「慰謝料は数億円…!?」女遊びで全てを失った35歳夫に、妻がかけた驚きの言葉とは
マサル@最後の晩餐…!?
僕は、最低な男だ。
妻を裏切り、不貞相手に僕らの関係を暴露され、会社を失い、自分の醜態を日本中にさらした。
だからきっと、離婚を突きつけられ妻子を失うことになる。
僕は、どんな顔で帰れば良いかわからず、自宅のドアの前で自分の頬を叩き、わずかに残ったプライドを奮い立たせた。
覚悟を決め、ずっしりと重いドアをゆっくりと開く。
すると……。
自宅では嗅いだことのない、胃袋をくすぐるような優しい香りが僕を包んだ。
「……おかえりなさい。そしてお疲れさま。一緒に、ご飯を食べましょ」
これが最後の晩餐となるのか…?波乱万丈な夫婦の行方は…?
妻のリカは、1週間ぶりに帰宅した僕に対し、温かいうどんを差し出してきたのだ。意表を突かれた僕は、うながされるままに椅子に腰かけた。
「この1週間ろくに食べてないんじゃないかと思って…。人生で初めて作ってみたよ」
バカラのディアマンボウルの中で、シンプルな素うどんが輝いている。リカは一切料理をしないため、この家には実用的な食器がない。
妻の手料理を食べるのは、初めてのことだった。
温かい汁を飲み込むと、体だけでなく心までジンワリとあたたまるのを感じる。
のびきった柔らかいうどんをすすった瞬間、目の奥がジーンと痺れ、僕は顔を上げることができなくなった。
顔を下に向けたまま瞬きをしないように必死で堪えていると、眼球がカッと熱くなり、何かがこぼれ落ちそうになる。
― 泣いてたまるか…。
しかし、最初の一滴があふれると、それは雨の始まりのようにポツリ、ポツリととめどなく滴り落ちてくる。
誰に対しても、愚痴をこぼすことも、弱音を吐くことも、弱みを見せることもしたくない。いつも虚勢を張って生きてきた僕が、人前で泣くなんて、人生で初めてのことだった。
人は優しさに触れると、涙が出てくるということを初めて知った。
― 離婚なんて、したくない…。
心の底から本音が湧き上がる。しかし、何かを言える立場ではない僕は、うつむき続けることしかできなかった。
「……マサル、一言も相談してくれなかったね。突然消えて、1週間一切連絡もなく、全部一人で決めたんだね」
スキャンダルが世に出てから、僕はリカに何も言わずに家を出た。
そして、代表取締役を辞任し会社を手放すことを、たった一人で決めた。
そういえばリカも、妊娠して悪阻で体調を崩したとき、弱音を吐くことも頼ることもなかったし、出産さえも一人で乗り越えていた。
それに、僕の裏切りを知ったときだって、取り乱すことも、荒れ狂うことも、涙を流すこともなかった。
「マサルと私って似てるわね。常人よりもメンタル強くて、プライド高くて、強がりで、素直じゃなくて、他人に頼らず何でも一人で頑張っちゃうのよね。
私たちって、別に結婚なんかしなくても一人で生きていけると思うの」
それに続く言葉は“離婚”しかないだろうと思い、僕はうつむいたまま静かに目を閉じた。
「でもね……。私は一人で生きていける人間だけど、それでもあなたと一緒にいたいと思ったから結婚したの。マサルは…?」
リカの真っ直ぐな言葉が、突き刺さる。僕は、ずっと幸せを渇望してきた。
― リカとなら幸せになれると思って結婚したし、子どもも作った。それなのに…。
幸せになれないのは、誰のせいでもなく、すべて自分のせいだったのだ。
僕はずっと幸せを求め続けてきたけれど、幸せなんてものは、求めて得られるものではないのかもしれない。
幸せは、目の前にあるのだ。それに気付いて感謝できる人だけが、幸せを感じることができるのだろう。
僕は、妻のリカに…、娘のエマに…、感謝したことがあっただろうか。家族から、感謝されるような行いをしたことがあっただろうか。
「リカ……、ごめん……、本当に、ごめん……。俺、リカとエマを幸せにしたい…。どんな願いでも聞く。俺、どうすれば……」
自分からこんな言葉が出るなんて、予想もしていなかった。
