「刑務所」ではテレビが第一級の娯楽。受刑者たちに人気の番組とは
罪を犯した受刑者が収監される「刑務所」。真面目に暮らしている人ならば、一度も入ったことなどないはずだ。いわゆる“塀の中”、一般社会から隔離された世界である。インターネットやSNSが発達した今でも未知の部分が多い。
受刑者は当然、刑務所内でスマホやパソコンを使うことはできない。生活は刑務作業が中心となるが、何を楽しみに日々を過ごしているのか。
ここでは、桐蔭横浜大学副学長・教授で、元法務省刑事施設視察委員会委員長、刑務所や少年院、女子少年院などの矯正施設を誰よりも視察してきた河合幹雄氏による新刊『現代 刑務所の作法』(ジー・ビー)から一部を抜粋。イラストの解説付きで紹介する。
◆テレビが第一級の娯楽、指定されたチャンネルや検閲後の映像を視聴
パソコンはおろか、スマホもタブレットもない刑務所では、テレビが第一級の娯楽である。隔離受刑者を収容する独居房にはテレビはない部屋もあるが、雑居房、夜間独居房、工場の食堂には設置されている。
刑務所によって異なるが、平日であれば午後7〜9時までの2時間ほどテレビを見ることが許される。休日は午前8〜10時までと、午後6〜9時までの計5時間ほどテレビ視聴の時間がある。
ただし、どんな番組でも見られるわけではなく、放映されるのは指定されたチャンネルや検閲後に視聴が許可された番組の録画のみである。ちなみに、雑居房ではチャンネル争いでケンカにならないよう、「チャンネル権」を持つ受刑者が決まっているという。
人気なのは野球中継、大相撲などのスポーツ番組、歌番組など。ノンフィクションものもよく見られる。ニュースなどの報道番組はラジオで流されることが多いが、その内容も検閲後に放送される。暴力団の抗争や脱獄に関するニュースなどが流れると、受刑者を不要に刺激することにもなりかねないからである。
◆お金を支払えば週刊誌や月刊誌を読める
テレビ・ラジオと並んで受刑者にとって娯楽の王道といえるのが読書だ。本は差し入れてもらえるが、検閲によって入手できないことも多い。さらに、作業報奨金が月に約4500円程度の受刑者たちにとっては、本はかなりの贅沢品といってよいだろう。
そのため、刑務所内にある図書室で「官本(かんぼん)」と呼ばれる刑務所が所有する本を借りることもできる。レンタル期間はおよそ1カ月で、料金は無料だが、ほとんどが中古品で新品は望めないという。新聞は一般紙のほか、スポーツ新聞を購読でき、週刊誌や月刊誌なども受刑者が購読を希望し、お金を支払えば読むことができる。
◆お菓子片手の映画鑑賞は、模範囚だけの特権
刑務所内で行われるイベントの中でも、受刑者が最も楽しみにしているのが慰問である。1カ月に1度の割合で行われる、漫才師や落語家、歌手などによるショーやコンサートのことだ。歌手で俳優の杉良太郎が15歳のときから60年以上も慰問を続けているのは有名な話。ちなみに、刑務所に慰問で訪れるのはすべてボランティアである。
休日には「集会」と呼ばれる映画鑑賞会が月に1〜2回開催される。この集会に参加できるのは模範囚だけで、 鑑賞する映画は、受刑者を刺激しないように過激な内容は避けられ、ヒューマンストーリーや、アクション娯楽作品などが多い。教育担当の刑務官が事前に内容を確認し、自費でレンタルして上映しているそうだ。
ちなみに映画鑑賞会が人気な理由は、映画を観ながら菓子を食べられることにもある。お金を持っている受刑者はお菓子を購入し、この時間に食べてよい。菓子を食べる数少ない機会として、多くの受刑者が楽しみにしているのだ。
◆運動会は刑務所で一番盛り上がるイベント
また、毎年10月に行われる「工場対抗大運動会」も人気である。ほかのイベントと異なり、運動会だけは受刑者も主体的に関わることができる。役員選びやプログラムづくり、出場選手の選考など、刑務官と一緒に運動会をつくり上げていく。
工場対抗のため担当刑務官と受刑者が一丸となって優勝を目標に頑張るのだが、当日も刑務官は任務のため、担当の工場の者が勝っていても一緒に盛り上がるわけにいかず、黙々と監視を続けているそうだ。運動会の昼食には、白米の弁当が提供される。刑務所で白米を口にできるのは運動会以外では正月三が日のみ。また、おやつが支給される刑務所もあり、正月と同じくらい盛り上がる。
<監修/河合幹雄、イラスト/熊アート>
【河合幹雄】
法社会学者。京都大学大学院にて法社会学専攻後、フランスの名門法学研究科であるパリ第2大学へ留学。その後、京都大学法学部助手を経て、現在、桐蔭横浜大学法学部教授・副学長。公益財団法人矯正協会評議員、全国篤志面接委員連盟評議員も務める。ほか、日本犯罪社会学会理事、日本法社会学会理事、日本被害者学会理事を務め、警察大学校教員、嘱託法務省刑事施設視察委員会委員長などを歴任した。著書に『日本の殺人』(ちくま新書)、『もしも刑務所に入ったら』(ワニブックス)など。