「ネットの注文履歴見ちゃったの…」27歳女が衝撃を受けた、恋人のヤバい証拠
夏・第4夜「視える女」
大学時代からの友人・美理には、ちょっと特別な力があるようだ。
「カオリ、ごめんね、このお店は入れない。ほかのお店でもいい?」
彼女が形のいい唇でそう囁くと、私は予約困難なフレンチだろうがアフタヌーンティーだろうが、さっさと諦めることにしている。
美理は「何かが視えてしまう」女の子だった。
大手町勤務の美理と、丸の内で働く私は、生活スタイルも行動範囲も似ているので、学生の頃よりも頻繁につるんでいる。
初めて彼女の特別な力に気がついたのは、4年前、入社してすぐの頃。新入社員のストレスを発散しようと、会社帰りに気楽なイタリアンに行ったときのことだ。
カウンターに通され、並んで座ると、美理の様子がおかしくなり私のほうを見なくなった。
「どうしたの?美理、なんか様子がヘンだよ?ひょっとしてどこか具合悪い?」
すると美理は、しっ、というように人差し指を唇に当て、「右を見ないで」と切羽詰まった表情で囁いた。
美理の奇妙な言葉の意味を知って、カオリは震撼する…!?
シックスセンス
「え?右?…誰か知り合いでもいるの?」
ただならぬ美理の様子に、私も声を落として聞き返す。
しかし、彼女はまるで私の声さえも聞こえていないかのように、手元をじっと見たまま動かない。
わけがわからない態度の美理に、次第に怒りがわいてきた。
思い返せば、大学時代はテニスサークルの仲間同士という程度の関係だったが、その頃からちょっと変わったことを言っていた。
例えば、合宿で割り当てられた部屋が、気味が悪いから変えて欲しいと訴えているのを見たことがある。
「お待たせしました~。後ほど注文をおうかがいしますね」
いかにもアルバイトといった感じの女の子が、私たちの席にグラスを置いて去っていく。
テーブルには、私と美理の分、ふたつのグラスと、なぜか誰もいない右側にもうひとつグラスが置かれている。
美理は、ちらりと視界の端でそのグラスをとらえたが、決してその席を見ようとはしない。ぎゅっと体をこわばらせたのがわかった。
「――出よう、美理」
ぞっとする、という言葉はあの時のためにあったのではないかと思う。なんのカンも働かない私にも、その不吉な雰囲気が伝わってきて、私たちは席を立った。
◆
そんなふうに、エキセントリックな発言も時折あったが、美人で育ちのいい美理は、基本的にいつでも男女問わず人気があった。
今、彼女には透という彼氏がいる。
私たちと同じサークルの同級生で、高校時代に留学していたから歳はひとつ上の28歳。大手商社に勤めていて、下から持ち上がってきたおぼっちゃまらしい屈託のない男だった。
二人が付き合い始めたのは社会人になってから、美理が25歳のころだった。
透はモテて、ちょこちょこサークルの中でも噂を立てていたが、美理と付き合ってからは、すっかり落ち着いたように見えた。美理の繊細で一途なところが、透を変えたのだろうとみんなで話していた。
何より美理は美人だ。パーツはくっきりとしているのに、その黒くて素直な髪の毛と、桃みたいにほんのり上気した頬が、とても清楚な印象を与える。
結局のところ、男の人が一番好むタイプだと思う。美理と並ぶと、私は自分の派手な顔立ちが安っぽく感じるくらいだった。
でも美理は、そんな私の容姿を、「モデルみたいで何でも似合って羨ましい」といつも褒めてくれる。
私たちは二人でいると相乗効果があり、いいコンビだと思っている。
どこのお店に行っても厚遇されるし、美理と一緒にいったレストランの様子をInstagramにアップしているうちに、時折PR案件が舞い込むくらいフォロワーが増えていた。
そんなある日。
都内にある外資系ホテルから、若い女性をターゲットにしたお籠りプランを発表するのでPRしてほしい、という依頼が舞い込んだ。
私は迷うことなく、美理にメッセージを送った。
しかし、…それは大きな、大きな人選ミスだったと、あとで思い知ることになる。
ホテルでの一夜。二人にとって忘れられない惨劇の夜に…!?
