【光源vol.2】Podcastプロデューサー白井太郎、イラストレーター水元さきのにクリエイターの本質を聞く
Amazon Audible作品である堤幸彦監督『アレク氏2120』でPodcast プロデューサーとしての門出を迎えた白井太郎さんをホストに、毎回同世代のクリエイターを各界からゲストに招き、対談を行なう本企画。第2弾は、SNS上で話題となったイラストレーターの水元さきのさんをお招きし、クリエイターとしての表現の本質を伺った。
■「一枚の画で日常の何気ない心情の起伏を表現」

(C)加賀谷健
-白井さんが今回水元さんにオファーした経緯を教えてください。
白井太郎(以下、白井):水元さんのイラストは基本的に日常の一片を切り取っている作品が多いです。私も物語を作る存在として、物事の一瞬一瞬をフレーミングするという意味では一緒だと考えています。一方で、物語には脚本があり、登場人物がいて、場所があって、オーディエンスに物語を伝える技法は豊富にあります。ですが、イラストは基本的に一枚の画での表現です。水元さんのイラストは、一枚の画で日常の何気ない心情の起伏を表現されている。日常という波グラフの中で、感情が高ぶる最高点と、感情がもっとも落ちている最下点。その波のちょうど平均点の部分を描くことはとても難しいことだと思います。そして、水元さんのイラストの特徴として私が感じたことは、フレーミングした一瞬の前後30秒の物語を想起させられるという事です。どういうものをインプットされ、そのようなテイスト、またテクニックを得られるようになったのか、お聞きしたいことが沢山あります。
水元さきの(以下、水元):取材の依頼が来てとても驚きました。白井さんがプロデュースされたオーディオコンテンツの作品を聴かせていただいたり、記事を読んだりして、私も興味が湧きました。
白井:オーディオコンテンツという枠でいうと、今までは、小説を朗読いただきオーディオコンテンツ化してきましたが、昨年、一つの転機として、脚本からオリジナルで制作するオーディオファースト作品、Amazon Audible『アレク氏2120』(堤幸彦監督)の企画・プロデュースを務めさせていただきました。朗読作品は、役者さんの肉声で物語世界に没入するという付加価値を加えた上での、小説のインプットのバリエーションの一です。ですが、その制作を続けていく中で、小説としてすでに表現が完成している作品ではなく、「聴く」ことでしか表現できないものに挑戦したいと考えるようになりました。どうすればそのような表現に辿り着けるか、勉強を重ねていきました。そうして気づいたら、「イラスト」という限られた表現からインスピレーションを受け、構造分析をして、勉強する時間が一番長かったんです。水元さんの作品と出会ったのもその時ですね。たくさん拝見して、多くを学ばせていただきました。
-水元さんのイラストを白井さんが初めてご覧になった時、具体的にどのようなインスピレーションを得たのでしょうか?
白井:それを言語化するのは難しいですね(笑)。逆にご本人に自分のイラストが受け手に与える影響についてお伺いしたいです。まず人生の起伏の中での日常を多く描かれる理由をお聞きしたいです。
水元:日々の暮らしで特別である必要がないというか、むしろ特別ではない瞬間をみていることが多いと思うんです。劇的なことは、すごくドラマティックだし、印象には残りますが、私は物事がただそうであるという事実にスポットを当てたいんです。そこにドラマティックさや演出が入ると、ただそうであるということに気付けなくなります。特別ではないことこそ切り取って、クロップして表現するとやっとそこで気付けることがある。劇的なことはわざわざそうしなくても覚えています。そうではない部分というのは、その人固有のものであり、その人自身にしか観測できないことです。それこそ、私はすごくドラマティックだと思います。だから私はそうしたことを大切にしたいです。私が描く絵は記憶に基づいていて、人と話す時も何でもないことを聞きたいんです。何が起きたかではなく、その間にあったことが聞きたいです。そこでどういうことを考えていたのか、その人自身の視点をみたいし、それをカタチに残したいなという気持ちで描いています。

(C)水元さきの
-記憶は重要なキーワードですね。
水元:私は、記憶をとても大切にしています。何でもない記憶です。今個展のための制作で子どもの時の記憶を描いていて、足の裏にすいかの種がくっついていたなど、何でもないけれどそんなことがあったよなという、その人にしかみえていない、特に誰に話すわけでもない記憶を絵にしています。そうした記憶が一番ピュアだと思うからです。記憶はそういう意味で語り尽くしていない部分です。
-毎回何かしらの記憶をたぐり寄せながら描いているんですか?
水元:そうですね、私の初個展は「青い記憶」というタイトルでしたが、今までのドローイングを壁に200枚くらい貼りました。自分の過去や記憶を振り返るという行為によって今現在を認識するきっかけにもなったなと。それが過去と記憶を大切にする自分の転機です。歩いてきた道があるから今があるわけで、それを照らし合わせることでちゃんと前に進んで行けます。
■「やりたいことに行き着くことが大切」

