「LGBT応援映画とは、おこがましくて言えない」。映画『息子のままで、女子になる』の監督・杉岡太樹
◆多様性という言葉さえ窮屈に感じさせる監督の矜持
パンテーンのCMに出演し、一躍、次世代のトランスジェンダーを代表する存在になったサリー楓。彼女に密着したドキュメンタリー映画『息子のままで、女子になる』が6月19日全国公開された。監督は『選挙フェス!』(’15年)で話題となった、杉岡太樹だ。20代をニューヨークで過ごした杉岡にとって、LGBTは身近な存在だった。
「通っていた美大ではアジア人の僕のほうがずっとマイノリティでしたね。肌の色、セクシュアリティだけでなく、感覚もみんな全然違う。半袖を着ている人の隣にダウンを着ている人がいたり。
こういう映画を撮ると、『LGBT応援映画ですよね?』と決めつけられがちですが、そんなこと僕はおこがましくて言えない。僕が応援できる立場で、LGBTは応援される立場かどうか、誰が決めるんですか?」
男性として入学した大学で建築を学ぶ楓は、卒業後は女性として生きることを決め、ビューティーコンテストへの出場を決意する。
◆映画を撮る決意をしたのはなぜか?
杉岡が彼女のドキュメンタリー映画を撮る決意をしたのはなぜか?
「コンテストに臨む楓さんにダンスや歌の指導をしていたのが、友人のスティーブン・ヘインズだからです。彼に誘われてスタジオでのレッスンを撮影してみたら、あらゆる意味でフォトジェニックだった。
楓さんの容姿が端整なことはもちろん、不安そうな表情、不器用な動き。そして、何ひとつ隠そうとしないところ。言葉では言い表しがたい存在感がありました」
◆父親がインタビューに答える緊張シーン
楓はことあるごとに「男らしくしろ」と厳格な父親から𠮟責されて育つ。父親の期待に応えられなかった息子として、親子関係の葛藤を抱えたまま、これまでジェンダーについて家族で話し合う機会はなかったという。杉岡が準備したカメラの前に座り、父親がインタビューに答えるシーンは両者の緊張がヒリヒリと伝わってくる。
「あのシーンがお父さんとのファーストコンタクトでした。僕が想像していた父親像をはるかに凌駕し、もっと大きな存在でしたね。このご時世に、カメラの前でまさか『自分の“息子”です』とはっきり口にするとは思ってもみなかった。楓さんのジェンダーを認めないのは『愛が足りない』と批判する人もいるでしょうけど、それはあなたの価値観がそうであるだけ。お父さんと楓さんの関係性に対する尊重が足りないと思う」
◆はるな愛との本音でぶつかり合い
性別を超え“息子”を想う父親の登場で、これまで当たり前のように口にしていた「多様性」や「ダイバーシティ」という言葉が一気に窮屈に感じられてくる。そしてもう一人、本音でぶつかり合ったのが、楓が目指すビューティーコンテストの優勝者でもある、はるな愛だ。
「いわゆるニューハーフのステレオタイプに楓さんは違和感を抱いていますが、二人の間にある摩擦はジェネレーションギャップ。以前のスタンダードも時間を経ることで、今のスタンダードから少しずれ、それが若い世代にモラルが欠けて映ることもある。その世代間にある違いを現在の基準で一面的に捉えることはしたくなかった。
そんななかでも、この映画が希望を見せられるとしたら、どうしようもなくちっぽけで、こんなものかという小さな光。でも、それをカメラに捉え、観てもらう人に提示することだけが、ドキュメンタリー映画監督として僕が社会を変えていける唯一の方法なんです」
映画が終わると、誰もが“当事者”になる。『お前は何者なんだ?』と冷たく突きつけられながらも、微かな光に導かれ、わかり合えない世界でも少しだけ信じてみたくなった。
https://youtu.be/9ghezPdHYuA
『息子のままで、女子になる』
’21年/日本/106分 監督/杉岡太樹 出演/サリー楓、Steven Haynes、西村宏堂、JobRainbow、小林博人、西原さつき、はるな愛 配給/mirrorball works
【杉岡太樹】
’80年生まれ。ニューヨークのSchool of Visual Artsで映画製作を学ぶ。’10年、拠点を東京に移し、’12年『沈黙しない春』で長編映画デビュー。ほかに三宅洋平に密着した『選挙フェス!』など
取材・文/仲田舞衣 村田孔明(本誌) 撮影/山野一真
※週刊SPA!6月22日発売号より