『さよならドビュッシー』作家・中山七里インタビュー「作品に向き合う人間力」

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 大学時代、僕がなりたかったのは、作家ではなく、サラリーマンでした。本を読むこと、映画を観ることが好きで、安定収入のある仕事なら、そのための時間をたっぷり取れると考えたからです。

 僕は岐阜の田舎育ち。外に遊びに行っても、合間に本を読んでいるような子どもで、人が殺される物騒な内容の本が大好き(笑)。コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』シリーズ、モーリス・ルブランの『アルセーヌ・ルパン』シリーズはもちろん、図書館にある世界各国の名作推理小説を読破しましたね。

 映画にハマったのは中学1年のとき。スティーブン・スピルバーグの『ジョーズ』を観て、「こんなに面白いものがあるのか!」と感激したのが最初でした。土日になると電車で1時間かけて歓楽街の柳ヶ瀬まで行き、上映されている作品を片っ端から観ようとしていました。「これも映画だから……」と、にっかつロマンポルノまで、堂々と観ていましたね。それも坊主頭で(笑)。

 その後、予定通りサラリーマンになった僕は、本を乱読し、ひたすら映画を観るという生活を20年以上続けることになります。

 そんな僕が小説を書くようになったきっかけは、大阪に単身赴任していた46歳の頃に、推理作家の島田荘司さんのサイン会に行ったことでした。日々の生活は、僕にとってとても楽しく、特に何か文章を書こうとも思わなかったんですが、サイン会の後、僕は本を持ったまま、難波のパソコンショップでノートPCを買って、そのまま発作的に小説を書き始めていました。ファンだった島田さんのサインをもらって、魔が差したのかもしれません(笑)。

 そして、そのときに書いた小説『魔女は甦る』を、試しに『このミステリーがすごい!』大賞に応募してみたら、いきなり最終選考に残ってしまった。なんか自分でも拍子抜けしたんですが、その一方で、賞を獲れなかったことが悔しくなってきて、大賞を獲るためにはどうしたらいいか、考えてみたんです。

■「“のんびりしたい”という気持ちはまったくない」

 まず、選考委員の4人が過去に高く評価した作品の傾向を分析しました。すると、それぞれ重視している“軸”が違う。4人全員を納得させるのは無理だけど、3人ならできるかもしれないと思ったんですね。それで、「まったくタイプの異なる2つの作品を応募する」という作戦を考えついたんです。

 そんな狙いで書いたのが、クラシック音楽をテーマにした『さよならドビュッシー』と、猟奇犯罪を扱った『連続殺人鬼カエル男』でした。作戦通りに両方が最終選考に残り、『さよなら〜』が大賞を受賞。僕は、48歳で作家としてデビューすることができました。

 ただ、僕はずっと読む側にいたので、受賞した作家に読者が注目するのは最初だけ、ということが分かっていました。賞を獲っても、1年後にはまた別の人が出てきます。だから、新人作家の“賞味期限”は実は1年だけ。この間に、なるべく多くの作品を書き、名前を覚えてもらわないとダメなんです。

 僕も、とにかく量をこなしました。デビュー当初はサラリーマンとの二足のわらじだったのですが、仕事を断らずにいたら、どんどん睡眠時間が短くなっていって……。結局、2年で会社を辞めましたが、そうしたら、ますます寝ていられなくなった(笑)。抱えている連載が、月14本になったこともありましたね。

 僕は今年で還暦ですが、“のんびりしたい”という気持ちはまったくありません。物書きとして、「死ぬまでにどれだけたくさん、どれだけいいものを書けるか」ということを指標としていますから、今後も皆さんが読みたいものを書き続けていきたい。パソコンの前で死ねたら本望ですね(笑)。

中山七里(なかやま・しちり)
1961年12月16日、岐阜県出身。2009年、『さよならドビュッシー』で『第8回このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、作家デビュー。幅広い作風で知られ、ラストで読者を驚かせる展開が多いことから、「どんでん返しの帝王」の異名も。『岬洋介』シリーズ、『御子柴礼司』シリーズ、『ヒポクラテスの誓い』シリーズなど人気作を多数抱え、映像化された作品も数多い。

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  • 7/13 17:00
  • 日刊大衆

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