彼氏がいても、”もっと上”を探してる。罪悪感ナシだった女がタクシーから目撃した、信じられない光景
29歳。
それは、女にとっての変革の時。
「かわいい」だけで頂点に君臨できた女のヒエラルキーに、革命が起きる時──
恋愛市場で思うがままに勝利してきた梨香子は、29歳の今、それを痛感することになる。
ずっと見下していた女に、まさか追いつかれる日が来るなんて。
追い越される日が来るなんて。
◆これまでのあらすじ
絢から誘われた飲み会で、タイプの男性・豪に出会う。絶対にものにしたいと思うも、絢から「豪がタイプ」というメッセージが着信する…。
▶前回:「好きな人がかぶってるからって、こんな牽制あり?」第一印象でビビッと来た男性を女友達も狙っていて…
―2019年6月―
絢から誘われた飲み会も、0時を過ぎた頃にお開きとなった。
「梨香子ちゃん、また飲もうね~」
茉美はそう言って私にハグをした。ふわっとエキゾチックな香水の香りが鼻につき、最後まで彼女の強烈さが主張する。
ー妙に茉美さんに絡まれてたせいで、豪さんとほとんど話せなかったじゃない…。
イラつきながら、やんわりと茉美のハグから逃げ出す。それでも私は、ふつふつと湧き上がるようなイラつきを抑えることができなかった。
その理由は…。
《Aya:私、豪さんめちゃくちゃタイプ》
飲み会中に絢から届いた、私をけん制するようなメッセージが脳裏から離れない。
私が豪さんへ好意を抱いたことを、感じとったからだろうか?
私が茉美さんに絡まれている間、絢がずっと豪さんと話をしていたことにも、どうしようもない焦りを感じた。
「じゃ、おやすみなさい~」
それぞれがタクシーに乗り込み、帰路につく。同じマンションに住む私と絢は、当然一緒のタクシーに乗り込んだ。
密室に2人。気まずい沈黙が、2人の間に横たわる。
最初に口を開いたのは、絢だった。
同じ男を巡って、2人の直接対決が幕を開ける…
「梨香子も豪さんがタイプ?」
絢は真正面から、本題に切り込んだ。何かを取り繕う様子も、隠そうとする仕草もない。
「うん」
だから、こちらも素直になれた。
絢と喧嘩するのかな。気まずくなるのかな。そもそも、豪さんの連絡先を教えてくれなかったらどうしよう。私に恋人がいると吹き込むかもしれない…。
でも、そんなことをぐるぐると考えていたことがバカらしく思えるほど、絢はカラっとしていた。
「じゃあ、勝負だね」
「…え?」
「正々堂々、勝負しよ」
ニヤリといたずらっぽい笑顔をこちらに向けた絢の姿は、タクシーの暗闇の中でやけに妖艶に見える。
いつの間にか美しい大人の女性へと成長を遂げた絢。
その成長をどこか誇らしく感じるような、だからこそ焦りを覚えるような、複雑な感情が押し寄せた。
「それにしてもさ、…茉美さんかなり強烈だったね」
豪さんのことについてこれ以上話すのは得策ではないような気がして、私は意味ありげな口調で、同意を求めるよう絢に語り掛けてみた。
豪さんの話題の次に、絢と話して共感を得たかったことを。
「まあ、個性的な人よね」
けれど絢は少しの間をあけて、あっさりとそう答えるだけ。こちらを向くこともなく、窓から流れる景色を眺めている。
「…ちょっと、ああいう風にはなりたくないって思っちゃったよね。35歳・独身で、すごいミニスカ。あのファッションはねぇ~」
すこし悪戯っぽい口調で、一歩踏み込んで同意を求めてみた。けれど、絢から返ってきた言葉は意外なものだった。
「…ああはなりたくないって、どういうこと?」
別に非難するわけでもないが、決して同意することもない。本当に何を言いたいのかわからないとでもいうように、不思議そうにこちらを見つめる。
「35歳・独身であのファッション、…痛くない?」
「う~ん、言いたいことはわかるけど…。茉美さんかなりモテるよ。ああやってやりたいことをやりたいようにやってる人って魅力的じゃない?」
「…え?」
「会社も経営してて、かなり順調みたいだし。恋人だっているよ」
「そうなんだ…」
「豪さんも茉美さんのことかなり慕っているみたいだし」
茉美の思わぬプライベートと、絢からの高評価。そして、茉美への軽蔑がまるでブーメランみたいに自分に戻ってきたような気がした。
「…そっか」
絢からの視線になぜか居心地悪くなり、私も窓の外に視線を逃した。
