三浦春馬さん一周忌直前「親」と慕う師にも言えなかった「助けて」心の叫び

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 もうすぐ、三浦春馬さん(享年30歳)の一周忌となる7月18日を迎える。それにちなんで、7月13日発売の『女性自身』(主婦と生活社)は、三浦さんの“育ての母”と“茨城の父”のインタビューを掲載した。

“育ての母”は、5歳の頃から三浦さんを子役として育てた「つくばアクターズスタジオ」の代表を務めていた加藤真由美さん、“茨城の父”は、三浦さんが14歳のころに出会い、サーフィンの師匠となった「茨城元気計画」代表の卯都木睦さん(54)のことを指す。

「三浦さんの子役デビューのきっかけは母親が“一人っ子で遊ぶ子がいないから”という理由だったことは有名な話ですが、今回の記事によると、5歳当時から三浦さんはをパッと見て華があったらしく、“スタジオの顔にしたい”と、月謝なし特待生で迎えたそうです。

 ちなみに、今年4月4、5日に三浦さんの誕生日にちなみ土浦セントラルシネマで三浦さん初主演映画『森の学校』の上映イベントをした際にも、加藤さんは舞台挨拶で“もちろん公平に生徒は思っていましたけれど、俳優として将来絶対なんとかなるんじゃないかという思いがありました”と、子ども時代の三浦さんについて話していました」(女性誌記者)

 あいさつのたびにハグをしたり、1人の自宅が寂しかったのか加藤さんの家に泊めてもらい同じベッドで寝たりと年相応に甘えん坊な子どもだった三浦さんだが、中学に上がるころに思い悩む様子を見せていたと加藤さんは語った。

「三浦さんと実の母親との関係が悪化していたことは、三浦さんの訃報以降たびたび報じられていましたが、時期的に母親が再婚したころだった、と加藤さんは推察していました。ただ、“春馬にお母さん批判をさせてしまうのでは”と思い、強く詮索できなかったとも明かしています」(前同)

■非常に愛されていた三浦さんだったが……

 07年の『恋空』で日本アカデミー賞新人俳優賞を獲得した際は、誰よりも先に「内示を貰った」と報告したり三浦さんと加藤さんの交流は続き、死の2か月前、昨年5月にも近いうちに会う約束をしたばかりだったという。

「卯都木さんも19年の元旦に息子3人とともに食事をしていたら“もう親子だよね!”と言われたことや、酔うと素になって“自分の身は自分で守らないといけないんだぞ”と話していたこと、現在の卯都木さんの元にはファンから電話が来ることから、“ファンの『行き場』、つまり『生き場』を作るのが役割”と、改めて話をしていました。

 ただ、本当に加藤さんと卯都木さんに愛されてたんだなと思う一方で、気がかりなことがあるんですよね……」(前出の女性誌記者)

 今回のインタビューではこのほかにも生前の三浦さんについて多くが語られていたが、三浦さんの誠実な人柄が伝わってくる一方で、親とまで慕っていた2人に対しても、「弱み」を見せていない印象を受ける。

「加藤さんが実母について言及しているところがまさにそうでしたが、三浦さんはプライベートな悩みについて、加藤さんほどの関係の人にも相談できていなかった。いろいろ抱え込んでしまうタイプの人だったのではないでしょうか。今にして思うと、2019年に三浦さん自身、それをほのめかしていた気がします」(前同)

■「誰かに“助けて”って言うこと、それも勇気じゃないですか」

 19年4月7日、自著『日本製』(ワニブックス)を発売した三浦さんは『めざましテレビ』(フジテレビ系)でインタビューを受けていたのだが、聞き手の鈴木唯アナウンサー(27)が「何もないまま30歳になりそうで怖い」「(プライベートの)本当の姿を見たら…」と話すと三浦さんは、

「まあね、僕だって本当の姿は見せられないですよ。なかなかね、家でこんな感じになっているところとか、見せらんないし」

 とフォローしたうえで、「20代の間にやっておくべきことは?」という質問に、

「“いや大丈夫、自分でできるから”っていうような“みえ”を張ってしまって、できなかったときに、すごく自分の居場所がなくなる、窮屈に思えてしまうとか、全然あるから。そうじゃなくて、誰かに“助けて”って言うこと、それも勇気じゃないですか。それができたら1つ大きくなれるんだろうなということを思ったのも、もう20代の後半ですもんね」

 と話していたのだ。

「このインタビューの“助けて”は、三浦さんの心からの叫びだったのかもしれません。優しすぎるあまり、相談相手にも気を使ってしまっていたのではないか、という声もあります」(前出の女性誌記者)

 もうすぐ、三浦さんの訃報から1年。あらためて、心優しき俳優を悼みたい。

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  • 7/17 7:35
  • 日刊大衆

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