本当は、離婚なんてしたくない。リカとエマの側にいたい。けれど、リカとエマにとって何が幸せなのかわからなかった。
「リカが望むのであれば、離婚も受け入れる。慰謝料もいくらでも払う……」
すると、リカは悪魔のような微笑みを浮かべ、冷たく言い放った。
「そうね、なら、お金たーっぷりもらって離婚しよっかな。慰謝料は何億円にしようかしら。養育費は、最低月1,000万は欲しいかな。元々お金目当てだったし」
心の中の灯火は、リカが放った冷徹な一言で吹き消された
僕がこの世の終わりのような顔をしていると、あろうことか、リカはクスっと微笑んだ。
「ふふふ、ごめん。またお金で解決しようとしたから、からかっちゃった。やっぱり私って演技上手ね。女優復帰しようかしら」
天真爛漫で、賢くて、芯の強さがある女――。
僕が、リカに惚れた一番の理由。
顔がいいだけの女なんて掃いて捨てるほどいるが、リカはいつだって僕の心をくすぐり、揺さぶり続けてくる。こんな時でさえも、彼女は僕を翻弄する。
普通の夫婦であれば修羅場になりかねないこんな状況でも、リカは表情を歪ませることなく飄々と語り始めた。
「慰謝料と養育費たっぷりもらって離婚しちゃえ、ってみんな言うのよ。でもね、お金がいくらあっても私の心は癒えないの。マサルだってお金をいくら渡しても痛くも痒くもないでしょう?
それに、離婚して一人になったって、あなたは反省するどころか、お気楽な独身貴族に戻るだけ。飲んだくれて、女をとっかえひっかえするのが関の山。それでは何の解決にもならないと思うの」
リカは僕が思っている以上に、僕のことをよくわかっている。
― リカを、失いたくない……。
僕が変わるためには、リカが必要だ。他の誰でもなく、リカじゃなきゃダメなんだ。
「次にマサルと顔を合わせるときは、頬を叩こうか、罵倒しようか、離婚届を突き付けようか、どうしようかずっと考えてた。最終的にどうするかは、あなたの顔をみて決めることにしてたの。
今日ね、テレビで会見してるあなたの顔を見て、私はあろうことか心配してしまったの。この1週間何も食べてないのかな、大丈夫かなって。
会見が終われば、あなたが帰ってくる気がして、私は気づけばレシピを検索していたわ。 この私が、笑っちゃうよね。でも、うどんを作っているときに、これが私の答えだと思ったの。マサルはなんで、家に帰ってきたの…?」
― 人の心は、お金では割り切れない。
傷つけてしまったリカに対し、僕のすべてをかけて、僕の一生をかけて、償いたい。そう思ったから、僕は家に帰ってきた。
しかし、言葉にできない本音は涙となって流れ出した。
「マサル、泣いてるの…?初めて私に弱みを見せてくれたね…。人のために生きたいという会見でのあなたの言葉は、パフォーマンスではなく本心だよね…?
その言葉を聞いた時、あなたが変わっていく姿を、隣でしっかり見ていたいと思ったの。それを見届けるまでは、私の心は癒えない。それに、何があっても、あなたはエマのたった一人の父親です。逃げることも、投げ出すことも、やめることも、できない。
私たちは一人で生きていける人間だけど、エマはまだ一人では生きていけない。私たちが必要なの。
お金だけくれたって困る。父親としての責任を全うしてほしい。エマと私を、責任持って幸せにしてほしい。これが、私の願いです」
― 家族……
僕は今、人生で初めて、お金より大切なことは何なのかということを思い知った。
僕は今、愛とは何かという人生の答えがわかった気がした。
それは、雄大で、力強く、それでいて暖かい。
その大きな力を前に、僕は己の小ささを恥じるのだった。
「こんな僕に……、チャンスをくれるなら、僕のすべてをかけて、一生をかけて、リカとエマを幸せにする」
僕は、涙を流しながら、テーブルに頭を押しつけた。
Fin.
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