(C)加賀谷健
-イラストレーターになるまでのお話を教えてください。
水元:海の生き物のビジュアルが好きで、水族館で働きたいと思っていました。特にクラゲが好きですが、しなやかさや透明感など、そういうクラゲの雰囲気が好きでした。それで大学では海洋生物学を学びました。しかし生き物を見ることと、生き物を育てて、研究することは全く違うことが分かり、自分は生き物に直接関わる仕事ではなく、自分が見ていたクラゲをどう表現するかということに興味が向いていきました。好きにも色々あるわけで、その手段が重要になります。
白井:美大や専門学校等で学ばれたわけではなかったんですね。それは驚きでした。自分が興味を持っていた対象に対して、なぜ自分が心惹かれたのか、そこの気づきを大学で得られた訳ですね。
水元:はい。学問自体は面白いと思いましたが、それを使って生計を立てることは自分には向いていないと思いました。ただ専門的に海洋について学んだことで説得力が出てより詳しく海洋生物を描けるようにはなりました。生物のどこを図に落とし込んでいくのか取捨選択しながらスケッチをするんですが、デッサンではないので、余計な線は省いて図として簡略化しなければなりません。生き物をみて観察するという力は養われました。
-絵は独学で学ばれたんですね?
水元:はい。気持ちのいい線をみるのが好きで、それを自分で書けたら楽しいなという趣味の延長で見よう見まねです。
-いつ頃から描かれているんですか?
水元:中学生の時からです。周りに漫画研究部の絵がうまい友達がいて、影響を受けました。彼らは美大を目指していましたが、私はそこまで出来ないなと思い、ずっと趣味で続けていたんです。
-大学を卒業した後はどうされたんですか?
水元:海洋生物や絵の表現とは全く無関係な出版関係の営業職に就きました。
-営業職に違和感はありませんでしたか?
水元:自分がどういう業界のどういうポジションで働くのかが全くイメージ出来なかったのでとりあえず社会に出て考えようという感じでした。営業職についても、イラストは続けていて、フリーになりたいという揺らぎはありました。会社員になっても好きであればイラストは続けられる。むしろ自分を試すために就職しました。営業と絵の活動は同時進行でした。3年経って絵を描く意欲が冷めなかったらフリーになろうと思っていましたが、2年経って冷めなかったので会社を退社しました。
白井:私の母校の日本大学芸術学部の同期達は、卒業してそのままフリーになる人が多かったですね。
水元:いずれにしても、やりたいことに行き着くことが大切だと思います。そのために考え続けることが大切です。自分の幸せを考えた時、会社での営業職にはあまり大きな意味を感じられませんでした。自分でなくても誰か他の人が出来るなと。良い意味で会社員としてやっていくことへの諦めがつきました。今振り返るとすべてが肯定出来てしまいますが、その時の自分は相当悩んでいて周りの人たちが応援してくれたことがフリーランスになる後押しになりました。

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-晴れてフリーになって大変だったことはありますか?
水元:展示会のように自分の作品を直接売るのではなく、クライアントを介してお仕事のご依頼をいただく状況だと、まず要望に応えられるのかという不安と、私でいいのかという不安がありました。イラストレーターとして名乗れない時期がありました。美大で学んだものではないので、ライセンスがない私がそれでお金をもらっていいのかと。仕事が仕事になっていったのは、知り合いの繋がりでした。『POLTA』というツーピースパンドのMVを作ることになったのが最初の大きな仕事でした。私がバンドのファンだったので最初から関係性が築けている状態だったので仕事がしやすかったです。
-イラストレーターとしての自信がついたのはいつ頃ですか?
水元:少しずつ積み重ねて、数をこなしていき、不安だけど続けることで徐々に自信に繋がっていきました。
-水元さんの表現スタイルについてお聞かせください。
水元:商業で自分の想いを完全に切り離して描く人もいるし、完全に表現者として美術をする人もいますが、私はちょうどその中間にいます。商業もするし、自分の信念、ゆずれないところ、描きたいことははっきりしています。私の表現の基本は自分語りなのかもしれません。
■「クリエイターを信頼するという事」