タクシーはちょうど西麻布交差点に差し掛かった辺りだった。走る車のほとんどがタクシーで、道行く人々は艶やかな男女ばかり。
終電が過ぎてもなお賑わいを見せるこのあたりは、洗練された雰囲気の裏にギラっとした野性的なムードが潜んでいるように感じる。
再び訪れた微妙な沈黙から逃げるように、私はひたすら窓の外を流れゆく異世界をぼーっと見つめていた。
そのとき、ふと、ひとりの男が目に留まった。
西麻布交差点でみつけた、ひとりの男
ホブソンズの前で信号待ちをしている男女4人組。
今さっき出会ったばかりなのだろうか。男女2:2で絶妙な距離感があるけれど、お互いまんざらでもないような空気感が漂っている。
その男性のうちの1人が身につけている、見慣れたネイビーのスーツ。中肉中背だけれど、顔はタイプの塩顔で…。
「…えっ」
信号が青に変わり、タクシーは一気に加速したため、その姿を一瞬しか捉えることができなかった。
けれど、間違いない。それは紛れもなく、私の恋人の光平だった。
「どうしたの?」
私の突然の独り言に、絢は何事かとこちらを覗き込む。タクシーの運転手さんも、ミラー越しに視線をよこす。
「…あ、ごめん。何でもない。偶然知り合いが交差点にいたからびっくりして…」
「へぇ~偶然だね」
あらそう、とでも言うかのように、絢は生返事を返す。そして、すぐに興味をなくしたようで、また窓の外へと視線を戻した。
見たことのない顔をしていた。私といるときには見せない、雄の表情。それは西麻布という地がそうさせたのか、それとも私の知らない一面なのか。
<光平:梨香子の手料理食べたいな~。明日の夜、家に遊びに行ってもいい?>
おもむろにスマホを手に取ると、未読にしたままのLINEメッセージが表示される。
私と一緒にいる時の光平は、いつも穏やかだ。お酒が好きで、よく飲みに行っていることは知っている。しかし、あんなにギラっとした一面を持ち合わせているなんて知らなかった。
光平は私にベタ惚れしていると思っていた。いや、ベタ惚れしていることは事実だと思うけれど、ちゃっかり遊んでいるなんて夢にも思わなかった。
最後に光平に会ったのは、2週間前くらいだろうか。広尾に住む私と、日本橋に住む光平。すごく近いわけじゃないが、平日だって会おうと思えば会える。
けれど、とくに会いたいと思えず、ここ最近は何かと言い訳をつけてデートの約束を取り付けないでいた。
私が悪い部分もあるし、…何より、私だってこうして他を探している。そして、豪さんという新しいターゲットまで見つけて息巻いている。
人のことを言える立場じゃないことは重々承知の上だけれど…、自分にまっすぐ矢印が向いていると思っていた男が、私の知らないところで、知らない表情を他の女に見せていたことが、少しだけむなしかった。
◆
自分の部屋に戻りしばらくすると、今日のメンバーのLINEグループができていた。
<mami:またすぐ飲みましょう♡>
カラフルな絵文字をふんだんにつかった茉美さんのメッセージを皮切りに、それぞれが挨拶をしている。
その中に私の目当ての人が、ちゃんといた。
<Go:また飲みましょー>
あっさりとした一言にも、彼の魅力が現れているような気がする。
クールな印象だった彼のアイコンは、意外にも愛らしい犬の写真だった。ゴールデンレトリバーが吠えている一瞬をとらえており、笑っているようにも見える。実家で飼っているのだろうか。
私はその犬のアイコンをタップし、個別にメッセージを打ち込み始めた。
今まで光平に申し訳なさを感じていたけれど、さっき目撃してしまった一幕により、軽減された罪悪感。
しかも幸か不幸か、豪さんというドストライクの男性に出会った直後のこと。
このタイミングも何かの縁かもしれないと、私は久々に高揚感を覚えながら指先でメッセージを作ったのだが…。
これが自分の人生を変える大きな引き金になるとは、このときは知る由もなかった。
▶前回:「好きな人がかぶってるからって、こんな牽制あり?」第一印象でビビッと来た男性を女友達も狙っていて…
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ついに、絢と梨香子。一人の男を巡った直接対決が幕を開ける。