猛毒ヒアリ、また東京にいた。60回刺された専門家に聞く“ヒアリとコロナ”

5月25日、東京都・青海ふ頭で特定外来生物「ヒアリ」150匹が確認されたとの報道があった。青海ふ頭ではここ数年、毎年発見されていて、名古屋港では昨年末に女王アリが数十匹見つかっている。

ヒアリが日本で初めて発見されたのは2017年。当時は「殺人アリ上陸!」と連日、センセーショナルに報じられたものだが……飽きたのか、慣れたのか、忘れたのか。4年がたち、ヒアリへの関心は薄れてしまっている。とはいえ、ヒアリが極めて厄介な生物であることに変わりはない。

そこで改めて、ヒアリの危険性について九州大学持続可能な社会のための決断科学センター准教授で、20年以上ヒアリの研究をしている「アリ先生」こと村上貴弘氏に話を聞いた。近著『アリ語で寝言を言いました』には、様々なアリたちの驚くべき社会が紹介されていて、愛しささえ感じてしまうが、やっぱりヒアリには出遭いたくない――。

◆ヒアリになんと60回以上刺された村上氏

――今年もヒアリが見つかりました。これってもう定着しているのでは?

村上:ヒアリが定着しているかどうかは、巣が見つかり、個体数が5000以上で女王アリが新しく誕生しているかどうかが一つの判断基準になります(あくまで目安ですが)。1年程度、その場所に居続けると定着していると考えます。いまのところ環境省は、発見されたのは外から来た個体であり、女王アリが見つかった名古屋でも定着との判断はされていません。でも、油断できない状況であることは確かです。

――ヒアリって、やっぱり怖いんですか?

村上:20年以上前にアメリカのテキサスでヒアリの被害を見たとき、これが日本に来たら大変なことになると思いました。いちばん心配されるのが健康被害で、ヒアリは2種類の毒をもっているんです。皮膚が腫れるソレノプシンという毒と、アナフィラキシーショックを起こすたんぱく毒です。

僕は世界各地で60回以上ヒアリに刺されてきました。スズメバチに比べたらそれほどではありませんが、線香の火を押し付けたような嫌な痛みがありますし、アメリカや台湾、中国では死者が出ています。

――2017年当時も「殺人アリ」といわれました。

村上:確かにアメリカでも「Killer Ant」と呼ばれています。でも、百発百中で死ぬわけではありません。

――先生も生きてますしね。

◆芝生や緑地など、人の生活圏に巣をつくる

村上:問題なのは、山や林の中に多く巣をつくるスズメバチと違って、ヒアリは芝生や緑地、畑など人の生活圏で巣をつくることです。公園で遊んでいる子どもが刺されるといったケースが多いんですよ。また、畑地にも巣をつくりますので、農作物を荒らしたり、家畜の牛を刺して牛乳の出が悪くなったり。こうした経済被害は決して小さな額に収まりません。

――健康被害と経済被害ですね。

村上:繁殖力が強いので、在来の昆虫などに影響が及び、生物多様性が減って環境を変えてしまうことも問題です。それがめぐりめぐって農業被害に及ぶこともあります。

外来生物全般にいえることですが、環境の変動に強いというのもヒアリの特徴のひとつです。さすがに北海道は定着できないだろうといわれていますが、いったん、入ってきたら北関東・東北南部くらいまでは定着する可能性は十分にあります(アメリカでは年間5000億〜1兆円の経済被害が出ていると推計されています)。

――福島県くらいまでは余裕なんですね。

村上:基本的には、熱帯由来のアリなのですが、地球温暖化の影響もあり、日本だと福島県周辺までは定着可能エリアだと推定されています。温暖化の影響だけではなく、ヒアリ自体が繁殖力が強く、環境変動への対応力もあり、そのうえ、引っ越し上手ですから。

◆モーターや車のトランクに入り込むことも

――引っ越し上手?

村上:あたたかいところが好きなので、建物内のモーターやトランスなどの電気設備の中に集団で入り込んだりします。アメリカのテキサスではヒアリが原因の停電や火事は頻繁にありました。たとえばヒアリのいる港に自家用車を駐車させておくと、2時間もあればトランクの中に入り込めるでしょうね。

――車で自宅まで連れて帰ることになります。

村上:拡散は必ずしも、荷物や貨物のコンテナに限らないんですよ。その意味で、港湾の近くには長時間、車を駐車しないほうがいいかもしれませんね。

◆新型コロナウイルスとヒアリの類似点

――ヒアリは引っ越し上手で世界中に広がった、と。

村上:ヒアリはもともと、南米、アルゼンチン・ブラジル・ウルグアイの国境沿いに生息するアリです。1930〜1940年代にアメリカに渡って定着して爆発的に増加。そこから飛び火して、世界に拡散しました。ヒアリも新型コロナウイルスをはじめとする輸入感染症も、根本にあるのはグローバル経済化です。ヒアリが見つかった地点とコロナが増えている地点は重なりがあり、経済活動量と相関します。

――中国でヒアリが増えているそうですが、やはり、旺盛な経済活動があるから?

