ピクサー・アニメーション・スタジオ製作映画『あの夏のルカ』あらすじネタバレ&独自の視点からレビュー

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6月18日より配信サイトDisney+で公開された、ピクサー最新作『あの夏のルカ』のラストまでのあらすじを紹介。独自の視点から考察したレビューつき。※本編のネタバレを含みます

あらすじ

本作の舞台は、1950年代の北イタリアの港町ポルトロッソ。そこの住民たちは海に住むシー・モンスターを恐れており、一方のシー・モンスターたちも人間を恐れていた。そして、2つの世界は海面で隔てられ、決して交わることはなかった。

そんなシー・モンスターの少年ルカ・パグーロは、海底に沈んでいる人間のものに興味を持ち、人間の世界への好奇心を止められずにいた。そしてある夏の日、人間の世界を知る同じくシー・モンスターのアルベルト・スコルファノと出会った彼は、シー・モンスターの掟を破り彼と共に陸に足を踏み入れる。身体が乾くと人間の姿になるという性質を持つ彼らは、少しでも水に濡れると元の姿になってしまうため、この秘密を人間に知られる恐怖心を抱く。

出典元:http://ja.wikipedia.org/w/index.php?curid=4185909

ルカは人間の世界にある「ベスパ」という乗り物に心惹かれ、様々な材料を用いてそれを手作りするが、そのことを母親ダニエラと父親ロレンツォに知られてしまい、夏の間叔父と共に深海で過ごすように言われる。

そこでルカとアルベルトは、本物のベスパを手に入れるべくポルトロッソへ行く。そこでは年に1度、トライアスロン形式の催し物があり、優勝者には多額の賞金が贈られるという。2人はその賞金でベスパを購入することを決意するが、毎年そのレースを連覇しているエルコレ・ヴィスコンティという不良が登場。ルカとアルベルトが彼に目をつけられていたところを、ジュリア・マルコヴァルドという少女に助けられる。

ルカ、アルベルト、ジュリアの3人は協力してレースで優勝することを目指す。ジュリアは、寝泊まりをする場所がないルカとアルベルトを、彼女の父親で漁師であるマッシモを手伝うことを条件に家に泊めてくれることにする。

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活発な少女・ジュリアに出会ったルカとアルベルト。来るトライアスロンに向けて奮闘する日々、そして……

一方、姿を消したルカを心配したダニエラとロレンツォは、恐る恐るポルトロッソへ足を踏み入れ彼を探し始める。そして、ジュリアは毎年夏の間だけポルトロッソで過ごし、普段はジェノヴァの学校に通っていることをルカに打ち明ける。その話を聞いたルカは、「学校」に興味を持ち始めるのだった。

レースの練習に打ち込む3人だったが、ある時ルカとアルベルトは些事で喧嘩をしてしまい、それが原因でジュリアに彼らの本来のシー・モンスターの姿を見られてしまうという事態が起こる。そんな中迎えたレース当日、レースに熱中するルカたちだったが運悪く雨が降り始め、案の定シー・モンスターの姿に戻ってしまったルカとアルベルト。しかし、偶然にもルカたちはレースで優勝を果たす。それを見た住民たちはシー・モンスターへの誤解を解き、打ち解け始める。

夏も終わり、ジュリアがジェノヴァに戻る日がやって来るが、アルベルトはレースの賞金で購入したベスパを売り払いそのお金でジェノヴァ行きの切符を手に入れていた。マッシモと暮らすことになったアルベルトや両親と別れたルカは、ジュリアと共に汽車で学校へと旅立つのであった。

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『あの夏のルカ』ここに注目!家族の多様性、子どもが置かれる家庭環境

本作に登場する主軸3人組であるルカ・アルベルト・ジュリアは、それぞれ異なる家庭環境の中に身を置いている。ルカは過保護ぎみな両親のもとで育てられ、アルベルトは父親が失踪してしまって以降ひとりきりで過ごし、ジュリアは別居している両親の元で過ごしている。

このように『あの夏のルカ』で描かれているのは家庭環境の多様性であり、そこに身を置いている子どもたちだ。彼らは自分たちの家庭が他とは違うこと、それぞれに育った環境が違うことに言及しない。ただ受け止め、理解している。そこから考えられるのは、各家庭の事情や環境を平等かつフラットに描くことにより、多様性を重んじる社会となった現代の姿を描こうとしているのではないかということだ。

どの家庭にも何らかの事情があり、問題もあり、それは珍しいことでもなく、そのことが直接子どもの創造性や自由を奪うことに必ずしも直結しない。『あの夏のルカ』を描いたエンリコ監督は作品を通して、子どもが持つ無限大の可能性を邪魔するものは何もないのだということを伝えたかったのではないだろうか。

『あの夏のルカ』ここに注目!シー・モンスター=マイノリティな存在

本作で登場するシー・モンスターにも、現代社会に向けた重要なメッセージが隠されている。ポルトロッソという町(コミュニティ)において、シー・モンスターは古くから忌み嫌われる存在であり、町に暮らす人間とは一線を引いた生き物として認識されていた。いわば、私たちの生きるリアルな世界でいうならばマイノリティ的な存在だ。

町の人々はシー・モンスターを言い伝えの恐ろしさだけで判断し嫌っていたが、ルカとアルベルトがシー・モンスターの姿で人々の前に現れ、人々が注目するトライアスロンで勇気を見せたとき、彼らの差別意識は解ける。この場面を通して映画が伝えようとしているのは、差別・偏見意識をなくし、誰もが傷つかないような社会をつくっていくべきだということだろう。

「あの子を受け入れない者はいる。でも受け入れてくれる者もいる。ルカはもうちゃんと見つけてるよ」

ルカの祖母が言った台詞は、ルカの成長を見守ってきた者としての言葉であるとともに、現代の在り方に通じるものがある。『あの夏のルカ』はファンタジーでありながら、どこか寓話的な要素も盛り込んである。それは現代に生きる私たちに向けた、そして未来を見据えた大切なメッセージなのだ。

『あの夏のルカ』ここに注目!ジブリファンの監督が描いたラスト

エンリコ監督は日本のスタジオジブリ作品が好きだということを公言しており、本作においてもエンドロールで『となりのトトロ』を模したイラストが登場したりなど、ジブリ作品へのオマージュを随所に見ることができる。

そんな監督が本作で描いたラストは、人間が通う学校に行くことを決めたルカをアルベルトが送り出すというものだった。筆者はこれに『千と千尋の神隠し』のラストのような余韻を感じた。互いに理解し合い、幸せであることを願っているからこそ、別々の世界で生きる。共にいることを選ばずとも心は通じ合っている、という絆の深さを描いた『千と千尋の神隠し』を観たときに感じた余韻と同じものを、本作のラストでも感じた。具体的なオマージュだけでなく、展開から垣間見えるスタジオジブリ作品への深い愛情に、思わず拍手を贈りたくなった。

少年少女のひと夏の冒険を描いた、心温まる映画『あの夏のルカ』。夏の匂いをめいっぱい吸いながら何度でも観たいと思える作品だ。ぜひ家族と、友人と、美しい北イタリアの街並みや海のきらめき、そしてルカたちの活躍を楽しんでほしい。

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  • 7/18 14:18
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