(C)加賀谷健
-白井さんは広告の世界でもお仕事をされておりますが、クリエイターに依頼をする側として、クリエイターとの関係づくりで気をつけていることはありますか?
白井:「これ自分がやる意味あるのかな?」とクリエーターに思わせない事かと思います。私が代表を務める会社で水元さんにイラストを発注させていただいた時も、先ほどお話した通り、水元さんのイラストを沢山拝見させていただいた上で、会社のブランディングイメージとぴったりだな、と感じたのでご依頼をさせていただきました。全てをお任せしても、このトーンであればマッチするなと言う感覚でした。
水元:それは、クリエイターを信頼するという事ですよね。とてもありがたいです。今までの自分の作品をみて依頼してきてくれていると思うんですが、持たれているイメージでかつ新しいものを作らなくてはいけません。期待に応えられるかという不安があるので、すべてを任せると言ってもらえると仕事がやりやすいです。
白井:どんなに実績があり、有名なクリエイターであっても、期待に応えられるかと言う不安は一生付きまとうものです。逆にそのような実績を残されているクリエイターさんたちは、奢る事なく、その不安と充実の間でずっと物作りをされてきた訳です。
自分が生み出したものを他者にさらけ出すと言う行為は、回数を重ねれば慣れるというものではありません。だからこそ、クリエイターを不安にさせない保険を沢山打っておくのが、プロデューサーの仕事でもあると考えています。
水元さんが仰る不安はおそらく、細かいポイントを制限されながらも、より新鮮な自らのテイストを求められてくる不安です。私サイドの仕事は、クリエイターがある程度の範囲どこに着地してもいいように、大きい滑走路を用意する事だと思っています。そのために必要なのは、クリエイターとプロデューサー(例えば、水元さんと私)の信頼関係というより、プロデューサーとスポンサー(出資元)のコミュニケーションの方が大事かとも思います。細かい指定を受けてくれて、何度も直しをしてくれる職業作家は沢山いる訳で、あえてキャラクターの濃いクリエイターを提示する場合は、その意義とリスクを事前に握っておく必要がありますよね。
-反対に何か水元さんから白井さんへご質問はありますか?
水元:依頼者側からの意見が聞けることがないのでありがたいです(笑)。 例えば、新規で作家にオファーする時、どういうコミュニケーションを取るように心がけていますか?
白井:映像の世界で、「ログライン」と呼ばれるものがあります。二行程度の短い文章で物語の説明をするものですね。これで面白さが伝わると、映画の強度があると言われるものです。逆に面白くないと、説明を沢山入れないといけないか、独りよがりの奇をてらった作品になりがちと言われています。
僕はクリエイターにオファーをする時、文章であれ口頭であれ、オファーの「ログライン」を意識してます。良いログラインで、アウトプットイメージが伝えられるのであれば、そのクリエイターさんを信頼できてるというバロメーターになりますね。その人(オファー先の作家さん)へ、過多なトーンや機微の説明をする必要がないという事です。
水元:それが出来るのは、白井さんが依頼するクリエイターのことをよく調べているからですよね。チェックしている、作家の数が膨大そうです。そうした体制作りがすごく心強いですね。依頼してくれるということは、自分の作品や仕事を認めてくれていることだと思うので、イラストレーターとしてモチベーションが高まります。
■「「オーディオコンテンツの個展」という新しい形の個展をいつか開催したい」

(C)加賀谷健
-昨今映像業界の主流となっている、アニメーションからの影響はありますか?
水元:あります。アニメも大好きです。イラストレーターが増えたのは、SNSで発表できる時代になったからです。そうした状況でアニメも様々なクリエイターが生まれていて、盛り上がっています。作り方もどんどん変わっていています。
白井:水元さんがアニメを描かれる場合はどのように制作されるんですか?
水元:一度、『POLTA』のMVで作りました。一枚一枚紙に描きました。
白井:なるほど。水元さんらしいアニメーションですね。一枚のイラストに対して、短編の物語を収録する。それを、連作で発表していって、最後に全てを繋げると、一つの大きなアニメーションであり、オーディオコンテンツであり、といったメディアミックスの作品が作れたら面白そうです。「オーディオコンテンツの個展」という新しい形の個展をいつか開催したいと思っているのですが、そういう形であれば何か見えてきそうです。
水元:私の個展では展示会そのものをひとつの作品にしようとしていて、複数の作品が繋がってひとつの世界を形づくっています。昨年、展示作品を収録した画集を販売しましたが、映画のパンフレットのような感覚でそれをみてもらうことができたと思います。
白井:展示で ひとつひとつの部屋で会話が聴こえたり、音が流れていても面白いですよね。
水元:そうですね。音があると全然違います。昨年の展示では、私が選んだガラスがぶつかる音や、教室の騒ぎ声など歌詞のない曲を選んで流しましたが、好評でした。音から受けるイメージと絵から受けるイメージは違うけれど、それが合わさると想像が膨らみます。
白井:それを物語として作れると面白くなりそうです。
-音と空間の表現だと映画の表現はどう思われますか?
水元:映画だとヒューマン・ドラマが好きです。特に是枝裕和監督の作品が好きです。夏で、家にいて、家族がいて、という日常のイメージ。そんな日常を切り取るシーンの何でもなさ。『歩いても 歩いても』(2008)など、話し声が台詞の後ろに入り、その空気感を懐かしく感じました。