村上:じつは中国は5ヶ年計画で駆除を進め、2010年に完全防除に成功し「ヒアリ根絶宣言」を出したんです(2010年オーストラリアダーウィンの学会で直接発表を聞きました)。でも、実態はそうではなかった。僕が2018年に広東省の広州市で現地踏査をしたとき、ありとあらゆるところにヒアリがいました。広州タワーの敷地内の芝生にマウンドのような巣をつくっていて、そのすぐそばで上半身裸のおじさんがひなたぼっこをしていたりするんです。

――それは危ない。

村上:もちろん中国の研究者は一生懸命やっていて、国としても対策を打っているようですが、当時はとくに国全体の空気がバブル期の日本のようで。環境問題なんて二の次、経済イケイケドンドンといった雰囲気でした。ヒアリ被害もあるだろうけど、とりあえずみんな豊かになろうよ!みたいな空気で、駆除の難しさを感じました。

――経済か? 健康か? どこかで聞いた話です。

村上:グローバルな経済活動を続けている以上、ウイルスやヒアリなどの外来生物は入ってくる。それは避けられないことで、必ず起こり続けます。だから、ちゃんとディフェンスを固めて防ぐことが重要なんです。ウイルスと違ってヒアリは目で見てわかりますし、その対策はウイルスよりは簡単なはずですから。

◆2017年のヒアリ騒動を忘れてしまった日本人

――どうすればいいですか?

村上:僕は福岡で、月一回のペースで港に入らせてもらってモニタリングを行っています。これができるだけで早期発見が可能になり、見つけてすぐに薬剤を散布すれば、そこで食い止めることができます。

大規模な貿易港では、限られた時間でも物流を止めるのは大変なのだとは思います。また、2017年にはある工場でヒアリが出たというニュースが出て、風評被害から貨物が止まって億単位の損害が出たという話もあり、難しい面もあるのでしょう。でも、研究者たちのモチベーションは高いので、港湾部に限定されているいまのうちから、研究者と現場がうまく協力体制をとれるといいですよね。

――水際での早期発見ですね。

村上:新型コロナウイルスと同じで、早期に水際で対応したほうが、結果としてコストは安くすみます。怖いのは平気になってしまうことです。2014年に起きた代々木公園周辺でのデング熱の感染を覚えている人も多いと思いますが、2017年にヒアリが来て大騒ぎになり、そしていま、新型コロナウイルスに翻弄されている。ジカ熱の問題も解決はしていませんし、日本国中がヒアリの恐怖に怯えた2017年から状況が改善しているわけではありませんから。

――確かに、当時は大騒ぎでした。

村上:「ヒアリ=死」のように語られ、アリ全般が排除対象として見られるのではないかと不安になったほどです。しかし、いまはまったくといっていいほど、注意も関心もなくなりました。やはり「正しく恐れる」ことは大切です。

――はい。

◆コロナ対策に優れた国はヒアリ対策もうまい

村上:ヒアリについては、いまのところ日本で大きな被害が発生するということはないでしょう。でももし、いまの中国と同じようなレベルになると、気づいたときには公園で遊べなくなるといった事態になりかねません。中国にヒアリが入ったのが2005年で、2018年にはすっかり手をつけられない状態になりました。10年もあれば、まったく違った状況になるんです。

――新型コロナウイルスも、2020年春にここまで長引くと思いませんでした。

村上:ヒアリの完全防除に成功しているのが、ニュージーランドだけ。かなり熱心に防除に取り組み効果が出つつあるのが、オーストラリアと台湾です。いずれも、新型コロナウイルス対策に成功している国です。外から入ってくると厄介で大変だから、きちんと早期に対応しましょうという、合意が取られている国ほど上手なんです。

いたずらに怖がる必要はなく、早い段階でそれなりのコストをかけて防いでいくことが重要です。完全な定着をさせないために、みなさんにも関心をもち続けてほしいと思います。

【村上貴弘(むらかみたかひろ)氏 プロフィール】

九州大学持続可能な社会のための決断科学センター准教授。

1971年、神奈川県生まれ。茨城大学理学部卒、北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了。博士(地球環境科学)。研究テーマは菌食アリの行動生態、社会性生物の社会進化など。NHK Eテレ「又吉直樹のヘウレーカ! 」ほかヒアリの生態についてなどメディア出演も多い。著書に『アリ語で寝言を言いました』、共著に『アリの社会 小さな虫の大きな知恵』など。

<文/鈴木靖子>

2021/6/19 8:54

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