「まさかあの2人、付き合い始めた?」焦りのあまり恋敵の自宅に突撃し…29歳女がとった奇行
29歳。
それは、女にとっての変革の時。
「かわいい」だけで頂点に君臨できた女のヒエラルキーに、革命が起きる時──
恋愛市場で思うがままに勝利してきた梨香子は、29歳の今、それを痛感することになる。
ずっと見下していた女に、まさか追いつかれる日が来るなんて。
追い越される日が来るなんて。
◆これまでのあらすじ
絢が誘ってくれた飲み会で、豪という男に出会う。絢と梨香子は2人とも豪を気に入り、真っ向勝負が幕を開けた。
梨香子は自分から豪を食事に誘う。一軒目で解散したものの、すぐに豪から2回目のデートのお誘いがあり、梨香子はかなりの手応えを感じる。
▶前回:彼とお泊まりしたかったのに、2軒目もナシで帰らされた女。解散の直後に彼から届いたLINEとは
―2019年7月―
豪さんは、あるときふと漏らした。
「俺、あんまりマメじゃないんだよね…」
けれどここ1ヶ月、LINEで連絡を取り合うことが日課だった。それは、豪さんが私に興味を示している何よりの証。
食事にだって2度行った。2回目は、豪さんからの誘いだ。
IT企業の取締役社長で、多忙な日々を送る男性。自分から興味のない女性を食事に誘うワケがない。
間違いなく、彼は私に好意を抱いていた。
それが、なぜだろう。
<Go:日程確認するね、ちょっと待ってて>
<梨香子:はーい♪>
3度目の食事に誘ってから、5日間も連絡が止まってしまっている。
…だけど、私は諦めない。
何がなんでも、彼をものにすると決めたのだ。
豪との連絡が途絶えてしまった梨香子。どう挽回する?
彼から返事がない、それ自体が答え。
そんなこと、この歳になれば嫌でも分かる。それでも、まるで何も分かっていないかのように、無邪気に彼に連絡をした。
無情にも“既読”とついた私からのメッセージがぷかぷかと浮くスマホ画面に、さらにメッセージを打ち込み、思い切って送信ボタンをタップした。
<梨香子:豪さん、いつ頃だったら空いてそうでしたか??>
すぐに電源を切って、ベッドサイドのテーブルにスマホを伏せて置いた。冷房で少しひんやりとしたシーツにダイブし、枕に顔をうずめる。
2度も自分から食事に誘い、連絡を無視されているところに追いLINEする。
普段だったら絶対に自分が取らないアクション。だけど、どうしても彼をものにしたいという強い執着のようなものが、私を突き動かした。
そこには、彼への好意だけではなく、絢への対抗心みたいなものも含まれていたんだと思う。
だけど、自分からここまで積極的になったのは初めてだったし、アプローチするということがこんなにも精神が消耗するなんて知らなかった。
絢はどうやって豪さんにアプローチしているんだろうか。
― …待って。豪さん、絢と付き合うことになったから、私と疎遠になったなんてことないよね…?
ベッドでぼーっとしていると、ついつい良からぬことを考えてしまう。
「だめだめ、さっさと寝よう」
珍しく独り言を口走りながらすぐに電気を消し、無理やり眠りについた。
◆
翌朝。
目覚めてすぐにカーテンを開け、外の空気を取り入れた。その日は雲一つない気持ちいい快晴で、一気に明るい気分にさせられる。
しかしスマホを手に取り、いつものようにLINEの新着を確認しはじめたところで、どろりと暗い気持ちが押し寄せた。
返信がきていない。
私が昨夜思い切って送ったメッセージには、ちゃんと“既読”マークがついているのに…。
右手にスマホを持ち、左手に持ったマグカップからはコーヒーのいい匂いが漂う。どれほどその体勢でフリーズしていただろう、しばらくショックで身動きがとれなかった。
爽やかな外気に、気持ちのよい青空。淹れ立てのコーヒー。爽やかな朝を演出するために完璧なものたちがそろっているというのに、彼にLINEを無視されたというたった一つの事実がすべてを台無しにする。
昨夜、ふと脳裏によぎった考えが嫌に現実味を帯びてきた気がした。
― …絢と豪さん。…うそだよね?