(C)加賀谷健
-映画を観る上でも、自分の記憶と重ね合わせる部分があるのでしょうか?
水元:記憶を重ねることはもちろんあります。仰々しくない、台詞らしくない、何でもないように演出する雰囲気がより自然に感じます。アニメだと『リズと青い鳥』(2018)です。『映画 聲の形』(2016)山田尚子監督の作品で、足音や下駄箱から靴を出す音、教室の扉を開ける音など学校の音がいっぱいで、透明感ある環境音が好きです。
白井:環境音がお好きというのはいいですよね。それこそ環境の音というのは、記憶に紐付いていますよね。『アルマゲドン』(1998)のような超娯楽作がお好きと言われたらどうしようかと思いましたが、イラストのイメージ通りのご趣味で安心しました(笑)。
水元:『アルマゲドン』は観たことがありませんが、ジェットコースターのような娯楽作品は消費されてしまいます。それよりも余韻にひたれるものが好きです。洋画だとダスティン・ホフマンの『クレイマー・クレイマー』(1979)をこの間観たばかりです。台詞がなく進んで行くシーンがあって、コップがあるから牛乳を注ぐ、皿があるからパンをのせるというような、言葉なしのコミュニケーションから生活の時間を感じるなと思いました。
-水元さんが影響を受けられたイラストレーターの今日マチ子さんは映画のコメントなどをたくさん書いてらっしゃいますね。映画のコメントなども今後いかがですか?
水元:私でよければ(笑)。
白井:そうして様々なカルチャーへ参加することができるのがイラストレーター業の面白さですね。「音楽」「映画」「文学」など多方面のクリエイターとコラボをしたり。イラストレーターの方はマルチで活躍する印象があります。
■「幸せになるための選択をして生きてほしい」

(C)加賀谷健
-一般企業勤務を経てイラストの道を歩まれてきたわけですが、最後にこれからイラストレーターを目指す方へ向けてメッセージをいただけますでしょうか?
水元:イラストレーターに限らないですが、幸せになるための選択をして生きてほしいです。誰かのためであることではなく、自分が幸せになるかどうかを一番考えて選んでほしい。私がフリーになる時も会社の迷惑になるかもしれないけれど、自分が幸せになることが一番重要でした。イラストを描くこと以外でもやりたいことがあれば、私はそちらを選ぶこともあるでしょう。絶対にそれではなく、幸せになる手段は変わっていくと思うので、今自分が幸せになるためにはどうしたいかを大事にしてほしいです。私はこれからもそうしていきます。誰かのためは原動力にはなりますが、それが目的ではありません。私は誰かのために絵を書いているわけではありませんが、結果的に誰かのためにそうなっていたら嬉しいです。私は自分が幸せになるためにこれからも絵を描き続けていくと思います。
白井:水元さんのクリエイターとしての原点=「光源」、そして水元さん自身がが「光源」となり、これから照らしていく先。
様々なお話をありがとございました。
水元:こちらこそ、ありがとうございました。
水元さきのプロフィール
1995年生まれ 東京都在住。少ない線と青を基調としたイラストを描く。書籍やCDジャケット、広告などのイラストを手掛ける。
水元さきの個展『夏休みの日記』
2021年7月20日(火)〜25日(日)
12:00〜20:00(最終日は17時まで)
会場: L’illustre Galerie LE MONDE
東京都渋谷区神宮前6丁目32−5−201
東京メトロ千代田線・副都心線 明治神宮前駅 7番出口より徒歩1分
JR山手線原宿駅表参道口より徒歩7分

(C)水元さきの
白井太郎プロフィール
1995年生まれ。“NEOTERIC Co., Ltd” 所属のPodcastプロデューサー
企画・プロデュース作品である堤幸彦監督「アレク氏 2120」(Amazon Audible)など、Podcast制作に多く携わる。
問い合わせ先:Twitterアカウント https://twitter.com/pdd_Taro
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