の真紀を見て、咲良はボーダーのTシャツにデニムパンツ姿の自分を気にしているようだ。緊張から少し足が震えている。
「ああ、そうか。お台場でファミレスの話、聞きましたよ。こいつ女慣れしてないから、ごめんなさいね」
「うるさいなー。お前みたいなモテ男と俺は違うんだよ」
小突かれつつも圭一は満面の笑顔だ。喜ぶ彼に誠も嬉しくなってしまう。その様子に、咲良の心も徐々にくだけてきているような気がした。
その後はお酒の力もあり、テラスには楽しそうな笑い声が響く。
法廷並みの鋭い質問をする圭一に、咲良は戸惑いつつ恥ずかしそうに答えている。その顔が可愛らしくて、誠は優しい笑顔で彼女を見つめていた。
― あれ?そういえば…。
…宴もたけなわのなか、誠はふとあることに気づく。
咲良を紹介して以来、真紀が一言も話していないのだ。
彼女は黙々と誰とも目を合わせずにグラスを傾け、手持ち無沙汰を隠すように片付けや料理の準備をしている。このような場面では、いつも会話に入ってくるはずなのに相づちもしない。
― 人見知り、しているのかな。
誠は真紀を気遣うつもりで、話しかけてみた。
「真紀さんって、咲良さんと同じ29歳だよね。同学年じゃない?」
真紀の肩が静かに揺れる。話を振られるとは思っていなかったのだろう。彼女はしばらく沈黙してから、急に小さな声でつぶやいた。
「私はいいでしょ…」
真紀は「ちょっと電話してくる」と言い残して、テーブルから立ち上がり庭から出て行ってしまった。その不自然な態度に、誠は年齢のことが気に障ったのだと直感し彼女を追いかける。
「ごめん、真紀さん。デリカシー無くて」
その言葉で真紀は立ち止まり、潤んだ目で誠を見つめた。親友の恋人にもかかわらず、美しい瞳にドキッとしてしまう。
「…真紀、さん?」
真紀は誠の腕をぎゅっとつかんだ。そして、部屋の死角に引きずり込んで、耳元でそっと囁いたのだった。
「誠くん…あのコは、やめた方がいいと思う」
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突然の忠告に戸惑いを隠しきれない誠。真紀の言葉の理由とは…?