一度脳内で紡がれたストーリーが、どんどん嫌なほうに加速してしまうのは何故だろう。そして、どうやっても頭にこびりついて離れない。
正々堂々勝負しようと絢と誓ったけれど、やっぱり豪さんと絢が結ばれるなんて、耐えられない。
他人の恋愛がうまくいかないように願うなんて最低だってわかっている。だけど、そんな正論はこのときの私には何の意味もなさなかった。
そして、私は…絢を問いただすことにした。
梨香子が絢に詰め寄る。絢が口にした言葉とは…
その日の仕事帰り、自宅マンションのエレベーターに乗り込んだ私は6階ではなく14階のボタンを押した。
ぐんぐんとエレベーターが上昇していくと同時に、緊張感が高まる。目的地にたどり着くまでの時間がやけに長い。
なんて聞こうか、最悪のパターンだったらどう反応するべきか。朝からずっと考えているのに、全然頭が回ってくれない。
やっとエレベーターの扉が開いた。廊下から見える外の景色は、いつも私が見ているものと少し違う。最上階からの景色というものを、このとき私は初めてみた。
その光景はただでさえ暗く不安定な気持ちを刺激する。
絢の部屋に訪れるのは初めてだったが、部屋番号は何かのときに聞いたことがあって、覚えていた。ピンポーンと聞きなじみのある音が響き、緊張感はピークに達する。
「はい」
「…あ、絢。私、梨香子」
「…どうしたの?」
「ちょっといい?」
明らかに動揺している様子がインターフォン越しに伝わってきた。声色がかすかにこわばっている。
「梨香子…。どうしたの?」
絢も仕事から帰ってきたばかりなのだろうか。スーツ姿のまま、玄関を開けた。奥に見えるリビングは随分スタイリッシュで、私の部屋に比べて物量が圧倒的に少ない。ミニマリストというやつだろうか。
「ごめん。ちょっとどうしても気になっちゃって…。単刀直入に。絢、豪さんとどうなった?」
気まずい沈黙が2人の間に流れる。
絢は眉間に皺をよせ、驚いたような困ったような、「なんでそんなことを聞いてくるのか?」とでも言いたげな表情をしていた。
それが、何を意味しているのかわからなかった。…というより、わかりたくなかっただけなのかもしれない。
「…隠すようなことじゃないから、ハッキリ言うね。私、豪さんと付き合い始めた」
しばらく間があいたあと、絢は淡々とそう口にした。遠慮しがちに、でも事務的に事実だけを伝えるといった具合に。
どこかではわかっていたことだけど。祈るような、絢に縋り付くような気持ちで確認したけれど…。
女の勘はやはり当たってしまう。現実は残酷だった。
「…なんで」
気づいたら、そんな言葉を絞りだしていた。
「え?」
「なんで、絢なのよっ!!!」
自暴自棄。その時の心境を表す言葉はそれ以外にはなかった。
「…」
「ねぇ、ねぇ絢!!」
◆
どれほど時間がたっただろう。絢の部屋とは対照的な、物で溢れかえった自分の部屋で、私は茫然としていた。
取り乱す私を絢は冷ややかな目で見つめながら、それでも近所迷惑になるからと致し方なくなだめていた。まるで母親を困らせる子供みたいだったと、我ながら思う。
「ねぇ、なんで!なんで絢なのっ!!」
別にその理由を本当に知りたかったわけでもないのに、とにかく現実を受け入れられなかった私は、ひたすらにそう叫んでいた。
そして、絢は言った。
「私、取り繕うのがすごく苦手なの。豪さんと初めて食事に行ったとき、私、思わずプロポーズしちゃったの」
絢が何を言っているか本当に理解できず、私はフリーズしてしまう。そんな私に、絢は言葉を続けた。
「まあ、プロポーズとまで言ったら大袈裟だけど…。豪さんが好きで、いつか結婚できたら嬉しいって、自分の本心をそのまま伝えたの。豪さんに結婚願望がそもそもなければ、私は身を引こうと思っていたし」
男性からしたら“重い”と受け取られかねない結婚の話題を、初っ端のデートで具体的に持ち出す女がいることに驚いた。
だけど、それが功をなして、絢は豪さんを手に入れた。
絢の話を受け入れた豪さん。イメージが勝手に脳内に湧き上がり、その画は私を苦しめた。
さきほどの出来事と、絢と豪さんが見つめ合う映像がぐるぐると脳内を巡る。
どうにか自分を落ち着けようとしていたそのとき、スマホがブブっとなった。
<Aya:ひとつだけ、ずっと梨香子に言えないでいたことがあるの。あのね…>
何度も何度もスクロールを必要とするほどの長文。そこに綴られていた事実に、私は目を疑った。
どうして今まで絢は隠していたのか。
どうしてそんなことを抱えながら、私と普通に接せられたのか。
先ほどの出来事と同等…いやそれ以上に、ショッキングな内容。
その衝撃の事実は、私の心を激しく揺さぶった。
▶前回:彼とお泊まりしたかったのに、2軒目もナシで帰らされた女。解散の直後に彼から届いたLINEとは
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絢が梨香子に告白…。今まで語られなかった、絢が隠していた真実。