深夜の怪奇現象
「はぁぁ、最高!このラウンジなんて落ち着くの。しかも、シャンパンフリーフローなんて、もう一生いたい。美理、今日は何か視える、っていうの禁止ね!このラウンジを離れないからね」
私がホテルの居心地の良さに感激していると、美理も「ここは大丈夫」と嬉しそうにうなずいた。
「カオリ、素敵なお誘いありがとう。…ちょうど、ゆっくり話したいことがあったの」
照明を落としたラウンジは、ナチュラルな木や石を使ったシックな内装で、テーブルにはキャンドルがしつらえてある。
女同士で心のうちを洗いざらいしゃべるには、絶好の舞台装置だった。
「なあに?どうかした?美理が相談ごとなんて珍しい」
私がシャンパンを飲みながら尋ねると、美理は肩を落として告白した。
「透のことなんだけど…。なんだか最近、浮気しているような気がするの」
「え?透が?…どうしてそう思うの?」
「女の勘、としか言いようがないんだけど。この前、透のiPadから頼まれてたミネラルウォーター注文したときに、Amazonの注文履歴見ちゃったの…。そしたら、MARNIのレザーカードケースを注文していて。真っ白だし、絶対女物なのよ」
私は、わざとゆっくりとオリーブの実をつまんだ。
「えー、でもそこまで高価なものじゃないし、仕事でちょっとお世話になった人にあげたのかもよ?」
すると美理は「そんなわけないでしょ」と一蹴したあと、カウンターに頬杖をついた。
「別に浮気しててもいいんだけど。それがバレるような脇の甘さはルール違反よ。知っちゃったからには、徹底的に報復するわ。まずは、証拠が必要ね」
白いノースリーブワンピースからのぞく二の腕が、照明をつやつやとはじいている。さっきからラウンジにいる男性の何人かが、美理を見ていることに私は気づいていた。
そんな清楚で人目をひく美理の口から、報復、などという物騒な言葉が出てくるなんて、私はゾッとした。
「でも、もし透が浮気してたとしても、ちょっとした出来心じゃないかなあ。あなたたち来年あたり結婚するかもって言ってたじゃない」
すると美理は、どこか遠い一点を射抜くように見つめながら、ゆっくりとシャンパンを口にした。
「あら、私が報復するのはね、相手の女のほうよ。決まってるじゃないの」
◆
「ねえカオリ…本当に申し訳ないんだけど…今日、カオリの部屋で寝ていいかな?せっかくツインを二部屋もホテルが用意してくれたのに、申し訳ないんだけども」
途中にスパをはさんで、深夜2時までラウンジで過ごし、隣同士の部屋にそれぞれ引き上げるときに、美理が急にそんなことを言い出した。
「え…何、急にどうしたの?チェックインのときは平気だったよね?」
「うん…でも今部屋のドア開けたらわかったの。これはダメなやつ」
私は美理の部屋をのぞき込んだが、まったく私の部屋との違いはわからなかったし、何も感じ取ることはできなかった。
せっかくこれからゆっくりと寝ようと思っていたので、美理と同じ部屋に泊まるのは面倒だな、と咄嗟に思ってしまう。
私はしばらく思案してから、2枚ある自室のカードキーの1枚を差し出して、こう提案した。
「じゃあ、部屋を交換しよう。チェックインしてすぐラウンジに行ったからまだ何もさわってないし、私小さなボストンバッグひとつで来たから、すぐに交換できるよ。大丈夫、もう寝るだけだし、私なにも感じないからさ」
すると美理は、しばらく戸惑っていたものの、最終的にはほっとした表情で、私の部屋のカードキーを受け取った。
「ありがとう、カオリ…!恩に着るわ。じゃあ、これ私の部屋のカードキー。ごめんね。気のせいだと思うけど、最近ちょっと…透のこともあって神経質になってるみたいなの。助かる」
酔っていたこともあり、深く考えるのも面倒くさかった。私たちはその場でカードキーを交換して、部屋を入れ替えた。
部屋に入ると、ワンピースを脱ぎ捨て、しわひとつないシーツに潜り込む。
食後のスパですっぴんになっていたので、心置きなく枕に顔を押し付けた。交換した部屋の雰囲気がどうかということを考える間もなく、ライトをオフにすると、すとんと眠りに落ちていった。
◆
ふと目を覚ましたのは、何か気配を感じたからだろう。ベッド横のデジタル時計は3時を指していた。
暗闇のなか、ベッドの足元から誰かの息遣いがはっきりと聞こえた。
3秒くらいで、昨夜の顛末を思い出し、そこから導きだされる恐怖の答えに私は叫びだしそうになる。
― 美理が言ってた、幽霊……!?
恐る恐る指を動かしてみると、意外にも自由に動かすことができた。こういう時によくある、金縛りはないようだ。
必死に眼を凝らすと、かすかにカーテンから漏れる明かりを頼りに、じょじょに目が慣れてきた。
― うそ!やっぱり、誰かいる。
息遣いを注意深くたどると、足元のほうにある作り付けのデスクの前に、人影があった。
毛穴という毛穴が開くような寒気とともに、一気に心拍数が上がる。こういう時大声を出すのが正解なのか、お経みたいなものを唱えるべきなのか、まったくわからない。
―??
そのとき、奇妙なことに気がついた。人影は、私のLOEWEのバッグを探っているのだ。
中の何かを引っ張り出しては確認し、戻す動作を繰り返している。
その人影が突然、私のほうをくるりと振り返った。
暗闇で顔は見えない。しかし、お互いに、視線がぶつかったことがわかったと思う。
「その人」は動きを止めた。手には何かを持っている。「それ」を静かに私のバッグにもどすと、ドアのほうに向かって歩いていった。
全身に冷や汗をかいていた。震えながら起き上がってライトをつけると、あたたかい光が部屋にあふれた。駆け寄ってバッグを開くと、一番上に、MARNIの白いカードケースが、ぽんと置いてある。
備え付けのコーヒーメーカーの前に、美理と交換したカードキーと、残りの自室のカードキーが並んでいる。私は呆然とその場に立ち尽くした。
この部屋に入ったとき、酔っていてドアについた補助錠を倒した記憶がない。そしてこの部屋のカードキーの1枚を持っているのは……。
幽霊なんかより恐ろしい訪問者の正体と、その「目的」に私は戦慄した。
明日の朝食でどんな顔をするべきなのか、私たちのことがバレたと透にメッセージを送るべきなのか…私は冷たい掌を握りしめながら、必死に考え続けた。
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